改稿するにあたって
序の序
最初にお伝えしておきます。この記事は無駄に長い(9512文字)です。
理由の明示化と自分の整理の為です。
なのに添削してません。
悪しからず。
序
自らが強くなる為、もしくは鍛える為には己の弱点を知る必要がある。敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですね。
今回はタイミングというかほぼ偶然にもTwitterを眺めていたら、タイムラインで菅先生の記事が目に留まったので、それにチャレンジ。文章構築講座です。
本来であれば大学に行きゼミを受けなければできない事を、善意でしかもリモートでできる良い時代になったものだと感謝しつつ、快く受けて下さった菅先生には、いずれ何らかのカタチで恩返ししたいものです。
さて、この課題提出したものと、それに対しての添削・指摘された記事がこちら。
結論から言うと、投稿直前までモヤモヤと心の中に残っていた懸念材料を見事に言い当てられてしまいました。また、勢いで書き上げた内容をゴリ押しで何とかしようと思っていた自分の浅はかさが露呈しています。
私はこの返答記事を、今放送中のアニメ『無職転生』の主人公ルーデウスがやるようなニヤニヤ笑い(性的な意味ではなく)をしながら読みました。ええ、キモい笑いです。が、これは心から喜んでいる時の顔のつもりなのですが、他人からはそう見えないと指摘される事もしばしばあります。
笑顔はともかく、やはり自覚・無自覚に関わらず指摘を受けるというのは重要です。結果がカタチとなって目に見えるのです。「これでいいのかな?」と悩んでいた部分が明確化する事で、次の一歩の礎となります。
フィードバックという名の母乳
ネットワークが充実した社会になりましたが、人からの反応を貰うというのは贅沢品の一つです。特に、その手の実績やノウハウを持つ人からフィードバックを貰える事は稀でしょう。
何かしらの作品をネットなどに投稿の経験がある方は既に体感されている事でしょう。再生数や閲覧数に対して、コメント数のなんと少ない事か。
マイリストやブックマーク、いいねの数はそれなりに稼げても、コメントを貰うのは大変です。しかも、改善の元となる指摘コメントを貰うことなど、滅多にありません。
何故、コメントをはじめとしたフィードバックが得辛いのか。
理由はいくつかありますが、二つに絞ってみましょう。
一つ目は、面倒だからです。
短いコメントだろうと、文章化するには僅かとはいえども労力と時間が必要です。ただでさえ消費する一方の時間という貴重なリソースを割いてまでコメントするかというところで、天秤に掛けられてしまっています。
コメントをする時間で、自分の作品造りや他に好きなものを見たりをした方が有益である筈です。
それでも最小限のリソースを使って、良いや好きを伝える為に、いいねボタンや定型文ボタン、チャンネル登録やマイリストといった機能があるというのは、作り手・見る側双方にとって便利な機能です。
2つ目は、気を使うからです。
面白いとは思ったものの上手く表現できない、投稿者に誤解されるかもしれない、といったものが多いでしょうか。そんなつもりじゃなかったけど、上から目線になって投稿者の次の作品が見れなくなる恐れも……などと考えすぎて疲れてしまう事もあったりするでしょう。
そういった気疲れや悩む時間を考えると、いっそいいねボタンひとつの方がシンプルで良い、という形になります。
他にも色々あるとは思いますが……とにかくコメントする事自体も、多くのリソースが必要な訳です。
当然悪意丸出しのコメントなどもあるのですが、わざわざリソース割いてまでやっている事なので、モノ好きな人もいらっしゃるものだとほっこりしてしまいます。
さてそんな中、プロ作家でありプロ講師であらせられる菅先生が、ド素人によるド素人作文を添削して頂けるというではありませんか。
(一応、私も出版書籍執筆や寄稿の経験はありますが、ジャンルが違うのでノーカンとします)
またとないチャンスだと思い、胸をお借りする事にしました。もう巨乳を超えて爆乳です。人妻に何いってるんですかね、私は。
「プロの人に添削して貰えるなら、下手な文章は投げられないな……」
こう考える人も居るでしょうが、これは間違いです。
もし貴方に実務経験があり、あからさまに手を抜いてプロの方を試すようなものであれば、これは単純に失礼にあたるのでやるべきではありません。
ですが経験もなく(少なく)向上の意思があるのであれば、遠慮するのは損でしかなく、チャンスをフイにするだけです。
甘えて良いというのであれば、遠慮なく甘えましょう。ばぶー。
甘えるのが恥ずかしい?
