見出し画像

#029 消えゆく会話


時代や流行 テクノロジーの進化によって失われていく会話というものがある


久しぶりに利用した国内線 新しい機材では国内線でも全席に個人モニターがあり 機内で楽しめるコンテンツの幅が広がっている

わたしが乗務していた機材は個人用の画面ではなかったので個人で楽しむ機内エンターテイメントといえばアームレストの差し込み口から供給される音声チャンネルだけであった

飛行ルートを確認するためには機内誌の後方に地図とともに載っている航路マップが一般的だったが それは日本全国の航路が記載された複雑なものだったし 実際その日の飛行ルートがどうなのかまではわからない

今どの辺なのかな?と思ったら個人モニターなら簡単にそれを確認できるが 以前はそうではなかった 共用モニターを搭載している機材でもモニター上でルート案内をしていない時は確認できない

そのためお客様とルートや景色に関してお話しさせていただく機会はしょっちゅうあった 富士山が綺麗に見える時なんかはアナウンスでお知らせすることもあった

もちろん今でもそういったサービスを行うこともあるだろうが この個人モニターの普及で減ってしまった会話も多くあるのだろうとも思う

国内線では一般的にお食事のサービスがないので国際線よりサービス自体は簡易的ではあるけれど 時間が短いので何かと忙しい 特に離陸後の飛行時間が1時間を切る路線はバタバタしがちだ その中で全てのお客様のニーズにお応えすることは難しいかもしれない 個人モニターの導入でサービスが充実することはきっとお互いにとってメリットは多い 

しかしお客様とお話しさせていただく時間もわたしにとっては大切な時間の1つだったから 心なしか寂しさを覚えてしまうのである

お客様と一緒に窓の外を眺めて その景色を美しいですねと言って微笑みあった時間は忘れられない経験の1つだ いつも見てるから何も特別なことはないでしょうとおっしゃる方もいるけれど 決してそうではないのだ 

たとえ同じ路線であっても 航路、高度、時間帯や気象条件によって景色は常に同じではない そのときに見た景色は もう二度と見られないと言っていいかもしれない  

さらに言えば業務中のわたしたちが外の景色に目を奪われることはほとんどない 業務上の理由から確認という形で外に目を向けることはあるが あくまで確認作業なのでそこで景色に心を奪われている場合ではない だからお客様が見せてくださった景色をわたしたちも心から楽しんでいる わたしたちは生まれ育った日本という国の美しさをいつもいつも感じ取れるわけではないのだ 


あれはまだ新人と言える頃のフライトでのこと ご年配の男性が一人で乗って来られた 席に着かれるとなんだか浮かない表情をされた 次々に乗ってこられるお客様をご案内しながらもその方のことが気になっていた 頃合いを見てその方にお声がけしてみると お客様はこう話された「わたしは窓側の座席をお願いしたのに これでは意味がない」と このお客様の座席は確かに窓側の列ではあったのだがちょうどそこだけ窓がないところであった

安全上の理由から離陸前の座席移動は難しいため 離陸後の座席変更を勧めてみたが「君たちに非はない」と言って頑なに断られてしまった

しかしその日は天候も良く富士山も綺麗に見えそうだったこともあり わたしはどうしても諦められなかった おせっかいだとは思ったが離陸後にもう一度お客様にアプローチすることにした やはり「もういいから」と言われたが せっかくですしと引き下がれなくなってしまったわたしに 「君がそこまでいうなら」と言ってこのしつこく押し売ったサービスを買ってくださることになった

最初は渋々ではあったものの 開いた機内誌の航路マップと窓の外を照らし合わせるお顔が少しづつ柔らかくなっていくのがわかると とても嬉しい気持ちになった

その後もところどころご案内に行くと楽しそうにしてくださって 降りられる前にも「案内してもらってよかったよ とても楽しかった」と声をかけていただいた

後から考えてみれば 一度席について落ち着いてしまった後の座席移動というのは意外と面倒なもので お客様にとっては負担になってしまう場合もあるため このようなご案内の仕方は少々強引だった まさにサービスの押し売りで失礼なことをしたとも言えるが お客様のあの柔らかな笑顔をわたしは今でも忘れられないし わたしにとっても特別なフライトになったのだから 良き思い出とさせていただきたい きっと一番楽しかったのはわたしの方だったのだ


自動化 簡略化 軽量化 何かと淘汰されていく時代 人が人の笑顔に触れる瞬間の喜びだけはどうかなくならないで欲しい



Spotify↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?