見世物

 ――トザイトウザイ、サアサ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、この世のありとあらゆるモノゴトをお見せする、赤又座にて御座います。面白いモノは多かれど、人生ほどに面白きモノなどマタとなし。今宵もマタ、面白いモノをヨリドリミドリ取り揃えております。ドウカ覗いていっておくんなまし。

 ――アラ、これはこれは旦那ァ、また随分とベッピンさんを連れておりますネェ。景気よう御座いますようで、イヤハヤ羨ましい……エ、私で御座いますか……アハハハ、イエイエ、どうにも上手くはイカナイもので……如何ですか、旦那、このアワレな老人に同情しては下さいませんか。アァ、勿論損はさせませんとも。ドウカこの私めに、お二人の先行きに軽い彩りを添える手伝いをさせて下さいまし。
 オォ、そちらを行きますお嬢さん、そんなに悲しげなお顔でイカガなされました。ヘェ、コイビトに捨てられたので御座いますか。貴女のような美人さんをお捨てになるなんて、見る目がなかったので御座いましょう。キット、彼もじきにお嬢さんの魅力に気が付いて追ってきましょうや……アハハハ、いや、これは逞しいことで。彼は大きな魚を逃がしてしまったようで御座いますネェ……どうです、気晴らしに一寸覗いてみては……お代は見てからで結構で御座います……ささ、お入り下さい。間もなく開演で御座います故……。

 ――エェ、お集まりの皆皆様、今宵は赤又座へお出で頂きまして、マコトに有難う御座います。決して皆皆様に損をさせないと、座長たるこの私が誓いましょうとも。アハハハ、マアマア、お客様、そんなに急がずとも、今宵の主役はこの赤幕の下におります。サア、私めのつまらない前口上などはこの辺りに致しまして……オヤ、今の笑うところですよ、アハハハ……(笑い声)エェ、では、どうぞ皆皆括目してご覧なさいまし……。

 (幕が取り払われる。ざわめき、場は騒然となる)

 皆様が驚きになられるのも無理のないこと……イカガです、見たことがある方も、この中にはいらっしゃるのではないでしょうか。天井の梁に結ばれた荒縄は先が、こう(手で輪を作るような仕草)、輪っかを作るように結ばれておりまして、重量がかかればかかるほど輪が縮まっていくので御座います。エェ、これは俗にもやい結びと呼称されておりまして、古くは船の帆の縁を船首側に引き寄せるためのものなんですが、使い勝手が良いのでいろんなことに使われております。ソウ、たとえば、首吊り、なんかにも、ネ。アハハハ、イエイエ、たとえば、の話ですよ、エェ、エェ。とはいえ、マァ、察しのよい皆皆様ならば、モウ、御分かりなのではないですか。赤又座の誇りにかけましても、当方ただの縄をお客様にお見せするほど落ちぶれてはおりませんとも。エェ、此方の荒縄の、結ばれた天井の方をよく御覧いただきたく。梁の縄が結ばれた上側には何かが擦れたような、ひっかき傷のようなモノ、が刻まれておりまして、荒縄自体も相当に乱れております。エェ、何か、重たいものを吊るしたので御座いましょうネェ……その証拠に、ホラ、縄の輪の下部も同様に縄が痛んでいるようで御座います。果たしてナニが吊られていたのやら、アハハハ……。

 いやはやマッタク、今宵のお客様方はドウモ聡明であられるようで、エェ、その通り、此方の荒縄にはつい数分前には仏様が吊るされていたので御座います。(ざわめき)アハハハ、イエイエ、嘘では御座いませんとも。此方、正真正銘、数分前にとある壮年の男性が縊死に使用しました、その実物でございます。マタ、梁も現場にありましたモノを拝借させていただきました。まだお疑いであるのなら、縄の下部をようく覗いて御覧下さいますよう。首吊りの際に擦れて裂けた男性の皮膚が残っておりますので……オヤ、結構ですか、それは残念で御座いますネェ……。