気持ちは分かります。例えおむつ姿であろうとも、一人でお手洗いを使うためには誰かに教わる必要があります。今はまだおむつが取れない自分を自覚し、堂々とお手洗いの使い方を教わりましょう。
ちなみに私は赤ちゃんプレイの趣向はございません。
稚拙だろうが何だろうが、フィードバックを得られるチャンスがあるなら、作って、アウトプットの繰り返しです。千本ノックです。
脳や思考も体の一部です。繰り返して体で覚えていくのです。
ただ、繰り返すだけでなく、フィードバックを生かして改善していかなければなりません。それも量が必要です。
銀行に1円だけ貯金してても利子は得られません。10万円預金して、ようやく百円です(2021年2月現在、メガバンクの普通預金金利は0.001%)。それと同じで、まずは母数を増やさないとなりません。そのためにも、作品の数とフィードバックのチャンス、このセットを繰り返し得ていかなければならないという事です。
「お前のいいとこも悪いとこも、全部見てやるぜ?」
なんて言われたら、そりゃ抱かれたくもなります。菅先生、イケメンです。両手を広げて、作品を相手のゴールにシュート!超エキサイティン!
……と、このように、先生から指摘されている通り、私の文章は「無駄な装飾(脱線)」が多いです。ケーキで言うなら、スポンジよりも生クリームの分量が倍以上になっています。
「文章のうまさが「好きを語る」よりも強い執筆の原動力」
と仰って頂けましたが、ひねくれボッチな私にはこう悪魔が囁くのです。
「表面ばかり着飾って中身がねぇんだよ、ボケが! そんなもんはティッシュにくるめてゴミ箱へポイだ!」
ひどいです、菅先生。わたし、ドMに目覚めてしまいそうです……。
イケメン(イケてる文面)とは頭から爪先までバランスが良い事である
さて、冗談はともかく、それは自覚していた事ではあります。良くも悪くも「筆が乗っている」状態の文章ですね。
匿名掲示板やニコニコ動画などのサブカルが好きだから、こういうノリになるという部分もあります。
部分的に見ればエンタメとしては良いのですが、過剰であったりすると逆効果になります。
なので菅先生は「バランスを取れ」という指摘をなさっている訳です。
だったらこのエントリーもそうしろって?
馬鹿言わないでください。これは自己満で書いてるんです。
バランスとはつまり、全体構成です。
動画でも同じく、高画質・高品質の3DCGアニメでも、テーマやストーリーが見えなければ面白さは無くなります。逆にいらすとやの紙芝居でもテーマ・ストーリーがシンプルで明確であれば、面白いと感じてくれる確率は増えますし、反応も得やすいです。
余談ですがMMDでも同様です。他人が作ったモデル、他人が作ったステージ、他人が作ったモーション、他人が作ったカメラワーク、他人と同じ構成のエフェクトで動画を作っても、フィードバックは得られません。ほんの少し、エフェクトの構成を変えたりカメラワークを変えたりするだけでも、変わってきます。どこかで自分なりの意思やテーマを明示する必要があります。
文章構成というと、「起承転結」を思い浮かべる方も多いでしょう。これが必須と教わっている世代もあると思いますが、これはあくまでもテクニックの一つです。パターンはいくつもあります。
今回の課題で言うのであれば、必須項目はこのようなものでしょう。
・前提
・理由
・共感できる要素
これだけ揃えればOKなのです。冷蔵庫の中の余り物で夜食を作る並にイージーでしょう。
だが折角の夜食。ビール片手に刺激のある夜食にしつつもヘルシーなものにしたい……という欲望があったとしても、そもそも調理方法が分からなければ味付けもできません。
メシマズ嫁になるパターンですね。はい、わたくしでございます。
なので、加飾せずシンプルなパターンを組んでみましょう。
MMDが好きだ。
MMDとは、好きなアニメキャラを自由に動かせる3DCGアニメーション制作ツールの事だ。
ネットを探せば、有志が無償で配布しているキャラクターがたくさんあり、それをツールに読み込む事で、自分の思うがままに動かせる。
好きなキャラが、自分の目の前で、生き生きと動いている。まるで自分の為だけに踊ってくれている。これが楽しい。
3DCGだから好きな角度から見れる。
笑顔を見たければ、笑顔を作ればいい。照れた表情だってして貰える。
あなたにも、好きなキャラが居るだろう?
そのキャラが、あなたを見てくれる、笑顔を向けてくれることを想像してごらん?
