ファーロンダイナミクス 爆発的革命の日

※9割ぐらい筆者の妄想です。
※この話では、ファーロンダイナミクス社は航宙艦関係のパーツ製造の老舗で、少し前にAC業界に進出してきています。
※初期ミサって良いよね……


「10年ぶり、か……」
 ファーロンダイナミクス本社の正門をくぐる一人の男―――仮に『T』としよう―――は、一人呟きスーツの襟元を正した。
 Tは同社に10年ほど前に新設されたAC製品部門の統括部長を務める、いわゆる若手のホープである。本業の航宙艦関連の製品開発とはかけ離れた未知の領域への挑戦……苦難の続く日々ではあるが、新たな主力製品の開発に向け、粉骨砕身職務に励んできた。
 数点のブースターやFCSが一定の評価を受け、AC製品販売も軌道に乗りはじめた。そんなある日、突然本社への呼び出しを受けたのだ。
 メールの指示通りに5階の大会議室へと入る。
「遅くなりました、失礼致しま……す……?」
 語尾が戸惑い気味に弱々しくなるのも無理はない。会議室には社長以下、専務に常務、各部門の長までが一同に会していたのだ。
 見れば、自分と同年代の技術部期待の星であるAC技術開発室室長―――仮に『N』としよう―――までいるでは無いか。
 一体何ごとか、不祥事?経営危機?はたまた他社による買収工作でもあったのか?
 身構えるTであったが
「おお、待っていたぞT君!AC部門も好調なようでなによりだ、まずはかけたまえ!」
 いかにも上機嫌そうに口元を綻ばせる社長の態度を見るに、決して悪い話では無さそうだ。
 ……少なくとも、この時のTは暢気にそう考えていた。

「ミサイル開発事業……で、ありますか?」
 戸惑い気味に訊ねるTの声が会議室に響いた。
 返答を待ちつつ、席につくや携帯端末に転送された資料に目を通していく。
「うむ、その通りだ!当社は今後、各部門が一丸となってミサイル開発に注力し、文字通り爆発的革命を目指す事となった!」
 いつになく上機嫌な社長の言葉には、力強い威厳が満ちていた。ちらりと見た他の重役達も、満面の笑みを浮かべてTの反応を待っているようだった。
 ある種異様なまでの熱気に気圧されつつも資料を読み込むTの手が、とあるページで止まった。
「……社長、つかぬ事をお聞きしますが……」
 声が、震える。
「おお、何かね!」
「て、手元の資料によりますと……今後の製品開発は、航宙艦部門、AC部門どちらも……その……リソースの95%以上が、ミ、ミサイル武装とその関連技術開発に使われると、そのように、読めるのですが……」
 正確に言えば、実に98.4%のリソースがミサイル開発関連に割かれるとグラフで指し示されていた。もはや意味を成さない円グラフの片隅に、切り分けに失敗したピザの一欠片のごとく『その他』と言う項目が、悲しげに鎮座している。
 資料を手繰る手を止め、恐る恐る顔を上げる。
「うむ!その通りだ!」
 そこには、おぞましい程に晴れやかな社長の笑顔が輝いていた。

「性急に過ぎます!どうか、どうかご再考を!」
 自らのキャリアなど顧みず、心からの忠心故にTは叫びながらに頭を下げた。そもそもファーロンダイナミクスは、質実剛健、安定した品質の使いやすい製品販売で業界を生き抜いてきた老舗だ。目立った主力製品こそ無いが、特に航宙艦の内装パーツの分野では『困ったらファーロン製で間違いない』と言われる程にその実績は確かなものである。それが突然、さほどのノウハウも無いミサイル開発中心に路線変更などしてしまえば、会社の浮沈に関わる。
 先程の皆の表情から察するに、誰がどんな魔術を用いたのか自分以外は全員がこの路線に既に賛同しているようだ。
 そんな中一人反対する事のリスクは承知の上だ。
 だがどうか、みんな目を覚ましてくれ……その一心で、Tは拳を握り締め、頭を下げながら皆の反応を待った。
 ―――しばしの沈黙。
「……?」
 不安に駆られて顔を上げるT。
「分かる、分かるよ……」
「君はつい先日までの私達だ……」
「無理もない、すぐには分かるまい……」
 重役達は一様に微笑を浮かべ、口々に優しげな口調でTへと語りかけてきた。まるで、理解の及ばぬ幼子を諭すかのような、本心からであろう気遣いに満ちた言葉の数々。だがしかし、理解の及ばぬ憐憫の情ほど、恐ろしいものも無い。
 なんだ、なんなんだ、一体。自分は何を憐れまれているんだ。やめろ、そんな目で私を見るな、おかしいのはお前達のはずだ―――思考は空転し、二の句を次ぐ事が出来ない。
「N君!」
 社長の良く通る一声が、Tの思考を現実へと引き戻した。
「はっ」
「スクリーンに先日提出してくれたPVを!」
「かしこまりました」
 それまで冷静な面持ちで事の成り行きを見守っていた開発室室長のN。長身痩躯の白衣姿、整った怜悧な風貌からは、確かな知性が感じられる。彼は手際よく映写機を操ると、会議室の明かりを落とし、巨大スクリーンにとあるPVを流し始めた。

