18時30分。心なしか足取りが重い。
「明日こそは……」
 声はどこに向かうでもなく夜の闇に吸い込まれる。
「またね亮祐」
「おう、また明日な」
 補講終わり。今日も言えなかった。
 山崎紗希。去年初めてクラスが同じになってからずっと気になっていた。ぱっちりとした目、薄い唇、少し低い鼻。明るくて、誰にでも話しかける優しいところ。好きになってしまった。
 今日こそはと思いながら、何も言えない毎日はあっという間に過ぎてゆく。
 卒業まで3ヶ月。おれと紗希は同じ大学を目指しているとはいえ学部は違うから、卒業後も会えるかどうかはわからない。
 それに気がかりなことがある。紗希と同じクラスの圭人が最近仲がいいのだ。
 圭人とは中学からの仲だからよく分かるが、紗希の顔は圭人のタイプだ。どストライクと言っていい。
 ひょっとすると今も2人で勉強しているんじゃないか。そんなことを考えていると不安でたまらなくなる。紗希を取られてしまう。
 もう時間がない。早く言わなければ。そう考えれば考えるほど、心臓は暴れるように脈を打ち、鼓動はますます大きくなる。
「はあ……」
 おれは明日も言えないのだろうか。このまま何もできず卒業するのだろうか。
 そのとき、視界を無数の白いものが通過した。雪が降ってきたようだ。おれは思わず空を見上げる。
「あ……!」
 今夜は満月のようだ。
「きれいだな」
 思わず声が出る。まるでおれを見守っているかのように圧倒的な存在感でそこにいる満月。
 言うなら明日かもしれない。明日なら言えるかもしれない。
 おれは満月を祈るようにじっと見つめ、帰り道を急ぐ。 

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