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「ユーコンを流れる」2019 ユーコン川344km、8日間一人旅⑤

4)2日目(8/29) 「テスリン川の朝霧」

 5時半に起床したが、寒さで夜中に何度も目を覚ましたので、寝不足気味の朝となった。テントには白く霜が降り、それが凍りついていた。朝霧で周囲は真っ白で、霧が川面を流れている。水温の方が高いのだ。手早く朝食を済ませて出発する。今日はどんな一日になるのだろうかと、気持ちを前に向ける。ユーコンでの最初の晩を無事に過ごせたことで、気持ちも少し落ち着きを取り戻していた。

朝霧が取れてきたテスリン川、テントとカヤック

陽が昇って気温が上がると、霧がとれた。空と川面に映った空が一体になり、目の前に巨大な真っ青のスクリーンが現れた。カヤックはそのスクリーンに向かって、吸い込まれるように流れて行った。前を見ると、まるで遊園地の遊具に乗っているかのような錯覚に陥り、妙な気分になる。カヤックに乗っているという現実がどこかに遊離してしまうのだ。これは「ヤバい」と思って、時々、横の岸辺を見たり、目を左右にそらして気を紛らわした。

水鳥が飛び立つ音のほかには、パドルをかく水音だけが聞こえる静寂の中にいた。

前のパドルは予備

 どのあたりにいるのかなと思って、KP店で買ったテスリン川の地図を見たが、英語表記なので詳細がわからず、また相談する相手もいない。岸を見ても、これといった目標物がなく、同じような風景が続いて、自分がどこにいるのか分からなくて困った。

川幅が狭くなった峡谷に入って、ようやく地点確認ができるようになった。時々、森の中に人家が現れるが、それらは小さな一軒家の小屋(キャビン)で、日本のように道路や集落があったり、橋が現れる事はない。今回の旅程で橋があったのは、スタート地点のジョンソンズ・クロッシングだけであった。とにかく、目標物がないのだ。

 両足でラダー(舟の舵)を操作していたので、筋肉が突っ張って、とうとう右足のふくらはぎがこむら返しを起こしてしまった。思わず悲鳴をあげて足を抱え込んでしまった。恥ずかしかったが、幸い誰もいない。

この日も午後になると、強い向かい風が吹いた。漕ぐ手を緩めるとカヤックが横向きになり、波を受けて転覆する危険性があるので、波に直角になるように常に力を入れて漕がなくてはならなかった。昨日遅れた分を取り戻そうと、20時前まで流れの中にいた。

 下り始めて分かったが、こちらの川は日本の川と違って、流れが緩やかである。時々白く波立った瀬が現れるものの、そうでないところは流れが止まっているのではないかと錯覚するほどであった。しかし、横の景色を見ると、確かに後ろに流れているのだ。

 また、土砂が堆積してできた大小の中洲が小島のようになって、川の流れを分けている。明治に来日したオランダ人技師が、日本の川を見て、「これは滝だ」と言ったという有名な話を思い出し、合点がいった。
 この日は、釣りをしていたカナダ人夫妻以外、誰にも会わなかった。

「ユーコンの 秋を流れる 孤舟かな」

 ただ、夕食の時、大きなプロペラの船外機をつけたボートが轟音を立てて往復した。手を振ると、向こうからも手を振ってくれた。多分、昼にあった人たちだろう。

 この日は雨の心配はないだろうと考えて、小さな中洲にテントを張ったので、熊の心配がなく眠れた(しかし、後から考えると、この程度の浅瀬では、熊は簡単に渡れたのではないだろうか?)。
 まだ2日目が終わっただけで、あと1週間も残っている。一日が長いのだ。こうなったら覚悟を決めて、旅を楽しむしかない。

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