『ファーロンダイナミクス 爆発的革命の日』

 
 豪壮なクラシック音楽と、宇宙空間をバックに映し出される題名。どうやらそれは、彼の開発したAC用武装のデモンストレーションムービーのようだった。
 映像の中で一機の流麗にして華美な軽量2脚のACが、単機でMT部隊へと向かっていく。高く跳躍し、すれ違い様に8機の軽量MTを相手に両肩のミサイルが一斉発射、着弾と同時に全てのMTが次々に崩れ落ちる。
 カットが切り替わり、今度は重量MTと思しき巨大な機体を相手取り、立体機動で弾幕をかい潜りながら次々に双発ミサイルを叩き込むACが、大胆な構図で画面いっぱいに踊る。
 その後も、異なる種々様々な違った趣のミサイルが、大迫力の演出とともに画面に踊った。
 飛び散る敵機の破片、小気味良い発射音に力強く轟く着弾音、画家の筆致の如く複雑な線を描くミサイルの白煙。止まることなく躍動するミサイル搭載ACは、さながら優雅にステップを刻む踊り子のようであった。
 Tはそれまでの会議の内容などすっかり忘れて、ただ一心にスクリーンを見つめていた。

「……素敵だ……」
 その感嘆の声は、Tの口からひとりでに漏れ出た。ごく短く10分程度にまとまった動画には、『愛』が満ち溢れていた。ミサイルの素晴らしさが凝縮されたあまりに濃密な10分間は、Tの心を揺さぶるに十分過ぎるものであった。
―――しかし
「う、美しい……」
「ファンタスティック……」
「宇宙の真理はミサイルだったのだ……」
 過剰に感情を発露する他者がすぐそばにいると、かえって自分の感情が冷めてしまう現象がある。
 歓びを爆発させ、感動に咽び泣く重役面々を見て、Tの思考は逆に理性を取り戻していた。
―――いや、それはそれとして
「……や、やはりダメです!感情に流されてはいけません!当社はあくまでも営利団体!利益が上げられる保証が無い限り、リスクの高い方針転換は……」
「T部長、今から転送する資料をご覧ください」
 場違いなまでに冷静な声音は、N室長のものであった。
「やはりT部長、貴方は一筋縄ではいきませんね……ではここからは芸術の話ではなく、商売の話をしましょう」
 そもそも会議で芸術の話をするな、と言う言葉を飲み込み、Tは新たに渡された資料を開いた。
「……新製品のカタログ、ですか?」
「はい、運用に際して求められる各種スペックを具体的な数値で網羅してあります」

『BML-G1/P20MLT-04』
 小型軽量の4連装ミサイル。汎用兵器は一撃で破壊可能、軽量MTや小型ヘリもターゲットを集中させる事でワントリガーで撃破可能。負荷も軽く低価格、あらゆる機体に搭載可能なミサイルの入門モデル。

 堅実にまとまったそのスペックは、なるほどシビアな目線で製品を見てきたTをして唸らせるものであった。中でも一際目を引いたのは
「弾単価が……80コーム!?馬鹿な、標準的なライフル弾の2倍程度の価格でミサイルが撃てるワケ……」
「炸薬の配合と、弾頭の構造を工夫しました。やはり入門モデルに必要なのはお手軽さ……これならコストに厳しい大企業はもちろん、駆け出しの独立傭兵まで、幅広い需要が見込めます。我々の崇高なる理念を広めるに相応しいかと」
 最後の一言は多少引っ掛かるが……なるほどNの設計は理に適っている。
「す、素晴らしい……」
「マーベラス……」
「自室に飾りたい……」
 脳を焼かれた重役達の戯言は極力頭から追い出しながら、Tは次の製品に目を通した。

