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Inclusiveなオンライン授業の先にあるもの

いよいよWBSではオンライン授業が始まりました。僕自身は、今までもオンライン授業には少しづつのトライアルを繰り返しながら修行を重ねてきました。そんな訳で、その経験を少しでも良いオンライン授業の実現に生かしていきたいと思っています。

そんなうちの今まで積み重ねてきたことから工夫しているものの一つがInclusiveなオンラインの授業の実現です。この授業での試みについて、問い合わせをいただくことが最近増えているので、簡単にご紹介しておこうと思います。

僕の授業では、もともと"Equity, Divversity, and Inclusion"を重視することを目指しています。このコンセプトはもともと、長内さんから教わり、去年の夏にUC San Diegoで学んできました。僕のシラバスには、以下のように記載されています。

“Equity, Diversity, and Inclusion”の尊重
1) この授業は、インクルーシブであることを前提としている。
2) この授業では、すべての学生が、人種、自認する性別、性的指向性、社会的地位、年齢、障害の有無、宗教、出身地域、国籍、言語の得意・不得意、その他個々人の多様性を生み出すものすべての観点において、同等に学ぶ権利を提供することを目指す。
3) この授業がインクルーシブであるほど、多様性が生まれ、イノベーションや創造性が強化され、皆さんの学びの体験が向上する。インクルーシブな授業の実現のためには、履修者の皆さんのご理解が不可欠である。どうか積極的に参加し、助け合って、そして皆さんのピアのことの理解を深めていただきたい。
4) 多様性、人とは違うということを相互にリスペクトし、それを強みにして、より良いラーニング・コミュニティを築いていくことを目指す。

授業やゼミのオンライン化を検討するにあたって、授業をただオンラインに乗せるのは、技術的にはそこまで難しくないんです。もちろん授業のクオリティには影響があるかもしれないけど、でもビデオにして配信するのはそこまでのチャレンジではない。

でも本当に大事なのは、授業が持っている学生と共有したいと思う理念そのものを、オンライン対応にすることなんです。

今回のオンライン化においては、UD Talkと言うサービスを用いています。UD Talkのサービス概要は、以下にあります。

トップにあるような画像のページを実現するためには、以下のような工夫をしています。UD Talkのリードユーザであるゼミ生の石川さんから色々教えてもらって、彼がこのシステム構成のかなりの部分を作ってくれています。

(1) UD Talk音声認識用の専用端末(iPad)を用意し、法人アカウントでログイン。Zoomで届く音声を全てUD Talkのアプリに入力する。このUD Talkの会議室のIDを共有することにより、他のメンバーも音声認識された文字が読めるようになります。音声認識のエンジンとしては、Google TranscribeもしくはAmiVoiceが選択可能となっています。

(2) 教員の画面としては、iPadを利用し、iPadの2ウィンドウ分割機能を使い、左側にPPT、右側にUD Talkを出すようにしています。UD Talkの会議室のIDを受け取り、会議室に入室する必要があります。こうすることで、授業に関わる全員が自分の話している内容がどのように音声認識されているかを理解できるので、話すスピードなどを調整することができます。このiPadから自分のメインのアカウントと別のアカウントを用いてZoomにログインし、画面共有をしています。私自身の映像や音声、全員の画像の閲覧は、メインのMacBookPro、メインのZoomアカウントを用いています。

(3) 更に大学のオフィシャルな授業やゼミの場合には、早稲田大学の障害学生支援室がサポートに入ってくれています。具体的には常時、学生ボランティアが二人いて、UD Talkの内容の誤変換をリアルタイムで修正しています。下記の赤字が認識がうまくいかず、人力で修正されたところです。

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ちなみに、"Google Transcribe"と"AmiVoice"を比べると、認識の精度は、"Google Transcribe"の方が高いですが、認識するスピードがとても遅いです。ビジネススクール のようなディスカッションベースの授業では文字化するスピードのタイムラグが学習効果にクリティカルになります。

