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巫蠱(ふこ)第七巻【小説】



赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「くじらねえになにさせたいん」

 湖水こすいかんだまま、阿国(あぐに)は蓍(めどぎ)にいぶかしげな視線しせんけた。

「皇(すべら)さがし」

「そこにしずんでるってことなん……さすがにあのひとでもむりやろ。まさか、おぼれて?」

「いや自分じぶんむのが趣味しゅみのあいつだ。すべらなんてらくはない」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 ……鯨歯(げいは)がふたたびかお水面すいめんにだしたときには、すっかりがみえなくなっていた。

 ずっといきをとめていたはずなのに、呼吸こきゅうみだれがほとんどない。

「おまえをれてきて正解せいかいだったな」

 蓍(めどぎ)が鯨歯げいはのあたまをなでる。

次女じじょさんからよろしくってわれてますし」

「……ありがと」

桃西社ももにしゃ

 さてみずうみ西端せいたん水底みなそこにはなにがあったのか。
 暗闇くらやみ手探てさぐりしたところ、おおきないわたったと鯨歯(げいは)はう。

「さわってみたかぎり、之墓(のはか)のいわ形状けいじょうていました」

「……おまえらってる? 諱(いみな)のいすは天然てんねんじゃない。玄翁(くろお)がつくったものだって」

巫蠱ふこ

「だから、なん」

「いすは諱(いみな)の立場たちばでもある。でもあのいわのほんとうの意味いみはべつにある」

「このしたにしずんでたいわも玄翁(くろお)さんによるものなんでしょうかね」

「うん。おそらく之墓(のはか)とついをなす、もうひとつ。もとは後巫雨陣(ごふうじん)にあったやつ」

「そんなのたことないですよ」

後巫雨陣ごふうじん

「かくせるところがひとつだけなかった?」

植物しょくぶつたちのかげですか」

「おしい」

「……くじらねえ、あそこってはしらみたいな噴水ふんすいがでてるんよね」

「そう、離為火(りいか)さんがなかにいるんよ」

「そこなんでは」

「そうなんですか、筆頭ひっとう

十中八九じっちゅうはっく。ともかくいまはあさとう」

桃西社ももにしゃ阿国あぐに

 蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)が楼塔(ろうとう)の陸地りくち野宿のじゅくする一方いっぽうで、阿国(あぐに)はいつもどおり湖面こめんのうえにてをとじる。

 しばしば寝返ねがえりをうつ。鼻孔びこう口内こうないみずがはいったときは、むせてきる。

 姿勢しせいをあおむけにしてほしかぞえるたびに、みずうみ全体ぜんたいえいじたひかりのひとつになったがする。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 あかるくなった。

「まだつか。ひかりがそこにとどくまで」

 ……日射にっしゃ湖面こめん乱反射らんはんしゃしてきた。

「鯨歯(げいは)、わたしをれてもぐってもらえる?」

 われた彼女かのじょはなにもこたえず、蓍(めどぎ)がいっぱいにいきむのをって、あたまを水中すいちゅうにひっこめた。

 ふたりがえたあとに、波紋はもんのこった。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 きのうよりもはやく、鯨歯(げいは)は水底みなそこへとしずむ。
 筆頭巫女(ひっとうふじょ)のいきれないか確認かくにんしつつもぐっていく。

 ふりかえりはしない。つないだのわずかなふるえから、相手あいてのようすを把握はあくする。

 そうしていわかえってきた。

 いまは薄暗うすぐら程度ていどだ。かる。たしかにいすのかたちにみえる。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 こちらのいわ黄色きいろっぽい。とはいえゆっくりているひまはない。

 蓍(めどぎ)が鯨歯(げいは)のそばにおりる。いわのまえで、しきりにをよこにうごかす。

 その意味いみをくみとった鯨歯げいはは、いったんめどぎをはなし、いわをうごかす。

 かげからあながあらわれる。

 ふたりはそこにまれた。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「……ずいぶん陳腐ちんぷ仕掛しかけだな、いわをどけたらあななんて。

「後巫雨陣(ごふうじん)と之墓(のはか)のほうは、もとからあったようなものだけど、こっちはひとりでったものか……あいつ」

筆頭ひっとうんでなかったんですか」

「……わたしはおまえが誤解ごかいされないか心配しんぱいになる。ともかく、でかした」

楼塔ろうとう

 あな西にしつうじていた。

 すなわち、いま蓍(めどぎ)たちがいるのは桃西社(ももにしゃ)ではない。

「鯨歯(げいは)、おもってなかった? 楼塔(ろうとう)のはまわりにくらべてひく位置いちにある。名前負なまえまけじゃないかって」

 そうわれた彼女かのじょは、是(ぜ)の道場どうじょう楼塔ろうとう屋敷やしきをつなぐわた廊下ろうかが、さかであるのをおもした。

赤泉院せきせんいんめどぎ

こたえは、このさき」

 蓍(めどぎ)は両手りょうて人差ひとさゆび薬指くすりゆびて、かべにこすりつけた。
 すると、あかりがともった。

「さすがに離為火(りいか)のようにはいかないけど、すこしはできるとおもったからな」

 彼女かのじょたちの周囲しゅういがみえてきた。

 天井てんじょうかべとゆかはつちいろ。それが筒状つつじょうつづく。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 はいってきた方向ほうこうとはぎゃくにふたりはすすんでいく。

