見出し画像

巫蠱(ふこ)第六巻【小説】



之墓のはかかんざし

 自分じぶんいもうとに「ねえさん心配しんぱいしてたよ」とうそをついた。
 いもうとたちはあねから大切たいせつおもわれていないことをかっていた。

 なんとなく、その「ねえさん」は一人称いちにんしょうのつもりでもあった。

 でも館(むろつみ)にとって自分じぶんはただの「おねえちゃん」でしかない。

「わたしは長女ちょうじょになれない」

楼塔ろうとう之墓のはかかんざし

 簪(かんざし)は是(ぜ)とその門下生もんかせい稽古けいこ見学けんがくしつつかんがえていた。
 自分じぶん他人たにん、どちらが装飾品そうしょくひんなのだろうと。

 そのあかるさは真実しんじつでも、かざりからでたひかりをこえない。

 蓍(めどぎ)から家出いえでをうたがわれ、離為火(りいか)にはさびしさを見抜みぬかれた。

武具ぶぐじゃない、武具ぶぐじゃない……」

之墓のはかいみなかんざし

 あんじょう、是(ぜ)は館(むろつみ)のをあずかっていた。

 簪(かんざし)はそれらをり、赤泉院(せきせんいん)経由けいゆで之墓(のはか)にもどった。

 おかえりなさいと諱(いみな)がう。これまでにむろつみからもらった、そのうちの数枚すうまいをかさね、つまぐりながら。

 ぱらぱらといろがみえる。灰色はいいろばかりをあつめたようだ。

之墓のはかいみな

 之墓諱(のはかいみな)は、すわらない。

 そのには、いすに形状けいじょういわがひとつある。
 灰色はいいろのまだら模様もよう。ひじかけもそなえる。

 台座だいざってみれば、うしろのもたれがどんな人間にんげんよりもたかいことがかるだろう。

 之墓のはか長女ちょうじょはそこにつ。ひとりのときは、もたれのほうをいている。

之墓のはかいみなかんざし

 からだを回転かいてんさせ、諱(いみな)は簪(かんざし)をにいれる。

 かかえている紙束かみたばたいして「それなに」とかれたかんざしだったが、いもうとにことわりもなくあたらしいせるわけにはいかないと彼女かのじょにはおもわれたので、かるくわらってごまかした。

はなさなくていいよ、なにもかも」

 あねこえおもい。

之墓のはかいみな後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

はなしなさい、なにもかも」

 そのときとつぜんひびいた言葉ことばは、之墓(のはか)の姉妹しまいのものではなかった。

 諱(いみな)は自分じぶんっているいすのうしろをのぞきこむ。ちょうどもたれのかげになっているところだ。

 そこに後巫雨陣一媛(ごふうじんいちひめ)がよりかかっていた。

後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

 簪(かんざし)のあんじていたとおり、一媛(いちひめ)は諱(いみな)を心配しんぱいしていた。

 彼女かのじょが巫蠱(ふこ)をきらいなこともっている。
 ただ、ほころびのはじまりをいみなはよろこばないだろう。

 なぜなら之墓(のはか)の長女ちょうじょ自分じぶんざらであるともかっていたから。

 そして一媛いちひめは、彼女かのじょのかくしたやさしさを、しんじてもいた。

之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「おねえさん……」

 之墓簪(のはかかんざし)はじつあねを「ねえさん」と一方いっぽうで、後巫雨陣(ごふうじん)の長女ちょうじょである一媛(いちひめ)を「おねえさん」とぶ。

「離為火(りいか)たちは」

 いすのかげからはみでたう。

「まだ、なか。ワタシは諱(いみな)をなぐさめに」

「……うまくうってったよね」

之墓のはかいみなかんざし

「わざわざ一媛(いちひめ)までくるとはね。なに? 世界せかいでもわるの?」

ねえさん、世界せかいわらない。わりうるのはわたしたち」

「えっ!」

 諱(いみな)は露骨ろこつにせきこんで、ふたたび簪(かんざし)のほうをつめる。

「……へえ、それは、おめでたい。まえから無意味むいみおもってたし。なくなれなくなれ」

之墓のはかいみな後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「……なんかさあ」

 いすのひじかけの片方かたほう左足ひだりあしみながら、けだるげにをうえにやる諱(いみな)であった。

「みんな御天(みあめ)すごいってってるけど、実際じっさいそこまでたいしたやつじゃないでしょ、あれ」

いみなにとってはただの友達ともだち

「……そとのやつらも」

いみなはそれでいい」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 ふたりの会話かいわみみいつつ、やっぱりおねえさんがきてくれてよかったと安心あんしんしている簪(かんざし)であった。

