場面緘黙と迷走神経【Q1】「喉が閉まったようになって声が出ない」のはなぜ?
2023年10月、アメリカで開催されたSM H.E.L.P. の秋サミットでは、カイロプラクターのロングマイヤー氏と主催者のケリーさんが迷走神経について対談しました。その中で、少しだけポリヴェーガル理論(Polyvagal theory)にも触れたのですが、詳しい説明はなく私には不明瞭なまま。オンラインで視聴した対談をまとめようとしたところ、根本的なところでポリヴェーガル理論を必要とする色々な疑問が生まれてきました。場面緘黙はどんな精神状態の時に起きるのか、また同じ場面緘黙でも子どもの状態や環境によって、不安の度合いや反応が違うのではないか?それはどの様に説明できるのか。対談の趣旨からは外れてしまうのですが、5つの疑問についてかんもくネット代表の臨床心理士、角田圭子さんに答えてもらいました。
【Q1】「喉が閉まったようになって声が出ない」のはなぜ?
私、みくがロングマイヤー氏の対談を聞いて一番印象に残ったのは、「迷走神経が多くの筋肉を支配し、発話や咽頭を開くことにも極めて重要な役割を担っている」という部分でした。
場面緘黙の人はよく話せない状態を「喉が閉まったようになって声が出ない」と表現します。これは迷走神経と関係があるのでしょうか?対談では扁桃体が危険を察知してアラート状態になると迷走神経がうまく働かなくなり、喉を動かす筋肉が通常のようには機能しなくなるとききました。それが原因で、実際に喉が閉まった・詰まったように感じ、声を出すことができなくなる?その理論と詳しいメカニズムが知りたいと思いました。(かんもくネット、ロンドン在住 みく)
■圭子さん回答
場面緘黙をもつ子どもが話さないでいる状態には、様々なものがあります。みくさんの疑問にそって考えます。
迷走神経は、12対ある脳神経の一つで、第X脳神経とも呼ばれています。ところで「迷走神経」について語るとき、外せない理論があります。1994年にスティーブン・ポージェスによって発表された、ポリヴェーガル理論(Polyvagal theory)です。この理論は、進化論的、神経科学的、心理学的な仮説ですが(まだ仮説で今後検証が必要)、自律神経系がどのように人の行動や感情に影響を与えるか理解するのに役立ちます。
これまで自律神経は、「🔴交感神経系」と「副交感神経系」の二つの系からなるというのが定説でした。下記の図の赤色が交感神経系です。交感神経系は、活発に行動するときに優位になり、副交感神経系は休息したり消化吸収をしたりするときに優位になることは皆さんご存じでしょう。ポージェス博士は、副交感神経に「2つの迷走神経」があると提唱しています。「腹側(ふくそく)迷走神経」と「背側(はいそく)迷走神経」です。下記の図が「🟩腹側迷走神経系」と「🟦背側迷走神経系」です。
ポージェスのいう「🟩腹側迷走神経系」は、社会交流コミュニケーションに関わる自律神経の複合体で、気管支や心臓・肺を支配する腹側迷走神経と、顔面や咽頭等を支配する神経からなります。私たちが相手を敵と見なさずに交流できるのは、🔴交感神経系が上がりすぎないように、🟩腹側迷走神経系が適切に調節し、身体を最適な覚醒領域内の状態にキープしているからです。最適な覚醒領域にいる時、私たちは外からの情報や自分の身体感覚からの情報を統合して受け取ることができます。喜怒哀楽を感じたり、頭の中であれこれ思考したり、自分の体験を言葉にしたりできます。このように自律神経によってコントロールできる覚醒の範囲のことを「耐性の窓(Window of Tolerance)」と言います。
扁桃体が危険を察知すると、🔴交感神経系が活性化し🟩腹側迷走神経系のブレーキが外れて過覚醒状態になります。🟩腹側迷走神経系は、横隔膜より上の臓器を支配しており、呼吸や発声等もコントロールしています。緊張すると呼吸が浅くなったり、心拍が乱れたり、声が出しづらくなったりするのは、🟩腹側迷走神経系が不活性になるためです(そして、この声が出せないない状態には「🟦背側迷走神経系」も関わっています)。
私の経験では、子どもが「喉が閉まったようになって声が出ない」という場合は、話そうとした時に呼吸をコントロールできず、息をうまく吐けていないように思います。私たちは声を出す時、声帯を閉じて息を吐きます。声帯の隙間に空気を通すことで声帯が振動し、息が通る道が共鳴して声が出ます。緊張して呼吸や咽頭・声帯の調節がうまくできない時に、頭では「声を出そう」とがんばっても、喉が閉まったように感じるのではないかと思います。 次回は「場面緘黙というのは、一体どの反応か?」について考えます。
かんもくネット 角田圭子 (臨床心理士/公認心理師)
図引用:NHKサイト , Ayan Mukherjee -therapyillustrated.com
参考文献:NHKサイト