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新鋭短歌シリーズを読む 第十一回  上坂あゆ美「真実はいつもたくさん」

 2013年から今を詠う歌人のエッセンスを届けてきた新鋭短歌シリーズ。今年二月にシリーズ第五期第四弾『ショート・ショート・ヘアー』『老人ホームで死ぬほどモテたい』『イマジナシオン』の発売と全タイトル即重版が決定するなど、盛り上がりを見せています。(http://www.kankanbou.com/books/tanka/shinei
 本連載「新鋭短歌シリーズを読む」では、新鋭短歌シリーズから歌集を上梓した歌人たちが、同シリーズの歌集を読み繋いでいきます。
第十一回は『老人ホームで死ぬほどモテたい』の上坂あゆ美さんが、toron*さんの『イマジナシオンを読みます。おたのしみください!

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 哲学者のベルクソンは、数学や力学を排除した真の内的意識のことを「純粋持続」と言った。
 わたしたちは社会に存在して生きているから、どうしても数的な時間軸とか、力学的に置き換えられる量だとかで意識や感覚というものを見なしてしまうのだけど、それでは内的意識を真に捉えることはできないのだと言う。

 『イマジナシオン』の帯には、”短歌が魔法だったことを思い出してしまう”(山田航)とある。
 ベルクソンの言葉に当てはめて考えると、この本はきっと「社会のまやかしを取り去り、真の内的意識に気づかせてくれる魔法」をわたしたちにかけてくれる。「つまらない現実を素敵なものに変える魔法」みたいな夢見がちなファンタジーでは決してなくて、ほんとうの世界とは細やかで美しいものであり、その純粋持続に気づくための眼を与えてくれる。

果てしない夜をきれいに閉じてゆく銀のファスナーとして終電

 終電はまさに社会のルールによって決められた仕組みのひとつで、夜、だいたいは決められた時間通りにわたしたちを運ぶものだ。社会インフラである電車とちっぽけなファスナーという、あまりに飛躍した存在が繋がることで、世界の新しい真実に気づくことができる。

トーストの焦がした方を裏にして笑いと叫び声は似ている

 笑いと叫び声、たしかに似ている。焦げたトーストも裏側は白くて綺麗だったりして、狂気や悲劇があまりに身近であることが恐ろしくなる。景だけを切り取れば「焦げた方を隠して食べる可愛らしさ」みたいな主旨の歌にすることもできると思うけれど、こういうところにtoron*さんの夢見がちなファンタジーではない、真実への眼差しを感じる。

そうか、手をせーのでほどいた訳じゃなく結び目のない風だったんだ

 ”そうか、~だったんだ”という表現で、主体にとって重要だった場面をあとから再解釈していることがわかるので、”手をせーのでほどく”とは、誰かと合意の上で別れたことの比喩かもしれない。その事象を”(もともと)結び目のない風だった”とすることで、感傷に浸りすぎない爽やかな読後感が漂い、人と人との「別れ」というものへの新たな解釈に気づいてしまう。(この文脈では”結び目のない風だった”はかなり冷酷な割り切りとも読めて、もしわたしが手をほどいた相手だったら泣いてしまう気がするけれど、爽やかさで殴られるような突き放し方が超かっこいい)

 また、toron*さんの歌の特徴として、「真実はいつもひとつ」ならぬ「真実はいつもたくさん」という感覚があると思う。社会のものさしに囚われない真の意識世界を描く上で、さらにその世界というものが人の数だけある、ということに意識的である気がする。

iPodにくるりを同期させながらどの東京が好きか話した

 バンド・くるりのデビュー曲であり代表曲でもある「東京」。”どの東京が好きか話した”というのは、どのライブのときの演奏が好きかというたわいない話であると同時に、人びとの数だけ様々な「東京」という存在があることを思わせる。

高跳びで仰臥する空 きみの見た種類の青とは違う青だが

 高跳びをしたとき、宙で一瞬だけ仰向けになった瞬間に見えた空の青色。同じ行為でも、”きみ”と作中主体では異なる世界が見えていることを指している。「どちらの青のほうが正しい」とか「どちらの青のほうが綺麗」とかではないところが良い。

秋日傘つつと回してここにいるわたしはわたしの地軸でいいよ

 この歌を見たとき「やっぱりだ!」と思った。地軸とは地球が自転するときの軸のことだが、主体はやはり他者には他者の、自分には自分の地軸があることをわかっている。”わたしの地軸「が」いい”ではなく、”わたしの地軸「で」いいよ”のところに、沈着かつゆるやかな自己への肯定が感じられる。

 『イマジナシオン』は、toron*さんの世界にある地軸をこれでもかと見せてくれる歌集。しかしtoron*さんの歌は、あなたの地軸を決して否定しないから、安心してあなたはあなたの世界の真実を見つけてほしい。

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【執筆者プロフィール】
上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
1991年、静岡県生まれ。2017年から短歌をつくり始める。2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』刊行。
銭湯、漫画、ファミレスが好き。

新鋭短歌シリーズ59『老人ホームで死ぬほどモテたい』

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