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アヤソフィア (Hagia Sophia)の「モスク」化 何か変わるの?何が起こっているの?

去年の7月、トルコを旅行した。主な目的は、リゾート地オルデニズでのパラグライダーだった(これについては別のときに書きたい)が、帰りに1日イスタンブール観光をした。その際に、アヤソフィアにも立ち寄った。

そのアヤソフィアが変化のただなかにあることに気がついたのは、7月初め、イスラム事情に詳しい内藤先生のTwitterを通してのことだった。

7月11日(現地時間10日)、アヤソフィアをモスクに戻すことが正式に決定。

この件、内藤先生や「公正で政治的圧力を受けない、中東で唯一の報道機関である」と謳う放送局・アルジャジーラの情報を見聞きしてから、日本語ニュースを見ると、情報量が少なくて驚いた(海外ニュースあるあるだけど…)。親日国かつ中東の鍵を握るといっても過言ではない国・トルコについて、日本語でもちゃんと報道しておくれ…と嘆いても仕方がない。

何が起こっているかを知るためには、英語で情報収集するのが一番だ。自分の頭の整理を兼ねて、収集した情報をメモしておく。

トルコ国内の反応

アルジャジーラの特集番組がよくまとまっていた。

番組説明(てきとう訳):

イスタンブールにある、世界的に有名なアヤソフィア(Hagia Sophia)博物館が、モスクに戻ることになりました。アヤソフィアを「博物館」に変更した1934年の決定は違法だったとするトルコの最高裁判決を受けて、エルドガン大統領は、2週間以内に同施設をイスラム教の礼拝堂として開放すると宣言しました。キリスト教(ギリシャ正教)の大聖堂として約1500年前に建築されたアヤソフィアは、西暦1453年、オスマントルコ帝国征服後にモスクに改築されました。(そしてその後、1934年にトルコ共和国のアタチュルク初代大統領によって「博物館化」が行われました。)
ユネスコ、ギリシャ、ロシア等の教会指導者たちは、今回のトルコ最高裁の決定を非難していますが、トルコ外務省は「国家主権の国内問題」であると主張しています。さて、この出来事は宗教的に重要な動きなのでしょうか、それとも政治的偏狭さの表れなのでしょうか?
(One of the world's most famous landmarks, the Hagia Sophia museum in Istanbul, has been turned back into a mosque.
Turkish President Recep Tayyip Erdogan says the site will be open to Muslim worship in less than two weeks, after a top court ruled the building's conversion to a museum in 1934 was illegal.
Built 1,500 years ago as an Orthdox Christian cathedral, Hagia Sophia was converted into a mosque after the Ottoman conquest in 1453.
While UNESCO and Greek, Russian and other church leaders have denounced Turkey's decision, its foreign ministry insists it's a 'domestic issue of national sovereignty'.
But is this an act of religious significance or political narrow-mindedness?)

動画は25分程度の長さ。トルコの大統領スポークスマンと、新聞紙編集長+イスラム教研究者のをゲストに招いて、それぞれの見解をインタビューしている。

前半は大統領スポークスマンが「今回の動きがいかに正当なものか、国内的な支持を得ているか」を熱弁。大統領スポークスマンなので、そりゃ全面擁護だよね、ふーん、と思いながら聞いた。しかし後半の新聞編集長・研究者の二人もかなり前向きなコメントを述べていて、トルコ国内はこんな感じなのか……と、欧州メディア(BBCやThe Economist)との温度差を感じた。特に新聞編集長の↓のコメントが、面白かった。

「はじめからアヤソフィアがモスクとして建てられていたなら、博物館からモスクに戻すことについて、これほど大きな批判の声はあがらないでしょう。しかし実際のところ、アヤソフィアは、オスマン帝国が成立するよりも前に、キリスト教の聖堂として建てられました。それが複雑さの根源となっています。トルコが自国内の建築物をモスクに戻して、礼拝に使うことになんら問題はありません。しかしアヤソフィアの歴史的背景から、キリスト教者にもその場所は開かれているべきでしょう。この場合、開かれているというのは、ただ立ち入れるというだけでなく、彼らにも礼拝する場所とするということです。その方法について、我々は20年間議論してきました」

(具体的な方法はさておき)キリスト教が礼拝することも認めるべき……という発想が、すごくイスラム的〜と思った。イスラム教は、歴史的にキリスト教よりも後に成立し、キリストも預言者の一人として位置付けている。そのため、キリスト教に対して寛容というか、キリスト教を受け入れているような考え方も見受けられる。もちろんいろいろな考えかたがあるけれど、トルコのイスラム教はかなり柔軟……という理解を、私はしている。しかし、これは生粋のキリスト教者にはなかなか受け入れがたい論理だろう。