『BML-G1/P01VTC-04』
 垂直発射機構を備えた4連装ミサイル。肩部からほぼ90°の角度で打ち上げられたミサイルが、ロック対象の頭上から降り注ぐ。その唯一無二の特性による戦術的アドバンテージは計り知れず、やはり低負荷・低価格により導入も容易である。

 文章に付随したショートムービーでは、正に未知の軌道で以て飛来するミサイルの雨が見て取れた。
「こ、この軌道は……!まさか、遮蔽物越しの爆撃による優位性が得られると……!?」
「流石はT部長、慧眼恐れ入ります。市街地戦や味方機の多い乱戦時のような、射線確保が困難な戦場におけるアドバンテージは計り知れません。高機動かつ索敵に秀でた、ACだからこその武装と言えるでしょう……更には、実戦に配備されている兵器の中には、前面や側面の装甲は厚くしながらも、上部の装甲は脆いものも多い。他の武装には決して真似の出来ない独自の強みでもって、我らの美学を広く人々に知らしめる事でしょう」
 やはり最後の一言は良く分からないが……入門モデルとはまるで違った製品ながら、これもまた売れ筋になる可能性をひしひしと感じさせる意欲作である。
「これぞ芸術だ……」
「アメイジング……」
「自分で肩に背負いたい……」
 もはやコンサートホールの観客と化した重役達を捨て置き、Tは最後の製品に目を通した。
 
『FCS-G2/P05』
 新型FCS。ミサイルロック性能を重視しつつも、標準的な近距離性能と極めて高い中距離性能を実現。遠距離専門機体以外のあらゆるACに搭載可能な、汎用性の高いモデル。

「こ、これは……」
 各種数値に目を通し、Tは驚愕に目を見開いた。やがて見開かれた目からは熱いものが溢れ、数条の雫となって会議室のテーブルを静かに叩いた。
「な、なんと……」
「ミサイルではなく、FCSに感涙するとは……」
「なかなかの上級者だな……」
 Tの突然の涙に、困惑する重役面々。ただNだけは、心得顔で静かに頷いた。
「流石はT部長、お分かりになりましたか」
「当然だろう……これは、君の……いや、我々の、第1世代型FCSの改修型、なんだな」
 『FCS-G1/P01』、ファーロンダイナミクスが初めて開発した、第1世代FCS。当時新設された部門で、右も左も分からず悪戦苦闘するTが、実力は確かながらも余人には理解し難い美意識でひた走るNと協力し、どうにか製品化にこぎつけた思い出深い製品である。
 低負荷と低価格による導入のしやすさに重きをおいたこの製品は、長らく堅調な売行きを維持し、AC部門を支えたが……最近では他社製品に押され、もはや安さと低負荷以外には見る点もないパーツと成り果てていた。倉庫に眠る在庫を思い、Tは日々、忸怩たる思いを抱いていたのだ。
「凄いなあ、君は……負荷がわずかに増しただけで、ほとんどの性能が飛躍的に向上している」
「私の発想を大きな心で見守ってくれる、良い上司に恵まれましたので」
 控えめに微笑みかけるNに、Tは涙を拭い照れくさそうな笑顔で返した。

「さて、どうだねT君!これで君にも、ミサイルの素晴らしさと合理性、その崇高さが分かって貰えたかね!」
 社長の言葉にこもる妙な熱気は引っかかるものの、既にTは今回の経営方針の転換に関して、かなり挑戦的ではあるが荒唐無稽なものでは無いように思えていた。
「当社にとってかなりの冒険となるかとは思いますが……N室長の挙げた新製品の数々があれば、我が社の更なる発展は、決して難しくは無いでしょう」
 力強い賛同の言葉に、重役面々から歓声が上がった。社長もまた、その言葉を待っていたと言わんばかり、喜色満面で手を打った。
「素晴らしい!では我がファーロンダイナミクス社は、これより一丸となってミサイル開発に……」
「お待ち下さい」
 静かでいて澄み渡る、Nの声が会議室に響き渡った。