以下が障害学生支援室のページです。

オンライン化におけるInclusiveの本質は何か

オンライン化を試みる中で、授業のInclusiveの本質とは何か、改めて色々なことを考えさせられました。大前提として認識しないといけないのは、Inclusiveな授業とは、障害者を支援することを目指しているのではない、ということです。もちろん、今回のようなオンライン化を行うプロセスにおいては、障害者への配慮はとても大切です。授業のDay 1から、障害のある方も同等に授業に参画できるようにしないといけないから、そこには多少時間がかかってもやるべきことはやるべきと思います。僕自身の思いとしては、自分自身のリテラシーが低いせいで、障害のある人の学びのパフォーマンスが下がるようなことは絶対にしなくない、という強い思いを持っています。なぜならば、これだけ技術が発展すれば、自分自身のリテラシーをあげれば、多くの問題は解決できるからです。それが前提です。

でも、こう言った試みは、障害者のためにやっているんではないんです。ダイバーシティが生まれれば、授業の議論の幅が広がって、みんなの学びが増えるから、つまり履修者全員のためにやっているんです。その根本が抜け落ちたらInclusiveの授業とは言えない。この規範を履修者全員が共有することができて、初めてこの仕組みに意味が出るのです。そして、その仕組みを授業に組み込むことが、授業担当者の力量なんだと思っています。

そして、このシステム自体も、障害者だけの利用を想定しているものではないんです。在宅勤務・在宅学習が増えていくと、家からのネット接続が増えていきます。明らかに、今まで以上にネット回線が混み合っています。特にマンションなどの集合住宅の回線は相当混み合っている。そうするとZoomの音声が途切れ途切れになりがちです。そんなときに、音声が聞き取れなくても、文字情報が見えるようになっていれば、議論についていくことが誰もができるようになるんです。残念ながら今の状況を鑑みると、自宅でのネット回線は今後悪化を辿ることが予測されます。音声が途切れ途切れになった時のサポート体制をあらかじめ作っておきたいと思っています。

もう一つ、僕のゼミや授業では、英語もそれなりに使います。ゼミだったら、留学生と日本人の学生が英語で一緒にディスカッションすることが多々あります。授業だったら、外国人のゲストがきて一緒にディスカッションすることがあります。英語が苦手な人も少なくないと思います。そんなときにZoom授業では、リアルタイムで、その議論の内容の音声認識の結果が画面に表示されるのです。もう少しツールを使えば、翻訳した結果も画面に表示させられます。これができたら、英語が苦手な人の学習効果が飛躍的に高まると思います。

このシステムを入れることで、障害者だけではなくて、自宅のネット回線が細い人、英語が苦手な人、という多様なバックグランドを持った人たちが、授業により深く参加できるようになるんです。

この問題を取り組むときに、障害者は、こういうツールを今までも使っていたから「リード・ユーザ」としての役割を果たします。そして、大切なことは、こういう活動は、ある特定の人のために行っているのではなくて、多様なバックグラウンドを持つ人たちのニーズを解決するためにやっているんだという認識が大切です。このプロセスを通じて、授業の学びの場をupdateしていくことを履修者みんなが認識して学んでいくことが、Inclusiveな授業の本質なんだろう、と思っています。

Inclusiveな授業というのは、誰かが誰かを一方的に助ける、というものではないんです。誰もが状況によってはちょっとしたサポートからの恩恵を受ける側になるものなんだ、という当事者としての実感を持つことなんです。履修者一人一人が、その意味でInclusiveな授業の恩恵を受けた、という実感を持つことができるようになったら、それこそがInclusiveな授業で目指したいことなんだろうな、と思います。

僕がこのような試みに関わるきっかけを持つことができたのは、ゼミ生の石川さんのおかげです。自分の視野が色々な意味で広がって、授業をバージョンアップしていくためのヒントをたくさんもらっています。リードユーザとしても実にたくさんのことを教えてもらっています。石川さんに感謝を込めて。

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