ものの教え① | 音はキャンセルできるか


2022年で一番いい買い物は?と聞かれたら、nothing earと答える。nothing earは、ロンドンのブランドnothingのワイヤレスイヤフォン。中身が剥き出しになったクリアなデザインとTeenage Engineeringが監修するサウンドが特徴で、サードパーティとして申し分ない存在感を放っている。

僕はとにかくなくしものが多い。だからワイヤレスイヤフォンははなから諦めて、首にかけられるbeats flexを買っていた。しかし2本目をなくせば、いよいよワイヤードにこだわる必要もなくなってくる。nothing earのカナル型をネットですぐに注文した。

価格もかなりやさしい16,500円。どこを挙げてもいいとこばかりだけど、中でも感動したのはアクティブノイズキャンセリングだった。他の製品にも同じような機能はあるけど、僕にとってはこれが初めてのノイズキャンセリング。無音を手に入れた途端、ノイズへの認識がはたと変わってしまった。

耳につけると、自動でノイズの除去が始まり、数秒で環境音がピタリとなくなる。人の会話は聞こえるが、風や空調、クルマの駆動音などはいっさい聴こえなくなった。なるほど、と思ってイヤフォンを外すと、飛行機が近くを飛んでるんじゃないかと思うほどのゴォーーーっという音が鳴り響いた。驚いた。落ち着いて考えると、それは空調の音だった。どんなに静かな空間でも何かが微細に鳴り響いている。風、起動音、足音。ノイズキャンセリングをしたから、聴こえなかった環境音が聴こえてきた。

12月末。1年を納めようと思って、三峰神社へ向かった。バスで1時間かけて着いた入り口は、三峰神社の境内に続く道と雲取山の登山道に続く道に分かれている。三峰神社でお参りを済ませたあと、時間があったので雲取山のルートに行ってみた。

一本道を進んでいく。人の気配どころか、風ひとつない。あまりにしんとしていて怖気付く。参拝客に溢れた神社の境内より、無言の自然の方がよっぽど畏怖があった。さらに奥へ進むと、登山道の入り口に突き当たる。小さな鳥居と「立ち入り注意」「熊注意」「登山届はお済みですか」といくつもの看板が現れた。安易な登山事故を防ぐためとしてもあまりにも不穏に掲げられた注意の数々に、完全に戦意喪失。ビビり上がってしまって、写真を撮ることもはばかられた。

帰り道、あまりにも静かなので、環境音があるのか気になってイヤフォンをつけてみた。ノイズキャンセリングが起動したのを確認して、外してみる。聞こえてくる静けさがまったく変わらなかった。木々が、虫たちが、こんなにも静であれるのか。音を立てなければ、いまここにいられない私たちの頼りなさが浮かび上がる。だからこんなにも怖しいのか。どれだけノイズキャンセリングをしても、完全に雑音を手放すことはできないのかもしれない。

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