 エェ、縊死致しましたるは齢にして六十二歳の男性で御座います。彼を死に駆り立てたのはその背中に横たわる莫大な借金で御座いまして、老年の腰には重すぎたのでしょうかネェ、アハハハ……マァ、一人息子がおられるようで、彼の重荷は子に受け継がれることとなりましょう。イヤァ、なんと素晴らしヤ、やはり持つべき者は子で御座いますナァ。とはいえ、ほんの数時間前の彼は借金ナンゾとは縁がなく、それどころかナンデモ手に入れられるほどの巨万の富を持っておりました。エェ、赤又座にも息子様と奥様をお連れしまして、幾度か来られていたお得意様でありましたが、マコトに残念なことで御座いますネェ……イエイエ、哀しんでおりますとも、アハハハ……エェ、コホン……彼が如何にしてソレほどの富を一夜にして失ったかと言いますと、彼の奥様、年の頃は四十ほどになりますけれども、エェ、彼女が若いアイジンに入れ込んだ挙句に、夫の金を持ち逃げたのが原因のようで……貯金通帳はモチロンのこと、宝石類、金品に至るまでコトゴトクを持ち去ったので御座います。彼が家に戻った頃にはモヌケの殻で、机の上にはハンコの押された離婚届だけが残っていたのだとか……ハテ、彼がカワイソウ、ですか。イヤハヤ、さすがはお嬢さん、心優しくいらっしゃる……アハハハ、ソウ顔を赤らめずとも、優しさは美徳で御座います。彼らがお嬢さんの爪先ほどの純真さを持っていたならば、ヨモヤこうはならなかったのでしょうけれども……エェ、お気になさらず、奥方は若いアイジンに入れ込んでおりましたけれども、ソモソモは彼の激しいオンナ遊びが原因で御座います。老年経っても衰えぬ欲望の、ナント罪深きことに御座いましょうヤ。彼の女遊びは、学生時代より端を発したモノでありまして、彼は中学の二年の頃、クラスメイトのおかっぱ頭の黒髪の乙女に淡い恋心を抱きました。ところが、当の彼女は同じクラスでも水も滴るイイ男と名高い少年に惚れておりまして、告白した彼を、それはモウ、こっぴどく振ったので御座います。彼の容姿が小太りの醜男であったがためか、或いは彼の性格が親の金を嵩に着た傲慢なモノであったがためか……愛情転じて憎悪と成すとも言いますヤ、彼は彼女を憎みに憎み、とうとうクラスメイトの男どもを金で買収し、彼女を複数人で汚したので御座います。その数時間後、彼女はナイフで首を掻っ切り、命を絶ったのですけれども、この出来事がきっかけで、彼の中の女性像というのは、屈服させて然るべき存在だと刻み込まれたの御座います。彼が件の妻と籍を入れたのは、彼が四十、彼女が二十ほどのことにて、エェ、随分と年が離れておりますよネェ。もちろん、これも自分の部下にいた男の愛娘が稀に見るベッピンさんであったことから気に入った彼が、辞職を覗かせることで無理やり娶ったので御座います。当初こそ心底嫌がっていた彼女ですけれども、父親のためと覚悟を決めて泣く泣く嫁ぎ、彼の執拗な扱いにより子を成してからは嘘のように従順になりました。オンナとは不思議なもので、たとえ嫌悪している男の子であろうとも、我が腹から生まれたとあっては愛おしいものだそうですネェ。しかし、老いてもやまぬ彼の夜ごと夜ごとのオンナ遊びと、成長するにつれて夫に似ていく我が子の世話に、彼女も精神的に限界だったのでありましょうヤ、夫の留守に若いアイジンを家に引き込んでは、寝床で乱れた生活を送るようになったので御座います。ドウシテ彼が気づかなかったかと言いますと、彼はすでにその頃、若いとは言えなくなっていた自分の妻に対してスッカリ興味をなくしておりまして、子育てに奮闘する彼女を見ることすらなくなっていたので御座います。彼にとっての妻とは、家のことを無償で引き受けてくれる安いハウスキーパーだとでも思っていたのでしょう。自分に屈服した女がよもや自分を裏切るとは、夢にも思わなかったので御座います。結果的に、彼女の裏切りが憎き男への復讐を遂げて、彼の傲慢が彼自身の首を吊ることになったのは皮肉として言えませんけれどもネェ、アハハハ……エェ、ご紹介いたしましょう、彼の名は――


 ――サテ、今宵はそろそろお時間にて御座います。皆皆様、お楽しみになられたでしょうか。今後も是非とも赤又座をご贔屓に……(拍手)
 エェ、有難う御座います、お嬢さん、ドウゾまたいらして下さいまし……アラ、ご老人、いつも有難う御座います……アア、これはこれは閣下、イカガだったでしょうか……ソレは光栄で御座います……エェ、エェ、また次は素晴らしいモノをご用意して見せましょうとも……コラ、そこのお嬢ちゃん、お金を払っていないでしょう、早くアソコにいるお姉さんにお金を……ナニ、お金がない……そうですかそうですか……これ、オマエ……このクソガキを檻に入れなさい。アア、何を逃げようとしていますか、ただで見世物を見れるだなんて思ってはいけませんヨゥ……代金は身体で支払ってもらいましょうか……アハハハ……

 ……アラ、旦那、どうかなさいましたか……エェ、当方を親子トモドモご利用いただきまして、マコトに感謝のしようもございませんで……ハテ、何をそんなに怒っておられるので。旦那のお父上のことは残念で御座いました。イエイエ、本当に思っておりますとも。なにせ、お得意様がヒトリ、いえ、フタリいなくなってしまいますので、アハハハ……アア、旦那のお父上の人生を晒しモノにしたことをお怒りなのですか。旦那がそんなにも親思いの方だったとは知りませんでした。アイジンの方々にも母親への愚痴を散々吐き出しておりましたので……オヤ、ところで、ご一緒されていたベッピンさんはドチラに行かれたんで……アア、なるほど、なるほど、アハハハ、旦那が怒っておられた理由がヨウヨウ合点がいきました……イエイエ、私の思い描いた通りの方で、感服しております……オット、そう胸倉を掴まないでくださいまし、この哀れなか弱い老人にナニをされるおつもりで、これ、オマエ、早く……フゥ、まだ旦那はお若いのですから、命を無駄にするような真似はお控えなさるよう、ご忠告いたしますヨゥ……アハハハ、それを旦那がおっしゃるので。旦那もようくご存知のはずでありましょうヤ、当方ただの見世物小屋、人の世を見せるところに御座います。旦那も、そして旦那のお父上も、今まで散々当方の見世物を楽しんでおられたではないですか。人が不幸に陥る人生を。お父上の遺された借金は、今や、旦那の両の肩に担がれております。次の見世物は、ハテサテ、先ほど捕らえた彼女か、はたまた旦那か、迷うところでは御座いますネェ、アハハハ……オヤ、お帰りになられますか。エェ、それではドウモ有難う御座います。モウ二度と此方に客として来られることはないでしょうが、アハハハ……。

 ――オヤ、これはこれはドウモ、お楽しみいただけましたか。人の不幸は蜜の味とも言いますけれども、今宵の見世物はどうでしたでしょうか。お気に入りいただけたのならば、当方としてもコレ以上の幸せは御座いませんで……エェ、人の世を見せる、故に見世物、是非今後も赤又座をドウゾご贔屓に……。

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