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生協配達員のハヤテさんと吃音

今回取材させて頂いたのは、筆者も所属している吃音自助LINEサークル「FOX」代表であるハヤテさんだ。

妻子と吃音を持つ彼は、生協で配達や営業の仕事に従事する傍ら、吃音に悩む方のためツイッターでの情報発信、サークル内での定例会、食事会などを開催している。(参加希望の方は、はやて@サークルFOXまで!)

精力的に活動する彼を初めて知った時私は、非常に前向きで特別な意思や経験があるのだろうと構えていた。しかし彼の事を知れば知るほど、特別なモノなど何も無く、自分と同じ吃音や辛い仕事、人間関係に悩んできた「普通」の人間だと分かり何だか安心した。ホッ・・。

「他者に影響を与えられたら良いな」

ハヤテさんは取材を通して何度かつぶやく。特別だと思えた彼の過去と今を通して見えたのは、嫌いだった自己の吃音を許し、当事者や妻子のために活動し働く1人の懸命な人間像だった。


漢字が読めないだけなのに

どもりに気付き始めたのは小学校2年生の頃。当時担任の先生は気が短く、些細な事で注意し怒鳴るスパルタばあちゃんだった。

例えば国語の音読授業。漢字が読めず止まってるだけで怒られる。そしてある時ハヤテ少年は、授業中にトイレへ行きたくなり、勇気を出して先生にお願いする。

「さっき一緒に行っときなさいよ!」

自分の前にトイレへ行った人がいるだけで怒鳴られた。次第に自分はいつ怒られるだろうと不安になり、学校が怖くなってしまった。言葉が詰まってしまう、どもりに気付いたのはこの頃からだったという。

また印象深い思い出は、小学4年生の時、友人とのお泊り会だった。今までどもりながらも何事も無かったように談笑していたが、友人はある時、急に態度をガラッと変えてどもりを咎めた。

「あ、出た出た~」

嘲笑や悪口に近い反応をされ、ハヤテ少年は思わず驚いてしまったという。それも転校直前の最後のお泊り会。些細な事かもしれないが、TPOに逆行しすぎた何気ない一言は、降りかかった本人だけは意外と明確に覚えているものだ。

自分だけじゃないけれど、皆と少し違うかも?

中学生のハヤテ少年は、自分は皆と違うかもしれない、そんな意識がうっすら生まれていた。中学校後半に機会が増えた英語のディスカッションや社会、国語の音読は皆との違いを顕著にさせた。

特に3年生になると、随伴行動(声をひねりだす時、同時に手足や表情が引きつること)が目立った。顎が上向きになり、まばたきを頻発させながら話す滑稽姿に友人から咎められた。

「何でそんな話し方?」

しかし当時「吃音」という障害は知らず、自分でもよく分からない症状に、返す言葉が見つからない。一層自分に対する違和感だけが募った。

また同時に、自分と同じようにどもる同級生の女の子がいたという。
余り話すことは無かったが、これはある種の発見だった。

「どもりは自分だけではないかもしれない」

上記の相反する2つの思いが、同時期に生まれたのだった。

テニス部部長で笑われる

高校生になったハヤテ少年は、小中と続けて大好きなソフトテニスに熱中していた。しかし高校2年の春、部長として仲間をまとめる立場になると、状況が一変してしまった。

「集合!」「お願いします!」掛け声や挨拶が言えない・・・

今までと違い声をかける場面が多くなり、必然的にどもる機会も増えた。仲間に慕われるはずの部長が、仲間に笑われることもあった。テニスは好きなのに、部活は嫌いになってしまったという。今までに積もり積もったこれらのストレスは、少しずつ予期不安へと変貌していった。

そして「吃音症」を知ったのは、大学受験で志望大学に受かり、授業内容について調べていた時だった。結果は不安を具現化したもので、生物系の英語論文を日本語で発表する授業が必修科目だった。

「ヤバい・・絶対どもる。どうしよう・・・」

ハヤテ少年は笑われないようどもりを隠すため、自分の症状を初めて検索した。すると出てきたのは「吃音症」だった。高校3年生にして、初めて自分の障害と対峙した瞬間だった。

6社落選就職あきらめ絶望の末・・

「どうせ俺は社会に不要な人間だ」

大学生活を乗り切り、最大の難関である就職がハヤテさんを待っていた。結果は惨敗で、6社ほど受けて全て不採用だった。動物や昆虫、自然に関わる仕事に就く夢は潰えた。卒業までに就職内定が貰えなかった自分の不甲斐なさに心が折れ、人生に絶望し諦めた瞬間だったという。

自信喪失し自暴自棄になったハヤテさんは、卒業後はフリーターとして過ごしていた。しかし、今後の人生の不安に襲われ、そう長くフリーターは続かなかった。

「このままじゃだめだ」
「自分を変えてしまいたい」
「バカげたことをやって死にたい」

その後は背水の陣でハローワークでの就職活動やヒッチハイクなどに挑戦した。そして、何とか現在の職場である生協に就職を果たしたのだった。

どもってもいい環境!?FOXサークル生まれた日

FOXサークル設立のきっかけは、地元の言友会に入ったことだった。そこには、同じ吃音に悩む人が大勢いた。吃音を隠さなくていい、どもってもいい環境。そんな環境にハヤテさんはとても驚いたという。

しかしその言友会では、高齢の方が多く対象地域も狭かった。

「自分だったらSNSで繋げられるのになぁ」

ハヤテさんはその後、SNSを活用して日本中の当事者を繋げるLINE自助サークル「FOX」を創設した。ツイッターで吃音当事者一人ひとりと繋がり、DMを送って仲間を増やしていった。
「自分を変えたい」そんな思いが彼を一心に突き動かしていたのだろう。

そして2019年夏に始まったFOXは、今では総勢58人の大所帯だ。毎週末に行われる定例会も日に日に参加者が増えている。
介護士やプログラマー、システムエンジニアや学生、大学教授やライター、事務員などの当事者が、様々なテーマで自由に意見を交わす機会は非常に楽しい時間だ。筆者も頻繁に参加している。

若い視点を持つハヤテさんの力によって日本中の当事者が繋がり助け合える環境が生まれた事は、当事者にとって、更に大きなきっかけとなって繋がっていくと思う。

悩むあなたは一人じゃないよ。

今までのハヤテさんは、吃音を隠したくて仕方無かった。しかし今では数々の行動を経て、どもる自分を許せるようになってきたという。

1人で吃音に悩み続けたハヤテさんは、同じ悩みを抱える人と出会い少しずつ考え方が前向きに変わっていった。

「悩んでいるのはあなた一人じゃない」

「味方になってくれる人は必ずいる」

ネットやSNSで当事者と簡単に繋がれる今、1人で悩んで苦しまずに、是非仲間を見つけて辛さを分け合ってほしいという。そのためにも、是非勇気を出してアクションを起こしてほしい。

現在ハヤテさんは生協配達員として、一児の父として、FOXサークル代表として日々奮闘している。将来的には、会社や人により貢献できる仕事がしたいという。

自身の吃音を受け止め、吃音でも生きやすい環境を作りたい。一度諦めた人生を、吃音を使って変えていきたい。そんな想いでハヤテさんは日々活動に励んでいる。

FOXサークルが放つ普遍性、安心感にはハヤテさんの地道で一筋縄ではいかない生き様そのものが滲み出ているような気がした。

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