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水底の教室

「ねぇ、私を殺したのは誰?」

その甘い声も、綻ぶ花弁のような笑顔も、彼女という毒華ベラドンナを引き立てるためのものだ。僕らはさながら彼女を際立たせるための駄花だった。

白石真由美。去年の6月にダムで水死体となって発見された、このクラスの学級委員。何も知らない担任の意向により、僕らを監視するように死後もなお教室の最前列中央に据えられた彼女の机に腰掛け、死んだはずの主が僕らを睥睨していた。

当の担任は、窓の外で僕らに手渡すはずだった28枚の卒業証書と共に浮かんでいる。黒い水に満たされた水族館の大水槽にも思えるが、無論この教室は元からそんな悪趣味ではない。
卒業式を終えて講堂から戻った僕らを出迎えたのは、異界と化した教室と死んだはずの学級委員。窓の外には深い水を通して僅かばかりの陽光が届いている、もし外に出れば水面に出るより早く溺死するだろう。

ここは彼女が死んだダムの底だ。衣替えしたばかりの白いセーラー服で水面に浮かんでいる彼女の姿は、僕たち共通の記憶として刻まれていた。

「誰なの? 私をあの生臭い水に沈めたのは」

死人が再び口を開く。

大人受けのいい偶像としての顔と、大人顔負けの弁舌を巧みに使い分けて僕らを支配し続けた女王。大層な代議士の落とし胤という噂もあったが、そう吹聴した者は真っ先に舌鋒の犠牲となった。
彼女に矛先を向けられた者は、今も窓に格子の付いた病院から出られないでいる。白石の葬儀に参列した僕たちが流したのは、悲涙ではなく彼女から解放されたことへの嬉し涙だ。

「わ、私じゃない! 私はやめようって」

どぼん。

窓の外から聞こえた水音が、誰かが挙げた金切声をかき消す。教室にいたはずの女生徒は、森岡の隣でゆらゆらと浮かんでいた。彼女ならそう言うだろう。計画に最後まで反対していた。

「さあ、次の告解は?」

白石は本当に気付いていないのか? あの日、僕らは一丸となって白石真由美を殺したのだと。(続く)

甲冑積立金にします。