心が暖かくなるだろう? 少なくとも私は暖かさに満たされる。
MMDはそれが創れるんだ。
……今更ながら、この方がいいんじゃないか?と思わなくもありませんが、これが私らしいかと言われると、ちょっとモニョりますね。
何故なら、私はひねくれているからです。このひねくれたものを個性として、作品として(他作品と)差別化を図る要素として活かしたいという欲もあります。
さて、もう一つ指摘されている事「誰に向けて」です。
確かに菅先生の課題なので、メインターゲットは菅先生にしています。これが大学講義の課題であれば間違いなかったでしょう。単位を取るだけならね。
ですが、noteというインターネット、つまり広い世間一般、不特定多数というターゲットである事も軽視しては駄目でした。そもそも、文章化するという事は個人へ向けた手紙でないかぎり、メインターゲット以外の人にも見られる前提でなければなりません。
軽視した訳ではありませんが、結果として優先度を低くした、もしくはこれもバランスが悪かった部分に連動してしまいました。
とどのつまり「読み手への配慮が足りない」文章になっている訳です。
菅先生はとても優しく、丁寧に、指摘の文面にもとても気を使って頂いてるのが分かります。本当に嬉しい限りであり、ありがたいです。
ですが、もう少し甘えさせて頂きます。ばぶー
ブサメンはイケメンにはなれないのだろうか?
さて、改稿するのは良いのですが、どこをどう改稿していくのか。
流石に次はノリと勢いでは済まされませんし、ここまで丁寧に指摘して頂いた事を無駄にはできません。
とはいえ、一気に解決できるノウハウもスキルも無いので、時間を掛けつつも色々と試行錯誤してみようと思います。
というか、一回校正で完璧なものができたら天才です。
残念ながら、私は幼児プレイが趣味ではない凡人です。
まずテーマそのものですが、分量制限があるルールの中で、MMDを選んだ事自体が間違いと言わざる得ません。
前提となるMMDの説明だけで、文庫本2章分は余裕で書けます。というか過去に書きかけで頓挫してしまったくらいです。これを今回の課題に当てはめるのに無理がありました。
ではテーマを変更するのか?
否。
菅先生とはお会いした事もなく、それぞれ画面の向こう側の人です。
嫁ではありません。人妻に何言ってるんですかね、私は。
先生と私の接点がMMDなので、テーマもMMDのままが良いでしょう。
菅先生はSF作家でもあらせられるので、そっち方面で攻めるのもアリではあります。テーマを「量子スピンベクトルは恋愛のそれと似ている」というのも良いかもしれませんが、やはり分量制限がキツいです。
分量制限は「だいたいA4版1ページ相当」です。
400字詰め原稿用紙ではありません。A4版です。余白指定や行数指定、文字数指定もありません。しかも「だいたい」です。
よし、Word標準A4版1ページに拘る必要はない。
「だいたい」収まった感じになりそうな分量にしよう、そうしよう。
こうして私は、A4版1ページ解釈を自己解釈(拡大解釈)しました。
次に校正・バランスの見直しです。
動画編集の悪い癖が出ており、冒頭10~20秒くらいで「(興味)引き」を取ろうと必死になりすぎた上に過大な装飾があります。
結果、前提部分で背景や歴史まで語りすぎて、主題である「好きを伝える」ためのスペースを食いすぎました。
なので、ここを削らなければならないのですが、文章的に削っただけでは意味が通らなくなります。
また、一文節に多くを詰め込もうとして、句点にたどり着くまで長くなると、文字通り息が詰まります。読者が窒息してしまっては意味がありません。
猪口才な手法として、
短文 → 長文 → 短文
と連結させて、最後の短文の印象だけ残せれば良い、というのもありますが、使い所によって効果があったりなかったりです。これもまた、MMDでモーション作るのと似ていますね。
MMDを語る上で、歴史や背景は外せません。無料で使えるツールの中でも決して高機能なものではないからです。また、MMDの魅力を伝えるにも、機能が優れている訳でもないのに、何故流行ったのか、何故10年以上経ってもユーザーが増え続けているのか、という部分の背景説明は必要でしょう。
もっとも、菅先生のご指摘通り
「MMDの存在を知っている人向けの記事です」
の一文で済ませてしまうのが最も効率的でしょう。
だが、私は抗う! 世間の波に!
いえ、単純に無駄なプライドと我儘なだけです。
よろしい。ならば全面改稿だ!
結果、A4版標準設定では、1ページ目の2/3近くまで使ってしまいました。
前回より増えてるってどういう事だってばよ?