「ど、どうしたのかねN君」
 思わぬ待ったの声に、社長は目に見えて狼狽していた。それはTも同じだ。
「率直に申し上げます……先程挙げました新製品のラインナップですが」
「す、素晴らしい製品の数々じゃないか」
 社長の心からの称賛にも、Nは眉一つ動かさない。
「私の力不足でありました。あれらの製品だけでは、我らが宇宙に示すべき、芸術も、愛も、真理も、十分には描ききれぬかと愚考致します」
 一切の迷いを感じさせぬ、確信に満ちた言葉の列。Nはきっぱりとそう言い放つと、洗練された動きで深々と頭を下げた。
 会議室はパニックに陥った。
「な、何を言い出すんだN君!」
「そ、そうだ!十分に、いや十二分にセクシーじゃないか!」
「私はもう既に私用に2機ずつオーダーしたぞ!」
 混乱しているのはTも同じだった。Nの真意が、まったく掴めない。
「つきましては……こちらの資料をご覧ください」
 全員の端末に、新たに資料が送信された。
「これこそが、私の入魂の新製品達……極秘裏に開発していた、ハイエンドモデルであります」

『BML-G2/P05MLT-10』
10連装ミサイル。入門モデルの4連装ミサイルの長所をそのままに、2.5倍もの発射数増加を実現。推定顧客満足度は6.25倍。

『BML-G1/P07VTC-12』
12連装垂直ミサイル。4連装モデルを基調とし、圧倒的な物量を実現。3倍の発射数で顧客満足度は推定9倍。

『FCS-G2/P10SLT』
真の第2世代FCS。近距離及び中距離性能を最低限の確保に留めることで、現行機では最高のミサイルロック性能を実現。汎用性は劣るものの、こちらの方が格好良いので顧客満足度は高いと思われる。

「いかがでしょうか。これが、これこそが、ファーロンダイナミクスに新たな命を吹き込む、新時代の申し子達なのです」
「……?」
 Tは、必死にその内容を咀嚼しようと努めていた。だがいくら丹念に噛み締めてみても、謎のエグみと苦味が口中に広がるばかりであった。
―――なんだこれは?機体負荷や想定敵戦力も考えず、取り敢えず発射数を増大させているだけでは?
―――顧客満足度の高まりがミサイル発射数の二乗に等しいようだが、どこの宇宙の方程式なんだ?
―――取り敢えず、さっきの私の涙を返して欲しい。
 混乱を極めるTを捨て置き、Nの熱弁は続く。
「まずは先に皆様に発表した、3つのエントリーモデルにより、人々の脳髄にミサイルを浸透させます。そして間髪を入れずハイエンドモデルを投入、市場を爆撃、速やかに制圧いたします」
 ……N室長、あれほど有給は計画的に消化しろと言ったじゃないか。明らかに、彼は病んでいる。ラボに入り浸りでロクに家にも帰らず研究に没頭していた男の、悲しい末路だ。人は理性的に、知的に狂うことがあるという事の証左でもある。
 だが、どうやらこの場における多数の意見は違っていたらしい。会議室はにわかに沸き立った。
「素晴らしいィ!」
「何年ぶりかに、熱い滾りを感じたよ……!」
「PVを観たいわ!その子達のPVを見せて頂戴!」
 Nは上品に微笑すると、既にこの流れを予測していたのであろう、手際よくスクリーンにPVを流し始めた。

 ハイエンドモデルの実力は本物であった。荒れ狂うミサイルの雨……否、もはやそれは嵐と言って差し支えないだろう。10連装ミサイルは破壊力だけでなく物量に任せた回避の困難さをも飛躍的に高めており、PV内では、どうにか数発を避けたACが、後続のミサイルの濁流に呑まれ爆発四散していた。
 垂直12連装ミサイルに至っては、もはや暴力の顕現と言う他無かった。回避に失敗したが最後、ほぼ同時に着弾する衝撃の奔流に、身動き一つ出来ず蹂躙される。PVの最後では、両肩の垂直12連装ミサイルの同時発射による24発もの降り注ぐミサイルにより、重量級MTが粉々に砕かれていた。

