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M-1GP2022が終わリンゴ

お疲れ様です。M-1グランプリへの挑戦が2回戦で終了しましたことをこちらのnoteでもご報告させて頂きます。

悔しい・・・のはもちろんなんですが
じゃあここをどうすれば・・・という修正案が特に浮かばないため
今年はここまでだったんだと思います。

僕はM-1が大好きです。
2015年、大学1年生の時にM-1が復活しました。

それまでもお笑いは好きでした。
どうしようもなく好きでした。
でもそれまでの「好き」とは確実に質が異なるドキドキを感じたのが
2015年のM-1でした。

もっと具体的に言うと
バラエティ番組、トーク番組至上主義だった僕が
漫才に完全に心を射抜かれた、そんな瞬間が2015年のM-1でした。

それから初めてM-1に挑戦したのが2017年。
大学内で一番仲が良くて、お笑いが好きな子を半ば強引に誘って出場しました。
アマチュアの通過率とかを調べたりなんかして
通過のみを狙って広島会場まで遠出して出場しました。(当時兵庫県住み)

そんな時間と金があったらネタを作ってネタを合わせてライブにエントリーして場数を踏めよと言いたくなりますが・・・
完全に舐めてました。
結果は惨敗。
ネタも直前まで「こっちのほうがおもしろくね?」みたいなこと言ってコロコロ変えて定まってないまま舞台に出て、結局ウケた個所はアドリブ部分だけ。
あんなに胸を打たれた「ネタ」に対して非紳士的な態度を取ってしまい
しかもそれがお客さんにもバレるといった、思い出すだけで脳が少しだけ縮むような記憶です。

2018年も全く同じような反省点でした。家から近い大阪会場で出ました。
通過率と会場の分析を放棄した点では退化しています。

2019年は養成所で出会った当時の相方と出場しました。
お互いに芸人として「売れる」と信じ込んで、そしてその意気込みがある初めての挑戦。
場数も少しは重ねて挑みました。
ダメでした。そしてM-1直後にコンビ解散しました。

2020年はいよいよ事務所に属する芸人として出場しました。
自信はそれまでとは比べ物にならないほど膨れ上がっていました。
キングオブコントの1回戦も通ったし!みたいな自信もありましたが
当時の相方が書いてきてくれたネタを初めて読んだときは笑いが止まらなかったことが本当に自信になりました。
「こんなに面白いネタが通らないわけがない!!」本気でそう思いました。
しかし、現実は甘くありませんでした。
無観客の中、審査員・スタッフとのマンツーマン予選。
(興味を持たれてない・・・)という空気感に完全に心を折られ、ネタの出来はぼろぼろ
(こんなに面白い台本で通らないのは自分のせいだ・・・)と本気で凹みました。
これがお笑いを始めて最初の挫折です。
そして「テレビに出なきゃ!!YouTubeバズらなきゃ!!」と思い
その思いが行動に移せたのがYouTube年間200本投稿と
脱力タイムズへの出演でした。
ネタに直接結びつかないように見えて
「自分に興味を持ってもらえさえすればネタがウケる!」と1年目なりの僕が考え出した結論でした。

そんなそれまでとは違う自信を持って挑んだ2021年のM-1
この年のネタも台本を読んだときは腹を抱えて笑ってしまいました。
今回は台本の面白さだけでなく、去年の反省点をちゃんと行動に移せているという自信もある!
本番前のライブでもウケた!こりゃいける!!
結果は不合格。
なにが足りないんだろう・・・
悔しかったです。
こちらのコンビも2022年2月に解散。僕はタイタンを離れフリーの芸人となりました。

2022年の挑戦は本番2か月前に組んだオーニシくんとの挑戦でした。
ネタも前のコンビとは打って変わって「書く側」
しかも立場はフリー。
なにがなんでも1回戦通過したい!!!結果が欲しい!!
オーニシくんと組んでからこの思いを胸に活動してきました。
結果、1回戦通りました。
でも2回戦で通過を期待すらできない現実を知りました。

でもちょっと肌寒くなるくらいの季節までM-1に挑戦できたことは素直に嬉しいです。
1回戦通過したときの皆さんからの祝福は本当にすべて心に染み込んで今は血となり肉となって僕の体のガソリンになってくれています。

初挑戦の2017年から、芸人になってから3回目の挑戦でやっとこさ1回戦の壁を越えました。
ここからはそんなに時間をかけるつもりはありません。

頑張ります。
また自分らのネタを複数本披露する主催ライブやります。
12月5日の夜です。
ぜひ来てください。

ではまた!!
M-1期間、バイトサボりすぎたので行ってきますね。


みなさんからのサポートで自分磨いて幸せ掴むぞ♪