大丈夫、余白を縮めて行数増やせばまだ余裕だ。
……などとサボりたい大学生などがレポート提出でよく考えるパターンに陥りつつも、ひとまず書き上げる事を優先します。
最後まで書き上げなければ意味はありません。書き上げたうえでアウトプットしなければ意味がありません。
練習だからといって、中途半端な状態のままだったり、アウトプットしなかったりでは、白いパルプ繊維に欲望を包み込んだ上で破棄する行為と何ら変わりません。得るものはなく、無駄に消費しただけです。
また、手書き原稿と違い、今の時代は後から削ったり訂正することは容易です。日本語ワープロを開発した東芝は神です。
神に祈りを捧げつつ、書き上げる事を優先すべきです。
……JC執筆中……。
はい、そこに至るまで二週間必要でした。
仕事などの理由もありますが、毎日ファイルを開いては閉じてを繰り返していました。ファイルを開いたと思ったら、動画サイトでアニメ数本見ていたという事もあります。
これだけだと単に遊んでいるように見えるでしょう。
実はそうではないのです。
いえ、遊んでました。
冗談はさておき、アウトプットできない理由は様々ですが、圧倒的にインプット(素材やヒント、ノウハウ、食事、睡眠)が足りないのが理由です。
直接的な関連性がないように見えても、散歩をして外の風景を眺めるだけでもインプットがあります。アニメを見るだけでも、登場人物のセリフ回しや間とその意味、全体構成、テーマなど様々なものが見て取れます。パク……いえリスペクトや参考になります。
筆が留まったら、好きなことをしたり思いついた他の事をしましょう。
ほんと、この一言に付きます。素人ならね。
ですが、プロは一味違います。
MMDで煮詰まったから、MMDやる。
みたいなものでしょうか。
これはかなり合理的なやり方です。菅先生の自分を律する強さと我慢強さ、文章に対しての真面目な姿勢が伺えます。見習いたいところですが、下着一枚でモーション作ってる私には真似できません。
脱線はともかく。
私の経験上、他のことをやったり他作品を見たりするのも有効な手段の一つではあるものの、根本的解決に至るものでもありません。
うまいこと言葉が繋がらないというのは、語彙やノウハウが足りないからではなく、全体構成に迷いが出た時です。
メディアに関係なく、文章でも映像でも作業の手がピタっと止まるのはこれです。
上記の記事は、視覚化する事で詰まりの原因を分析し原因を排除・交換する方法ですね。
根本的な部分の解決方法の一つです。
図式化する。
これにより要素の視覚化ができ、変更が必要な場合もパズルのように動かすのが楽です。文章そのものを動かすとなると、コピペも大変だし読み直す時間も掛かります。
文章は「流れ」も大事なので、変更した部分だけ読み直しても意味はありません。せいぜい誤字脱字が見つかるくらいでしょうか。
少なくとも前後の5~6行、できれば項目や章の頭から読み直さないと、ちぐはぐになってしまう事もあります。
文字通りの「点と線をつなげる」作業をする。
これもまた同様です。視覚化する事で、本来なら繋がらないのに繋げてしまっている部分があったり、まったく別な要素に見えたものが数珠つなぎにする事もできるような事もあります。
手段はどのような形でもよいでしょう。3DCGやMMDでいえば、画面のレイアウトのようなものです。
ただ、動かしてはならないものがあります。
落とし所、オチ、締め方。
色々な表現はありますが終わらせ方です。
シンデレラで例えるならば──
シンデレラはその後、王子様と幸せにすごしましたとさ。
リア充しね。
で終わるのが本筋ですが
シンデレラはその後、王子様と結婚したのは良かったのですが、政略結婚の必要に迫られ、他国の姫を後宮に迎える事になりました。
シンデレラは王族なら仕方がないと諦めていたものの、意図しない派閥争いに巻き込まれ、国境近くの紛争地帯にある別荘に左遷させられてしまいました。
しかも婚姻の事実すらもみ消されそうになったので、魔法使いのコネを使って弁護士を雇い、民法739条で定めた手続きによって成されている事を証明する為──
と、書きたい事が増えてしまいエンディングを変えるのであれば、当然ながら全体構成に響きます。
無理に変えてしまうと、強引に連載延長しなければならなくなった漫画や小説にありがちな、設定・人物・背景の矛盾が出てきてしまいます。
そういうケースもあったりはするので「絶対変えてはならない」という訳ではありませんが、できるだけ変えない方がいいでしょう。
万が一変えた場合でも、図式化しておけば(半ば強引であろうと)再構成がしやすくなります。
溢れ出るリビドーは美しいとは限らない
さあ、もうお分かりですね。
私のようなド素人の指標よりも、プロの方から漏れ出ているノウハウを盗む方が有益です。
今すぐリンク先の記事を辿って、菅先生のエントリーも網羅しましょう。
さて、紆余曲折ありながらもようやく仕上げられたのがこちらです。
はい、私のA4はA3になりました。ランクアップです。昇格です。
すごいでしょ?
