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待ち人来たらず #風景画杯

 匿名掲示板に投稿される怪談ってのが、私はどうも好きになれなくて。
 違うんですよ、「評価されるべきなのは古き良き怪談のみ」ってわけじゃないんです。最近だと三津田信三先生とか「拝み屋郷内」シリーズとかが好きで、澤村伊智先生のは全部読んでます。現代怪談に初めて触れた「新耳袋」シリーズは痺れましたね。お寺で開催されたイベントにも参加しました。私も怪談を披露したかったんですが、あいにくそういう体験には恵まれなくて。勿体ないことをしました。

 話が逸れましたね。ネットの怪談ってあくまで「自分がこういう体験をした」というていで投稿されるんですけど、そのリアリティを高めるためでしょうか。話の導入でAだのBだのCだの登場人物をいちいちダラダラ紹介したり、「そんな細かい会話の内容まで必要ある?」って細部まで書き起こしたり。私も記憶に自信がある方じゃありませんが、1週間前なんて晩飯に何を食べたかすら覚えてませんよ。ましてやネットに投稿するほど衝撃的な怖い体験をしたんですよ。その前に誰が何を話したかなんて、覚えていられるはずがないんです。却ってリアリティがない。
 先に挙げた方々のエンターテインメントに振り切ったホラー小説も好きですが、私が読みたいのは単なる「怖い話」じゃないんです。自分がいつも何気なく歩いている夜道とか、たまに見かける廃屋とか。そいうところにも「何かがいるのかもしれない」と思わせてくれる恐怖なんです。

 たまに聞かれるんですよ、「どうしてそんなに怖い話が好きなんですか」って。好きなものに理由なんてない、私は子供の頃からその手の話が好きでした。幽霊だけじゃない、妖怪もUFOもUMAも全部好きです。いわゆる「オカルト」ってやつですね。
 この「オカルト」って言葉、日本だとそういう胡散臭いものを総括するような言葉として使われていますが、語源はラテン語の「隠されたもの」を意味します。
 あえて「どうして好きなのか」を突き詰めると、多分その「隠されたもの」に惹かれているんでしょうね。鳥山石燕が『画図百鬼夜行』を描いたのは二、三百年前ですか。彼が妖怪の存在を本当に信じていたのか、それとも飯のタネ程度に考えていたのかどうかは分かりませんが、当時の日本ではまだまだ「何か分からない現象」の原因を妖怪に求めていたのでしょう。雪女の正体も「矛盾脱衣」だと私は思っています。雪山で遭難した人がしばしば異常な暑さを訴えて衣服を脱ぎ捨てることですね。凍死者が素っ裸で見つかったら、こりゃあ女のバケモノにかどわかされていいコトをしたんだなって、当時の人々がまだ解明されていない現象を元に創造したのが雪女なのでしょう。
 科学の発達で、そういう「訳の分からないこと」にどんどん理由が付いています。鬼火は天然ガスや死体から発生したリンの燃焼、海坊主は蜃気楼。「蜃気楼」という言葉自体、昔は蜃という大きな貝が見せる幻覚だと思われていたんですよ。あと10世紀もすれば、そういう「訳の分からないこと」は全部解明されて、幽霊や妖怪の居場所はどこにも無くなってしまうと思います。でも、そんなのつまらないじゃないですか。人は夜の闇に怯え続けるべきなんです。

 ……妻も、私のそういう趣味に理解を示してはくれませんでした。気味悪がってすらいましたね。私の自室は気味が悪いと、掃除もしてくれませんでした。でも別に趣味を分かち合ってくれなくたっていい、夫婦が何から何まで同じである必要なんてないじゃないですか。だからといって、浮気まで許すはずはありませんが。
 職場で新型コロナウイルスの陽性者が出ましてね、出先だった私は帰社せずそのまま直帰しました。いつもなら妻に連絡してから帰るんですが、たまたまその日に限って忘れまして。中古ですが夢のマイホーム、っていう言い方ももう古いですかね。玄関を開けたら見慣れない靴が並んでいました。後はまぁ、そういうことです。カッとなってよく覚えていませんが、状況証拠の示す通りじゃないでしょうか。否認はしません。学生時代の恋人? へぇ、じゃあ先月の同窓会かな。まぁもうどうでもいいですけれど。
 浮気相手はハンマーで、妻は首を絞めたみたいですね。ぼんやりとですが手応えを憶えています。でも即死じゃないんでしょう? なら結構苦しんだはずです。死体だってバラしました、結局途中で疲れてやめてしまいましたが。日曜大工の道具程度じゃ限界があるんですよね、動物を解体した経験でもあれば違ったかもしれません。

 それで、思い付いたんです。このままこの二人を放置すれば、化けて出てくるんじゃないかと。ほら、さっきも言った通り怖い話は好きなのにそういう体験に縁がなくて。いい機会だし、風呂場でバラしている途中の二人を放置してそのまま家で暮らしてみたんですよ。でも笑っちゃいますよね、死体をそのままにしているからどんどん臭いがキツくなる。風呂に入りたいけれど死体があるから入れない。だから近所の銭湯に通うようになったけど、その道すがらで職務質問されちゃうなんて。死体の臭いって独得ですからね、すぐに気付いたようです。しきりに家に入れてくれってお巡りさんが言うもんだから、私も根負けして上げちゃいました。私も疲れちゃったんですよね。え? あぁ、死体を隠すことではありません。何も起こらないことにです。

 二人ですよ。二人も手にかけたんです。でも幽霊どころか足音も、気配すら感じない。殺した寝室で毎晩寝ましたし、死体を放置したままの風呂場は何度も確認しました。クローゼット、床下の収納、和室、リビング、何もないんです。念のため妻が近寄るのすら嫌がった自室も。でも、何事もないんです。
 夢枕で恨み言の一つでも聞かせてくれたっていいじゃないですか。でもやり方が悪かったのでしょうか、もっと長く苦しむようなやり方なら、怨念というものがこの世に焼き付くような殺し方なら、あの家は今頃幽霊屋敷になってくれていたんでしょうか。現場検証に行った人から何も聞いていませんか? ……そうですか。何もありませんか。

 ねぇ、教えて下さい刑事さん。どうして私の周りでは、まだ何も起こらないんでしょうか。

甲冑積立金にします。