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Buen Camino 2022 あなたも巡礼に出かけてみませんか? ⑩

(10)「ドネーション」

 8/24(水)第6日、晴れ
 7時(日本では6時)前にヘッドランプを点けて宿を出る。早いと思ったが、他のメンバーはほとんど出発していた。星がまだ残っている。畑の横の凸凹の狭い田舎道をしばらく行くと舗装道路に出て、その脇に壊れた建物があった。ここは修道院跡で、今は廃墟となっており、いつ崩壊してもおかしくない姿をとどめている。これがスペインのキリスト教の現状なのだろう。中庭に入ると、テーブルの上にスモモが山盛りに置いてあった。管理をしているらしい男性に、「もらっていいか」と尋ねると、「どうぞ」というので、2個もらった。

かつての修道院

 道路の両側は収穫が終わった麦畑で、今は何もない。これが、6月頃であれば麦の緑の穂が美しかったに違いない。また、野の草花も綺麗な花を咲かせていたのではないだろうか。

朝早いので影が長く伸びる

 次の村で木陰のベンチでしばらく休んだ。家から首筋を冷やす化繊のタオルを持ってきていたのを思い出して、水につけて首に巻いたら気持ちが良かった。しかし、しばらくすると乾いてしまった。日本で何度か試してみて良かったので持ってきたのだが、これは乾燥が強いスペインではあまり役に立たないようだ。

 日陰がない。目の前にあった丘を辟易しながら登ると、そこには荒涼としたメセタの風景が広がっていた。これは、日本では見ることがない風景であった。人も家も見えない。動いているのは、ずっと向こうに見える豆粒ほどの巡礼の姿だけである。こんなところでじっとしていたら、こちらまで干からびてしまいそうだ。おまけに両足にできたマメが痛く、丘を下るのに力を入れることができない。

道に点のように見えるのが人

 ずっと向こうの方に、他の景色とは違うものがちらちらと見える。何だろうかと思いながら近づくと、ワンボックスカーで飲み物を販売していた。先行していた人たちが、木陰のテーブルでくつろいでおり、私も仲間入りをした。荷物を下ろして、冷たい湧水で顔を洗い、コーラを買った。幾らかと尋ねると、「ドネーション」だという。
 一瞬、何のことかわからず、きょとんとしたが、「あぁ」と思って、2€(280円)を缶の中に入れた。これは新鮮な驚きであった。暑さでボーとしていた意識の中に、新しい概念が飛び込んできたからだ。カルチャーショックであった。

 ドネーションDonationとは「寄付」のことであるが、ここでのそれは巡礼に対する飲食の接待であり、巡礼はそれに対してなにがしかの謝礼をする相互の関係を指していると思われる。通常の「販売行為」とは違うので、金額は決まっていない。対価の額は巡礼が決めるのである。このドネーションはカミーノから生まれた独特な文化で、それはイエス・キリストの無償の十字架の愛に倣ったものだと思われる。そして、これからも度々これに出会でくわすことになる。

乾燥の 大地潤す ドネーション

 やがて石の橋を渡ると風景が一変した。水が豊富な農村地帯で、スプリンクラーが盛んに散水している。何かホッとする風景である。その外れのところに公園があり、木陰で子供たちが大勢遊んでいた。私も荷を置いて一息ついていると、自転車に乗った青年がやって来た。彼も休むのかなあと思って席を空けようとすると、何と彼はパック入りのジュースを私に差し出したのだ。そして、彼はそのまま立ち去った。これには驚いた。これは四国遍路の「お接待」に似た行為である。先のドネーションと合わせて、ここに独特な文化が根付いているのを感じた。

これがそのジュース

 この日は3時前にボアディージャ・デル・カミーノBoadilla del Caminoに到着した。宿は民営で、庭が広く洒落た雰囲気であった。二食付き25€。宿に着いての最初の仕事はシャワーで、それから洗濯した。広い庭にロープが張ってあるので、それに干したが、適度な風があり乾燥しているので、綿でも3〜4時間で乾いてしまう。さらにスマホの充電。以上が、宿でのルーティーンである。これらが終わってやっと一息つけるが、この日は更に、Victorinoxの小型ナイフでマメを潰して、中の水を出した。前を通る人が覗いて行く。この二日間で60km以上を歩き、少し無理をしたようだ。

ひまわり畑が広がる

 宿に宿泊料を支払っていたら、二人の日本人学生に会った。一人は横浜から来た男子学生で、もう一人は奈良からの女子学生であった。私が彼女の大学名を当てたのでびっくりしていた。福岡から来たというと、彼女の家も同じ市内にあって話が弾んだ。何とパリから一人で歩いて来て、歩くのはもう慣れたというではないか。「凄い」としか言いようがない。こういう日本人女性が育っていることに驚いた。翌日、彼女は足を引きずって歩く私を追い越して行った。なお、この旅で出会った日本人は、全員が「単独行」であった。

 夕食はスペイン語と英語が飛び交う中で食べた。欧米系の人はほとんどがカップルか団体なので、私のように言葉もできないものが一人で旅をしているのは不思議だろう。

夜、雷鳴と稲光を伴う強い雨が通過した。暑さが少しでも和らぐことを願う。(30.5km、45,050歩)

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