「この……地下通路ちかつうろですか? けっこうながいですね。天井てんじょうはきちっとかためられてますし」

「そういえば鯨歯(げいは)、みずうみいわはわたしたちがあなにはいったあと、どうなった」

「もとの位置いちにもどったようです」

「そういう仕組しくみか」

赤泉院せきせんいんめどぎ

「……ただあるくのも退屈たいくつだから、はなしとく。この通路つうろをだれがつくったか。ること自体じたいはむずかしくない。

不可能ふかのうなのは巫女(ふじょ)のうち、わたしと身身乎(みみこ)と説(えつ)の三人さんにんくらいだ。

「蠱女(こじょ)のほうは、全員ぜんいんわけないとおもう。

「これで候補こうほ二十一人にじゅういちにんにしぼられる」

赤泉院せきせんいんめどぎ

「とりあえずこうが……どこにもつうじていないと仮定かていしてみるか。

ぐちであるみずうみのそこまでもぐれて、かつ、いわをうごかせるのは……四人よにんしかいない。

「宙宇(ちゅうう)、皇(すべら)、射辰(いたつ)、おまえ。

「さらに阿国(あぐに)をかいくぐれるのは、ただひとり……」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「うちのいもうとでも気付きづけないのは、ちゅーうですね」

「おしい。たしかにあいつは……だれにも察知さっちされずに……うごけるけど……それが……かえって……阿国(あぐに)にとっては不自然ふしぜんなんだ……」

筆頭ひっとう、なんかつかれてます?」

「わたしは……楼塔(ろうとう)がもっとも……きつい……そうおもわない? ……きみ」

楼塔ろうとう

 蓍(めどぎ)がはなしかけているのは、もはや鯨歯(げいは)ではなかった。

 筒状つつじょうあなわり、おおきな空洞くうどうひろがりはじめる。

 あかくそまった岩肌いわはだが、この空間くうかんかぎっている。ひかりたば八条はちじょうほど、暗闇くらやみにふりそそいでいた。

 中央ちゅうおうに、ひとがひとりいている。
 そこからこえがおりてきた。

「蠱女(こじょ)にする質問しつもん?」

楼塔ろうとう

 おりてきたのはこえだけではない。

 彼女かのじょ上体じょうたいをまえにつきだした途端とたん、その落下らっか開始かいしした。
 かたむき、あたまがかう。

 一瞬いっしゅんだけ逆立さかだちの格好かっこうになったが回転かいてんわらず、したの岩肌いわはだへとちょうどあおむけの姿勢しせいでぶつかった。

 すぐにむくりとがる。

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいんめどぎ

「蠱女(こじょ)にする質問しつもんって……ぜーちゃんもってたな。ともかく……さがしだして七日目なのかめ……ようやく……」

 きれぎれにはなす赤泉院蓍(せきせんいんめどぎ)へ楼塔皇(ろうとうすべら)は無言むごんちかづき、両腕りょううでばし、かいったまま彼女かのじょ両肩りょうかたをもんだりたたいたりしはじめた。

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいんめどぎ

「皇(すべら)、そのままでいいからいてくれる? 御天(みあめ)がわりはじめた」

 ここで蓍(めどぎ)はいったんはなしった。

 が、すべらかた専念せんねんしているのか、こたえない。

「……筆頭蠱女(ひっとうこじょ)として今後こんごかんがえてもらうから。あと、そとのやつらともってほしい。わたしといっしょに」

楼塔ろうとうすべら桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「あの、いいでしょうか」

 そばにひかえていた桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)が遠慮えんりょがちにこえをかける。

 両側りょうがわから蓍(めどぎ)のかたしたあと、皇(すべら)は鯨歯げいは接近せっきんし、今度こんどはそのかたをほぐしだした。

「ごめんね、鯨歯げいは

きますね……じゃなくてすべらさん。わたし、事態じたいかりません」

楼塔ろうとうすべら桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「そもそも」

 あらためて鯨歯(げいは)はあたりを見回みまわす。あか岩肌いわはだ巨大きょだい空洞くうどうのなかに彼女かのじょたち三人さんにんがいるのがかる。

「ここどこですか」

「あー、だれにもはなしたことなかったけど楼塔(ろうとう)の地下ちか通路つうろだけわたしがった」

居心地いごこちは」

「わるい」

「え」

気付きづかない? ここあついよ」

楼塔ろうとうすべら桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

あつい? どこがです?」

 鯨歯(げいは)は自分じぶんのからだをなでた。

あせなんて全然ぜんぜんかいていませんが」

「だから危険きけんなの」

感覚かんかくではからないあつさってことでしょうか」

「そう」

「つまりねつ……」

 ここで彼女かのじょは、はっとする。

「……そういえば皇(すべら)さんたちの屋敷やしきにわ露天風呂ろてんぶろ……あれって」

楼塔ろうとう

「ここがその真下ました……みずはともかく、にするには、あたためるものが必要ひつようでしょう。

「おそらく蓍(めどぎ)も、そこから地下ちかになにかあるとおもったはず」

 そうって皇(すべら)は鯨歯(げいは)を空洞くうどう中央ちゅうおうにさそう。さっきまで彼女かのじょいていた場所ばしょだ。

「さわらないで。熱気ねっきがでてるの、分かるかな」

楼塔ろうとう

 空洞くうどうにそそぐひかりがかりによくると、あかすなのようなものががっていた。

 それをう。どこまでも、のぼる。

 自然しぜんとあごがあがる。

 天井てんじょうがみえる。ただでさえあか岩肌いわはだ中心ちゅうしんに、とくにあかえんがくっきりとかんでいた。

「……あの一枚上いちまいうえが、うちの風呂ふろなの」

(つづく)

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