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Buen Camino 2022 あなたも巡礼に出かけてみませんか? ⑳

(20) 「メセタの終わり」

 9/3(土)第16日、晴れ、11℃
 宿を出てすぐに緩やかであるが、ずっと登り坂になる。高度を上げるに従って樹林も多くなった。昼頃になって晴れ間が出て来たが、それまでは曇天で歩きやすかった。道は蛇行しながら高度を上げる。相変わらず、ハエがうるさい。所々に家があるだけの田舎道である。
 村が現れ、途中にあるレストランで昼食を食べた。今までとは違うものということで、サンドイッチにしたが、焼いた食パンの間にハムとチーズを挟んだだけのもので、野菜を期待したが入ってなかった。これに冷たいコーラ。質素だ。

 ハエの襲撃に辟易しながら歩く横を、車が追い抜いて行くのが恨めしい。高度が上がって、非常に眺めがいい高原の村に入った。避暑地のようであった。非常に景色が良く、これが夕方であれば、ここで泊まりたいところである。
 道はその先から一般の山道へと変わり、だんだんと傾斜を増して行く。これはもう登山のレベルだ。山道にあまり慣れていない様子の女性の巡礼が苦労していた。
 やがて車道と交差した場所に出ると、そこがイラゴ峠1500mで、大勢が休息していた。警官がいて、パトカーが停まっていた。

イラゴ峠の塔

そこには、石が小山のように積み上げられていて、一本の金属製の塔が立っている。元は木の十字架であったようだ。

石が積み上げられている

 この石は巡礼が家から運んできたもので、願いを込めてそこに積んだという。私がそのことを知ったのは、帰国してからであったが、知っていても、多分、石は持って行かなかっただろう。そのようなスピリチュアルな考え方は馴染めないからである。ただ、巡礼路にはその類がはびこっていた。巡礼路の現代化であろうか。

 ここからは下りになるが、だらだらとアップダウンを繰り返す。ドングリやナナカマド(まだ色づいていない)を見た。明らかにこれまでのメセタとは違う風景で、日本の野山に似た雰囲気の場所があった。

ナナカマド

 この辺りから、例のルーターが不調になってインターネットがつながらず、地点確認ができなくなった。道は間違っていないのだが、自分がどこにいるかわからないのだ。下りになったが、次の村が確認できないし、見えない。
 午後の強い日差しの中、日陰がない急傾斜を下って行った。そして、いい加減疲れたと思った頃に、エル・アセボ・デ・サン・ミゲルEl Acebo de San Miguelの村が突然眼下に姿を現し、思わず口から安堵の声が出た。

 宿のアルベルゲは立派な部屋で、私一人であった。シャワー、洗濯をすませた後、まだ日が高いので、村の中を散策した。と言っても、特に見るようなものは何もないのだが・・・・。でも、それがいい。この村は山の中腹にあり、家は傾斜地に立っているので見晴らしが良く、日当たりもいい。犬を散歩させている男性がいて、私ものんびりと散歩を楽しんだ。

エル・アセボ・デ・サン・ミゲル

 これまでの自分の人生の中で、自分がスペインのこんな辺鄙な村に、例え1日でも滞在することがあるなどということを、想像したことがあっただろうか。今、自分は突拍子もないことをしているのだと思った。考えてみると、巡礼期間中は歩くのに精一杯で、また、何かをしなければならず、こういうボーッとした時間はあまり取れなかったような気がする。亡くなった妻と一緒に来たかった。もう一度訪れたいという印象の村であった。

太陽が沈む方向に、サンチャゴ・デ・コンポステーラがある

 この山を境にして、西と東では風景が全く違う。西側は海から吹く風が山にぶつかって雨を降らせるので、緑が深く樹木も大きい。それに対して、東側は山を越えて乾燥した風が暖かい風のフェーンとなって吹き下ろし、それがメセタを形成している。山はそう高くないが、山の西と東ではっきりと自然が違うのだ。やっとメセタが終わった。

山の中で食べるサーモン

 食べ終わった頃に、アジア系の母親と娘の二人連れが来た。そして、彼女らが同じ部屋になった。子供の巡礼は初めてである。 (27.8km、46,859歩)

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