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【物語の現場006】ひょうたん型ですぐ分かる狩野探幽の墓(写真)

「融女寛好」の第十八・十九章に、狩野融川が、少女時代の栄と鍛冶橋家の若当主・探信守道に絵画の講義をする場面があります。その際、教材として使われたのが、狩野探幽が描いたカワウソのスケッチ画です。
 ヒントを得た作品は、現在、福岡市美術館が所蔵しています。同美術館のホームページ(所蔵品検索のページ)で確認できますので、興味のある方は是非。

 探幽は他にも、野菜、果物、魚介類など、多くのスケッチ画を残しています。また、江戸と京都を行き来する際など、至る所で風景をスケッチしていたそうです。さらに、鑑定依頼を受けた古画を片っ端から模写していたことも有名。
 彼が描き上げた数々の大作・傑作も、スケッチによって磨かれた描写力があったればこそ、ということでしょう。

 写真は、狩野派奥絵師四家の菩提寺・池上本門寺にある狩野探幽のお墓です。著名なひょうたん型。
 余白をたっぷり取る探幽スタイルを全国に広げ、狩野派による画壇支配を成し遂げた探幽。画壇の覇者、画壇の家康などと呼ばれた彼にしては、ちょっとコミカルな印象を受けるお墓です(東京都大田区、2022.4.23撮影)。

 さて、物語、いよいよ佳境。小説「融女寛好 腹切り融川の後始末」、次の第二十章は、遂に、お栄さんと阿部備中守の直接対決!
 若き天才女絵師対エリート大名、火花を散らす駆け引き、軍配はどちらに? お見逃しなく!


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