A3なら余白だって余裕で取れますし、もしなんだったらイラストだって付けられちゃいます。
長ぇよ!
長いという事は、それだけ菅先生の時間を浪費してしまう事になります。
先生の貴重な人生の時間を、ちゅーちゅーと本能のままに吸い出す行為です。
だっておしめ取れてないんだもん。ばぶー。
さて、実はこの記事を書きながら第二稿の方も添削しつつ仕上げています。マルチタブブラウザは便利ですね、ほんと。
その上で読み直すと、やはり粗が見れる。
シンデレラ曲線に嵌っていない。もしくは曲線が緩い。
共感の訴えが弱い。より具体的なエピソードの方が良いのではないか。
分量制限を拡大解釈してもなお、これらの課題をクリアする事叶わずです。
思い出深いエピソードは山程あります。その中でも共通認識が得られやすいネタとしては、やはりMMD杯関連でしょうか。ですがMMD杯でのエピソード紹介となると、MMDだけでなくMMD杯の説明もしなければなりません。MMD杯だけで本一冊書けます。
個人的エピソードとしては2008年6月事件があります。これはオフで出会った人達、特にその当時を知っている人向けのエピソードですし、これもまた説明するのに一章は余裕で使います。
そういうのが欲しい方はリクエストして下さい。
かなりの労力と時間が必要なので、残念ながら無料記事でのご提供はできないと思いますが……。
自分なりに得てきた体験を盛り込んではいるものの、自分の性格もあり文体が他人事のようになっている事も否めません。自己評価が低い部分もあり、なかなか主体を「私」にする事ができないようです。JCにもなると歳の所為か、なかなか性格から変えるのは難しいようですね。
そんな訳で、ご指摘を受けた箇所を意識はしたものの、きちんと反映されているかどうかは書き上げた今でも疑問というか不安が残っています。自分自身が納得していないという事は、まだ練り込みが足りないのでしょう。
更に時間を掛ければ向上する可能性もあるでしょうが、このままダラダラと続けていても迷惑にしかならないでしょうし、他の方のチャンスを奪う形にもなりかねません。
ですので、レギュレーションからも逸脱してしまっているので、これ以上の改稿は行いません。
作品応募やコンテストなどもチャンスは1回だけですしね。
一度見て頂けた事、そして改稿する機会を得られた事は幸せです。
プロを目指している訳ではありませんが、仕事関連の文章や寄稿、台本執筆なども徐々に増えているので、教わった事は大事に活用していきたいと思います。
最後に
課題に参加した感想を述べておきます。
私にとっては難易度が高い課題でしたが、より正確に言えば奥深い課題です。実際、この課題自体が沼への誘い込み口ではないかと勘ぐっています。
それと、やはり大学生(に限らず高等教育・研究機関)は羨ましいですね。社会人になってからだと、専門家やプロの方とお話する事も難しくなりますし、掘り下げてやりとりできる機会もそう多くはありません。講義をサボる人も多いかもしれませんが、学費と時間とチャンスをフイにしているのは勿体ないです。代返するから学籍寄越せと言いたくなりますね。
10年、20年後に気付く事を、先取りできる場所なんですよね。
まぁ、まだ私はJCのままで居ますけど。
菅先生、本当にありがとうございました。
受講されている生徒さんが羨ましい限りです。
工藤P、感謝致します。
貴女のリツイートが無ければ気付かなかったかもしれません。
ここまで読んで下さった方、お付き合い頂きありがとうございます。
対時間コスパが最悪な記事だと思いますが、一度でもクスっと笑えたなら「スキ」ボタンを100回連打しておいて下さい(偶数回で元に戻ります)。
皆様の健康と幸せに満ちた創作活動が、今後もあらん事をお祈り致します。
シンデレラの戦いの行方は……!?
かんなPの次回作にご期待下さい。
どこにでも居るバーチャルJC MMDユーザーの一人。 MMDアニメーター、動画制作・編集、VTuber関連制作などを行っているただのJC。