 ―――あの24発で、ほぼ3000コームが溶けてるんだよな。Tはすっかり麻痺した思考の隅で、そんな勘定をしていた。
 対象的に、会議室のボルテージは最高潮に達していた。
「専務!これ凄くないですか!?凄いですよ!」
「凄いなあ!格好良いなあ!」
「MS!MS!」
 頭に炸薬でも詰まっているのか?
 狂乱の渦を前に、Tは己の無力を悟った。もうこれは会議ではない、熱狂商法の販売会場か、さもなくば新興宗教のミサだ。商才と先見の明に満ちていた重役達の知能は、小学生男子と同じレベルまで退行してしまった。
「どうだね、T君!君も分かってくれたかね!?分かってくれただろう!分からねばどうかしている!」
「これで我々は家族だ!そうだろう!?」
 気付けば、会議室にひしめく全ての人間の視線が、Tに向けられていた。Tはもはや、まともな思考を放棄していた。しかし、最後の最後、残された理性が、この熱狂に飛び込むことを良しとしなかった。

「いや、ミサイルミサイルって……小学生じゃないんだから……」

 明らかに白けきった、返事と言うよりはぼやきと言った方が良さそうな投げやりな言葉。
 刹那、静寂が会議室に満ちた。
「……は?」
 その光景に、Tは背筋が凍り付くのを感じた。先程まで無邪気に笑い、熱狂に身を任せていた重役面々が、まるで人形かなにかのように表情を失っていた。
 ただ、特段非難する風でもない、ひたすらに無感情な冷たい眼差しを、Tに向けている。
 事ここに至って、Tは特大の地雷を踏み抜いていた事を自覚した。彼は完全に失念していたのだ、熱狂する人々の心に水を差す行為の危険性を。
「……!あ、いや……その……違う、違う!N室長の先に挙げた製品は、大変魅力的であり……ただ、その……ハイエンドモデルに関しては、些か先鋭的過ぎるきらいがあるかと……思った、次第で……」
 悲しいことに、Tは実に誠実な男であった。例え自分の保身の懸かった窮地においても、道理と内心に反する事は言えなかった。
 だが、この場においては完全にそれが命取りであった。
「残念だよ、T君」
「どうやら彼にも『再教育』が必要なようですね」
「なに、彼ほど賢い男なら、さほどの時間も必要あるまい……連れて行きなさい、丁重に、ね」
 社長の言葉が終わるや否や、Tはいつの間にか背後に立っていた屈強な二人の男に、両脇を抱えられ引っ立てられた。
「しゃ、社長!どういうことですか!再教育とはいったい……」
「心配は要らない。既に君の他にも数人、我々の方針に異議を唱える社員が出ていてね……なあに、みんな3日とかからず『家族』になれているよ」
 優しげな笑顔の社長が、今この場では死刑宣告をする刑吏のようにしか思えなかった。Tは必死にもがいたが、抵抗虚しく引きずられる様に会議室の外へと連行されていく。
「……は、離せ!嫌だ!……助けてくれ!N室長、君と私は友人だろう!頼む!」
 その言葉に、Nは静かに片手を挙げた。するとTを抱えていた2人の男達は、拘束はそのままに歩みを止めた。なおも動けずにいるTだったが、一縷の望みに縋るかのように、Nへと言葉を投げかけ続ける。
「わ、分かってくれたのか!N室長!……大丈夫だ、君と私なら、常識的な範囲での開発でも、十分に会社を盛り立てていける!だから」
「T部長、大丈夫、大丈夫ですよ」
 Nは穏やかな微笑を浮かべながら、Tへと歩み寄った。震えながら必死に笑顔を取り繕うTの頬に、そっと片手を添える。
「再教育が終われば、私達は『家族』になれます。友人などより、余程強く、濃い絆で結ばれます。だから、大丈夫です」
 Tの顔が、絶望一色に塗り潰された。Nがもう一度片手を挙げると、Tを抱える男達は再び彼を引きずり始めた。
「T部長、生まれ変わったらまた、お会いしましょう」
「い、嫌だ!助けてくれぇ!……誰かぁ……」
 Tの悲鳴は、会議室の扉の向こうへと消えた。

 この『爆発的革命の日』を契機に、ファーロンダイナミクスは一躍、業界トップのミサイル特化企業へと躍り出た。
そして数年後……ある独立傭兵が駆る、右肩にBML-G1/P20MLT-04を背負った一機のACが、ある辺境惑星に降り立つことになるが

それはまた別のお話

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