ブラックコーヒー

「やべ、眠くなってきた」
 ずっと英語を解いていた圭人がボソッとつぶやいた。
「私も眠いかも」
 そう言って私は机に突っ伏す。
「自販行く?」
「いや、めんどいなあ」
 そういう圭人は本当にめんどくさそうだ。
 私たちの高校の自販機は中庭を抜けた先、学食の隣にある。しかも外は雪が降っている。青森の12月は、驚くほど寒い。
「けど、このまま勉強してても仕方ないしなあ。しゃあない、行こう」
「りょーかい」
 すっと立ち上がる圭人。
「圭人、コートは?」
「いいよ、めんどくさい」
「ほんとにめんどくさがりだよね」
「男なんてそんなもんよ」
「あんたが男を語るな」
 凍てつく青森の冬に、圭人は無謀にもノーコートで挑もうとする。
「ちょっと、上履きのままでいくの?ばれたら怒られるよ」
「誰も見てないからへーきへーき」
 うー寒い寒い、とポケットに手を入れて中庭に踏み出した圭人を慌てて追いかける。
 午後6時すぎ。外はすっかり暗くなっている。今日は満月だ。
 おとといからの寒波の影響で雪が5cmは積もっている。ザックザックと上履きで雪を踏みしめ、足早に自販機を目指す。
「ひー、寒い寒い。さっさと買って戻ろう」
 自販機に着いた圭人がゴソゴソと財布から小銭を取り出す。
「ブラックにしよーと。うわ、あっつー」
 ガシャン、と落ちてきたブラックコーヒーを両手で交互に持っている。
「紗希はなににする?」
 小銭を自販機に入れる圭人。
「自分で買うからいいよー」
「いいのよ、付いてきてくれたからさ。遠慮すんなって」
「えー、いいの?じゃあ、私も同じのにしようかな」
「けっこう苦いよ?甘いのにしたら」
「私結構ブラックコーヒー飲むのよ。意外でしょ」
 ブラックコーヒーなんてもちろん飲んだことはないけれど、今はこれがよかった。
「ふー、あったまるー。冬はブラックに限るねえ」
 さっそくブラックコーヒーを飲んだ圭人がしみじみと言う。
 私はドキドキしながらコーヒーを口に近づける。最後まで飲めるだろうか。
「う゛、うん、あったまるね」
 あまりの苦さに変な声が出そうになったが、なんとか我慢してコーヒーと共に飲み込む。
「あ、紗希見て。今日満月だわ」
 圭人が空を見上げている。
「ほんとだ。きれいだね」
 ブラックコーヒーから出てきた蒸気が、まっすぐに満月を目指して立ち上っていった。

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