 ……そろそろがかたむく。

 いすのかげびてきて、このくわわるこえふたつ。

「一媛(いちひめ)もいるな」

「みたいですね」

「蓍(めどぎ)さん、げーちゃん」

筆頭ひっとうどうも」

「うわ」

之墓のはかいみな赤泉院せきせんいんめどぎ

「いやひとかおるなり『うわ』はない。『うわ』は」

「べつに蓍(めどぎ)にったわけじゃ……」

にしてないからにするな」

「なんでここに」

「桃西社(ももにしゃ)にいく途中とちゅう。あと館(むろつみ)は十我(とが)のいえ

「ふーん……」

をかいてる。おまえらマジで果報者かほうものだな」

之墓のはかかんざし赤泉院せきせんいんめどぎ

 ……れいのいすからちょっとはなれたところに之墓(のはか)の姉妹しまいきょをかまえる。

 ったままねむる諱(いみな)を横目よこめに簪(かんざし)がささやく。

「蓍(めどぎ)さんはわたしがねえさんからげるとおもってたの」

「だから館(むろつみ)におまえへのれいをことづけた」

「そうだね。ほんとはげてたとこなのさ」

之墓のはかかんざしむろつみ

 六日目むいかめあさ

 ました簪(かんざし)は、そばにいもうとがいるのをみとめた。

「……むろつみが、ぜーちゃんにあずけてたやつ、回収かいしゅうしたから」

「ありがとうおねえちゃん。それと蓍(めどぎ)おねえちゃんと鯨歯(げいは)おねえちゃんからもありがとうって」

「ふたりは」

「もう、たったよ」

はやいね」

桃西社ももにしゃ阿国あぐに

 ……桃西社阿国(ももにしゃあぐに)はかんでいた。

 およぎにちか格好かっこうである。

 ちょうど彼女かのじょのわきのあたりに水面すいめんがくる。水底みなそこあしはついていない。

 赤泉院(せきせんいん)のいずみよりもふかく楼塔(ろうとう)の露天風呂ろてんぶろよりもひろみずをたたえたみずうみに、阿国あぐにはずっとつかっている。

桃西社ももにしゃ

 桃西社(ももにしゃ)には陸地りくちがない。とはいえ巫蠱(ふこ)はそこを土地とちとも地域ちいきともう。すなわちみずうみ全体ぜんたいをひとつのとみなす。

 ちなみに刃域(じんいき)の巫女(ふじょ)がやってくるときは、こおりった時期じきである。

 そして実質的じっしつてき桃西社ももにしゃをまもるのは、長女ちょうじょでも次女じじょでもなく。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

 ……之墓(のはか)と桃西社(ももにしゃ)との境目さかいめ、すなわちみずうみのなぎさにて鯨歯(げいは)はしゃがんだ。

 両手りょうてゆび水面すいめん三度さんどつつく。

 一回目いっかいめはつよく、二回目にかいめ三回目さんかいめはよわく。

 まれた波紋はもんおおきくなるとともにゆるやかさをし、水面すいめんをゆっくりすべっていき、阿国(あぐに)のわきにふれた。

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは阿国あぐに

 をふるわせたあとおよぎのまま波紋はもん発生源はっせいげんまでかう阿国(あぐに)であった。

いてっからね、くじら姉(ねえ)。きのう『あなた』がきたからね」

 それぞれ鯨歯(げいは)と岐美(きみ)のことである。

あんじょうやんね。で、ここに異変いへんはあんの」

 鯨歯げいは姉妹しまいたいしては敬語けいごではない。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「なあんにも。かわらずなみってるだけ」

「阿国(あぐに)」

 蓍(めどぎ)が姉妹しまい会話かいわくわわる。

「なん、ぜーちくさん」

最近さいきん、皇(すべら)た?」

「……いや、てはないやね」

「ふるえは?」

「どうなんやろ、それらしいのはあったような。とても繊細せんさいなみが……」

巫女ふじょたち②

 阿国(あぐに)の返答へんとうにうなずいた蓍(めどぎ)は、はなしえる。

「はいっていい?」

 鯨歯(げいは)が苦笑にがわらいしている。それで阿国あぐにさっした。

「どぞ」

「ありがと。ここんとこずっとあるいて、しかも瞑想めいそうもろくにできず、こういきつづくとな、こうでもしなきゃやってらんない」

 そして、あたまからみずうみに。

赤泉院せきせんいんめどぎ

 何人なんにんがってもたりないふかさ。

 ましてや巫女(ふじょ)のひとりなど、かんたんにんでしまうだろう。

 衣装いしょうみずをしみこませ、蓍(めどぎ)はそのままちていく。

 手足てあしのみならず全身ぜんしんをせわしくうごかして、比較的ひかくてきあさ部分ぶぶんのそこにたっする。

 はなつちにあて、瞑想めいそううつる。

赤泉院せきせんいんめどぎ

 その瞑想めいそう一瞬いっしゅんだった。だが筆頭巫女(ひっとうふじょ)には必要ひつようなものだった。

 もういきれそうだ。今度こんど水上すいじょうかって全身ぜんしんおよがせる。
 くちをつぐんだまま、ひかりにもどる。

 波紋はもんはあった。あぶくはなかった。

 あたまがみずうみからかぶ。
 彼女かのじょはくちをてんにやり、あらげたいき何度なんどもはいた。

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「ぜーちくさん、だいじょうぶなん」

 近寄ちかよってきた阿国(あぐに)へと、蓍(めどぎ)はくびをややかたむける。

おもいっきりすっきりした」

「おつかれさまやんね」

 彼女かのじょいきがやわらぐまで、しばらく時間じかんをおく。

「……さて阿国あぐに。桃西社(ももにしゃ)でいちばんふか場所ばしょはどこ」

西にし

巫女ふじょたち③

「おまえその場所ばしょにもぐれる?」

「むりやけど、くじらねえなら」

「鯨歯(げいは)って、そこまでしずんだことあったのか」

 蓍(めどぎ)が陸地りくち人影ひとかげかってびかけると、之墓(のはか)のつちいたままの彼女かのじょから返事へんじがきた。

「ないですよ、筆頭ひっとう。でも、いけるとおもいます」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 桃西社(ももにしゃ)の西端せいたんは楼塔(ろうとう)との境目さかいめである。
 巫女(ふじょ)たち三人さんにんおよいたころには、夕方ゆうがたわりかけていた。

 日没にちぼつ同時どうじに鯨歯(げいは)がもぐる。からだをまるめず、手足てあしばし、無数むすうあわをたてながら。

 をうねらせ、ぐんぐんと、やみふかめる。

(つづく)

▽次の話(第七巻)を読む

▽前の話(第五巻)を読む

▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?