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卒業式がなくなるということ

成績表を受けとる道すがら、
書き始めた、月曜日。

数日まえ、一斉送信のメールが届いた。
内容は、卒業式が中止になったという悲しい知らせだった。
他大学の友達がすでにSNSで嘆いていたが
それでも、僕の学校はやるんじゃないかと期待していた。
根拠のない自信はこういうときに発揮される。

正直、式典は行くか悩んでいて、
僕はそのあとのパーティーを楽しみにしてた。
定年退職する先生に、辞める先生もいて、
合法(成人してるから飲める)で、先生たちとお酒がのめる
またとない機会だったから。
スーツにネクタイでビシッと決めて。

なんなら、好きな人に気持ちを打ち明ける
そんなミッションもあった。

そんな機会も失ってしまった。


「しょうがない」


この言葉以外に表現できる方法がわからないから
僕は卒業式に対して何をおもっているのか、文字にしてみる。

大学生と社会人の境目の日。


試験の合否もまだで、全然生きた心地なんてしてなくて
一人暮らしの準備もなにも進まない。
遠出の旅行はもともと立ててなくて、
日帰りでいろんな所に行こうとしていた。

それが、
朝から夜まで映画を立て続けに観て、
なよんなよんな日々を過ごしている。
卒業式が無くなったことで
「次のステージに突如連れていかれる」ような焦りが生まれた。


「またね」が叶うはずだった日


僕は4年間、看護をまなんだ。
それを労いたかった。自分も友達も。
一緒に卒業しない友達や、
看護じゃない夢を持って進むことを決めた友達を、
ただただ祈って。


別れも言えない最後に突然なるって、誰が想像していたのか。
全く会えなくなる訳じゃないけど
「またね」すら、直接言えなくなってしまった

幸運なことに、チャンスがあと2回ある。
大事にするんだ。

#卒業式
#学生から社会人の過渡期

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