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液体小説 のほほんとコパカバーナ

PART4 サヨナラからの手紙・・

「私、妹の真由子です。中原さんの事は姉からよく聞いていました。今日は来てくださって本当にありがとうございました」
僕の中で何かが確実に終わりそして始まった。
 葬儀場を出ると突然クラクションが鳴った。振り返ると赤いスーツの麻耶がボンネットに肘をつき、笑いながら右手を振っていた。
「これからどこに遊びに行く?」
麻耶は額にかけていたサングラスを降ろし、ハザードの点滅を消した。葬儀場から出て行く霊柩車がバックミラーに映りどんどん小さくなっていく。僕は服の上から麻耶の下腹部の窪みをなぞり、心の中で冴子に
「サ・ヨ・ナ・ラ」とつぶやいた。
「バカねぇ」と言いながら麻耶は右手で僕の頭を2回撫ぜ、アクセルを一気に踏み込んだ。
 
 僕たちはとりあえず空腹を満たす為、ハンバーガーが食べたいという麻耶の提案に満場一致しファーストフードへ入った。
口紅を直してくると言って麻耶は化粧室へ向かい、食べてからでもいいのにと僕は思ったが、すぐに諦めて席を探すため二階へ続く階段を上った。
昼過ぎのフロアはどこも満員で、床に固定された座り心地の悪い椅子をようやく探し、僕は仕方なく頬杖を付きながらぼんやりと窓の外を眺めた。交差点の信号が次から次へと変わり、絶える間もなく同じ顔をしたこの街のエキストラたちが、僕の持て余したある日の午後のほんの少しの時間潰しのためだけに、この世界に自然発生しては消えていった。
 僕は今、化粧を直して隣に戻ってくる麻耶を待つためだけに生きていて、頭の中を一定方向に同じ向きの周波数がただ[ZaaaaaZaaaaa]と流れているだけだった。そして僕と他との接点は何もなく、もしこのまま麻耶がどこかに消えてしまえば、もう誰も僕を僕だとわからない。でも僕は平気だ。また探せばいい。それまでの間、僕はただ[ZaaaaaZaaaaa]としていよう。なんて幸せな時間なのだろう。
 店を出てから僕たちはしばらく歩いた。
舗道のポプラ並木が金色の電飾で飾られている。もうすぐクリスマスだ。
「プレゼント何が欲しい?」
「別に。欲しい物は大概持ってるわ」
「じゃあ、結婚しようか」
麻耶は黙ったまま歩き続けている。
照れくさい程にぎやかな舗道はどこまでも続いていて、僕たちを無限大のエキストラたちとすれ違わせた。不規則な規則性に則り歩く彼らに、意志や経歴、人生観、未来、そして生きることの権利すら存在していること自体僕には到底信じられず、出来ることならこのまま、僕の視界から消えたと同時に命を絶ってくれたのなら、どんなにか生産的なことだろうと思い、思わず頭の中でかき消した。でも大半の人間は多かれ少なかれ皆そういう資質を持っていて、仮死状態のまま浮遊しているにすぎないのだ。

 その夜、僕は部屋に帰りたくなかったので、麻耶に泊まって行こうかと言い、ほとんど明確な返事も聞かないままホテルを予約した。
チェックインした後僕たちは少しだけ眠り、目が覚めると八時半だった。それからシャワーを浴び、冷蔵庫のビールで乾杯をした。ルームサービスで軽い夕食を済ませ、またビールを飲み、麻耶が映画を見たいと言ったのでレイトショーのフランス映画を見に出かけた。

 久しぶりに見る恋愛ストーリー、主人公の生き方がどこか冴子に似ていて、終わると「どうだった?」と麻耶が訊ねてきたので僕は「どうってことないね」と答えて麻耶の肩を抱き寄せた。部屋に戻りると慌てた顔をした麻耶が生理になったと言って僕に抱き着いてきた。

 麻耶も確実に生きているのだ。

愛する対象は二次元の世界にだけいて、二人の距離が縮むほど、ファインダーの中で微笑む美しき標的は一気に立体感を帯びてくる。そしていつしか雌という単純な名称で区分けされることすら何のためらいも感じなくなり、種族保存と言う大義名分のもと、吐き気のする現実への逃避を正当化しようと、日夜、性を貪りあう。しかし麻耶はその境界線をいつもギリギリで維持する術をしっていた、それは逢った時から今までずっとだ。だからどんなに出血しようと僕は麻耶を傍に置いて眠ることができる。

 昼過ぎにチェックアウトをし、麻耶が「海にでも行く?」と誘ってきた。黙っていると「やっぱり帰る?」と少し淋しそうな顔で尋ねてたので、僕は「そうしよう」と答えた。
外はこの季節にしては気持ち良い程暖かく、麻耶は車の幌を外し、キーを挿した。

 サングラス越しに、助手席のシートを倒すとトーンダウンした空がゆっくりと動き出した。家まで送ると麻耶は言ったが、午後を無駄にしたくなかったので、僕たちは駅で別れた。
途中のスーパーでパスタと玉葱とベーコンを買ってマンションのメールボックスを開けると、クレジットカードの請求書が二通とブルーの封筒が一通入っていた。
待ちきれずエレベータの中で差出人を見ると、

・・・・浅見冴子・・・・

見慣れた文字が並んでいた。

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