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「ユーコンを流れる」2019 ユーコン川344km、8日間一人旅⑭(最終回)

12)エピソード② 「旅を終えて」

 最後に、ホワイトホースのレストランでのエピソードを紹介する。私は同じ店で朝食を2度食べた。2度目は前回とは違う店員さんであった。そこで、前とは異なるメニューを注文したら、しばらくして彼女が私に何かを尋ねに来たが、何を言っているのかさっぱり分からない。どうも、Aがいいか、Bがいいのかと尋ねているようであるが、それが何に関することなのか、どう違うのか、また何と返事をしたらいいのか答えようがなかった。
  返事をしないと朝食を食べることができないし、相手も困るだろうと思ったが、どうしようもない。とっさに「困ったなあ」という言葉が口から出た。そしたら、何と私の頭の上からなめらかな日本語が降りて来たのであった。彼女は日本人だった。

  ただ、アジア系の人はカナダには多く、それまで彼女は英語を話していたので、日本人だとは考えてもみなかったのである。また、彼女も私の「困ったなあ」で、初めて私が日本人であることが分かったのであろう。

 質問は、ポテトを薄く切るか、分厚く切るかということであった。私にはどうでもいいことであるが、それを相手に聞くのが、ここの「文化」なのだろう。店を出るときに、「日本人の方に出会えてホッとしました」とお礼を言ったら、彼女も「日本語が話せて嬉しかったです」と返してくれた。

 旅に味をつけるのは人との出会いであり、予期しないトラブルである。たとえそれが苦いものであったとしても、これがないと旅は思い出に乏しいものとなる。「単独行」は、それがつきものの旅のスタイルである。今回、幸いなことに困ったことはあっても、嫌なことには全く遭遇しなかった。

 また、一切の情報を遮断して「孤独」の中に身を置くことは、今や現代人には大きな贅沢と言えよう。一人なのでやらなければならないことは多く、考えることは、今何をするかという1点に集中していた。だから時間を持て余すということはなく、日本から持って来た『平家物語』第四巻(岩波文庫)は、帰りの飛行機の待ち時間に読んだ。

 この旅のきっかけは、野田知佑さんの『ナイル川を下ってみないか』(2016)など、以前から、カヤックに関する本を数冊読んでいたことが直接の原因である。しかし、中学生の頃にジャック・ロンドンの『野生の呼び声』や『白い牙』を、その後、新田次郎の『アラスカ物語』などを読んだことで、「ユーコン川」や「ドーソン」という名前は頭に刻み込まれていた。これでやっと長年の夢がかなった。

 この旅を終わって感じたのは、できることなら30歳代でしていたら、なお良かったということであった。この旅で経験したことは、その後、経験するであろう様々な困難を乗り越える上で、大いに自信になり、役立った筈であったからである。しかし、実際、30歳代は仕事に、家庭に忙しくて、それどころではない。

 また、費用がいくらかかったかと聞かれるが、私の場合は、デルタ航空系のマイレージ利用、テント7泊で自炊だから大して掛かっていない。他は、マイレージ以外の航空運賃、バス代、カヤックのレンタル料金、3泊のホテル代、食料・食事代などであった。
 勿論、お金をかけて日本から参加するツアーもあるが、それだと日程やコースが合わないし、料金も割高になる。「旅行記」も見聞だけで面白味に欠けることになるだろう。だから、私の場合は「単独行」になるのだが。 
 ただし、高齢者は気力と体力が落ちているので、時間と金をかけることでリスクを減らすというのが、一般的な「原則」である。(了)

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