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夜光虫

 木曜日が祭日だった日の晩に、布団の中で金曜日を呪う。お前さえいなければ今日から三連休だったのに。意味のない奇声を発しながら寝返りを打つ。家族にはきっと聞こえているのだろうが、頭のおかしい奴だと思われても気にはならない。だって本当のことだから。

 今日は日がな一日をベッドで過ごした。布団の中には自分の体臭が充満している。数ヶ月ほど掃除も換気もしていないこの部屋は、下手をすると新型ウイルスよりも身体に悪いのかもしれない。

 しかしそれでも構わない。手に握ったスマートフォンを眺める。書きかけの小説。下らない文字の羅列。どうして私はこんなものを書いているのだろう。ふと、そんなことを考える。

 この端末の向こうには、数え切れないほど沢山の人がいる。中には私のように、孤独の底でスマートフォンを光らせている人々もいるのだろう。電子の海を漂う無数の魂が、闇の中で青白い光を放つ。それはきっと星のように美しいはずだ。

 私もその光のひとつになりたい。ぎこちない指で言葉を紡ぐ。私だけの孤独を歌う。誰の心にも届かなくていい。この暗い海に数ピコグラムのルシフェリンを提供できれば、それでいい。

 私は投稿ボタンを押した。スマートフォンを電源ケーブルに接続して、枕の下へ押し込む。そのまま無理矢理に目を閉じると、瞼の裏で極彩色の点描画が明滅しているのが見えた。子供の頃からお馴染みの幻覚。その向こう側で、命ある星たちが燐光を放って燃えている。

——皆さん、夜更かしがお好きなようで。

 私は意識を手放した。全身が布団の海に沈んでいく。どこまでも、どこまでも。

 そして遥か上方では天の川が輝く。ささやかな光の群れが寄り集まり、まるで何かを祝福するように、瞬いて、瞬いて。

(了)