トルコ国外のイスラム教者の反応

トルコ国内では比較的好意的に受け入れられているいっぽう、今回の件は、イスラム世界でも賛否両論のようだ。アルジャジーラは、SNSを通して、各国のムスリムの声を拾っている。

ざっくりまとめると、賛成派は、アヤソフィアがモスクとなり、礼拝できるようになることを歓迎している。反対派は、世界遺産として登録しているのだから、他の国にどう受け止められるかを考えて慎重になるべきといっている。また、アヤソフィアのことよりも、中国によってモスクが壊されているウルグイのことを気にしろよと声を上げている人もいる。

西欧および日本の反応

英BBC 記事は、アルジャジーラとは全く異なる視点でまとめられている。一言でまとめるなら、欧州側は、今回の動きを全力非難。

記事で紹介している、世界キリスト教界評議会からの手紙はこんな感じ:

「アヤソフィアをモスクに戻すと決定することにより、トルコが態度を開いているという肯定的な象徴性が覆されました。アヤソフィアは排除と分裂のしるしとなりました」
(By deciding to convert the Hagia Sophia back to a mosque you have reversed that positive sign of Turkey's openness and changed it to a sign of exclusion and division.)

そのあたりについては、日本語メディアも報じている……というか、基本的に欧州発情報をそのままなぞっている。

日経新聞は、もうちょっと踏み込んで書いているが…。

オスマン帝国の栄光へのあこがれを隠さないエルドアン政権は、アタチュルク派の軍やエリート層が進めた厳格な政教分離政策や親欧米外交から転換し、これまでも欧米とあつれきを生じさせてきた。

The Economist記事を読んで考えたこと

The Economistの論考はさすがで、↓で抜粋引用した箇所以外も鋭い指摘にあふれ、読み応えがあった。

「調査によると、トルコ人の大多数はアヤソフィアのモスク化を支持しています。しかし、政府はこの件を利用して、より差し迫った問題から人々の注意をそらそうとしていると多くの国民は考えています。なかには、前回選挙から2年も経っていませんが、早期実施もありうる次回選挙の選挙対策ではないかと疑う人もいます」
(Studies suggest that a large majority of Turks would support the Hagia Sophia’s conversion. But many also believe the government is using the issue to distract from more pressing problems. Some suspect Mr Erdogan may be preparing the ground for early elections, barely two years after the last ones.)

同記事を読んでいて、2005年にトルコ旅行した際に仲良くなった、現地人ガイドのアリさんの言葉を思い出した。

「初代大統領のアタトゥルクはとても偉い。彼の功績で、トルコ語はアルファベットを使うようになった。共和制も彼が実現した。とても大切な人だから、トルコの紙幣はすべて彼の肖像画使われている」

ところが、今回の判決は、そのアタトゥルク政権が決めたことを覆す内容だ。それっていいの? エルドガン氏は、そこまでトルコ国民の支持を得ているの?

その問いに対するヒントは、おそらく内藤先生によるこの本に書いてある。図書館で借りて読んだ本だが、面白かったし、トルコに対する観察の軸みたいなものを得ることができた。

追記:Nikkei Asian Reviewの記事が素晴らしかった

このnoteを公開してからTwitter を眺めていたら、この記事を見かけた。バランスよくまとまっている良記事! マレーシアやインドネシア、イラン、オマーンあたりは支持。他の中東国は沈黙。ロシアは距離を置いて静観。欧州・米国は非難。モスクになって初回の礼拝は7月24日の予定。

まとめ・雑感

日本人的にいえば(というかおそらくほとんどの非宗教者にとって)、アヤソフィアがモスクでも博物館でもどうでもいい…というか、観光での立ち入りは引き続きできるようだし、むしろ入場料は安くなるだろうから、特段の影響はないこだろう。キリスト教的な壁画がカーテンかなにかで隠されてしまうだろう点は少し残念だけど、キリスト教によるモスク破壊や中国共産党による寺院破壊、そして内戦によるシリアの世界遺産の破壊を思えば、大したことではない。

中東の不安定さを思うと、トルコの政治が安定していることの恩恵は計り知れない。「アヤソフィアをモスクとして使いたい」と願うトルコ人がある程度いて、国民の支持が得られているなら、それはトルコの内政問題であって、外国人がとやかくいうべきことではないだろう。←これが素人的でナイーヴな発想であることは承知のうえで、私は思う。

だって私は、また近いうちに、トルコ旅行に行きたいから。

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