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肉喰災戴(にくじきさいたい)

「早よせぇや、代わりにお前ら埋めてまうぞボケッ!」
 廃寺の欄干に腰を下ろした兄が罵声を飛ばすと、明が舌打ちをしてスコップを地面に突き刺した。隣で同じく穴を掘っていた俺が「やめとけや」と忠告するより先に兄が明へと詰め寄る。
「何や」
「いや……なんで一番の当事者が後ろでふんぞり返ってんのかな、と思って」
 しばしの沈黙の後、鈍い音とともに明が土の中へ顔を突っ込んだ。兄の殴打によるものだと気付くより先に、倒れた明を目掛けて白い革靴の先が何度も突き刺さる。
「兄貴、マズいって! 俺が言い聞かせとくから!」
 俺が縋ると兄は一度足を止め、呻き声を上げた明にもう一度蹴りを入れてから「タバコ吸ってくる。サボんなよ」と廃寺の中へ姿を消した。その姿が完全に見えなくなってから足元の明へ声をかける。
「大丈夫か」
 ふらふらと立ち上がった明は、血の混じった唾を吐く。
「すまん、こんなんに付き合わせて」
「あいつがカスだと分かっていたつもりだけれど、ここまでとはな。お前の兄貴じゃなければこっちが殺してるよ」
 傍に転がった黒いゴミ袋を見て明が呟く。中身が誰かは知らないが、多分死体だ。
「早く埋めてしまおう、仏さんには申し訳ないけれど」
「……せやな」
 掘った穴に袋を投げ込もうと二人で持ち上げた時、表面が大きく裂けて中身が露わになった。零れ出たものを見て俺と明が同時に顔を顰める。
「何だ、コレ」
 出てきたのは痛々しい打撲創が残る男の顔。しかしその顔は、なぜか満面の笑みを浮かべていた。

「埋め終わったで」
 廃寺の中には古びた仏像が一躯。その前に兄が蹲っていた。くちゃくちゃ、はふはふと咀嚼音がする。俺たちの声に振り向いた兄の口元は赤く濡れていた。
「……何食うとるんや」
 ニィ、と兄は笑みを浮かべる。先ほど埋めた男と同じ満面の笑顔。
「なかなかイケるで、お前もどうや」
 兄が差し出したのは仏像の腕。その断面は瑞々しい血の色をしていた。

甲冑積立金にします。