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ショートショート|面倒なおしゃべり

「面倒なおしゃべり」

圭の両親は、共働きだった。二人とも朝早くから夜まで働いている。
 幸いにも、近所に祖母が住んでいて、圭の面倒を見てくれている。
 今日も学校終わりに、おばあちゃんの家に寄る。
 おばあちゃんちは好きだ。
 畳の匂いとか、線香の匂いとか、石鹸の匂いとか、ありとあらゆるものがうちと違う。
「お母さんとお父さんは元気かい?」
「うん」
「お仕事忙しいんだろ?」
「うん。多分」
「圭ちゃんは、どうだい?」
「何が?」
「学校は楽しい?」
「うん」
「今日は何したんだい?」
「んー、忘れた」
「給食は、美味しかったかい?」
「わかんない」
「おやおや」
 こんな会話はいつも通り。
 おばあちゃんは質問が多い。

 ある時、おばあちゃんは真面目な顔をして圭を窘めた。
「圭ちゃん、考えるのを面倒がってはいけないよ」
「なんのこと」
「本当は覚えているだろ? 本当は分かっていることを面倒くさがっていると、いつか本当にものが分からなくなってしまうよ」
「難しいよ」
「難しいことないさ。よく考えてご覧。面倒がってはいけないよ」


 圭は高校生になった。
 両親は相変わらず、身を粉にして働いている。
 圭は学校が終わると部活に行き、祖母の家には行くことはなくなった。
 たまに部活が休みになると、祖母の家ではなく、病院に行くようになった。
「おばあちゃん、来たよ」
 圭が現れると、ぼんやりと外を眺めていたおばあちゃんが振り返った。
「今日は、部活休みだったんだ」
 おばあちゃんは、口数がグッと少なくなった。
 
「あんた、誰だったかね」
「圭だよ。おばあちゃん」
「そうかい。夕飯はまだかい?」
「うん、もうちょっと待ってね。おばあちゃん」
「あんた、誰だったかね」
「圭だよ。おばあちゃん」

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