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クルマはすべて三越の外商から。工場には一度も行ったことがない。10年10万kmストーリー 第91回 デイムラー・ダブルシックス(1991年)32年8万2000km

 往年のデイムラー・ダブルシックスを新車から32年8万2000km乗り続けている85歳の女性オーナーと知り合うことができた。

 そのダブルシックスの存在については、以前にこの連載に登場してくれたアイスブルーのポルシェ911のオーナー(https://note.com/kanekohirohisa/n/nca5bedb44087?magazine_key=m9fb19d167f3a)から聞いていたのだ。

 散歩の途中で眼にしていて、気になっていたらしい。先日も前を通り掛かったら、偶然にも家から出てきた女性がオーナーだった。二人はしばらく立ち話して、そのことを911オーナーが僕に教えてくれた。

 連絡先を授かったわけではないし、紹介されたわけでもない。だから、僕が訪ねて行っても不在かもしれないし、会ってくれないかもしれない。ましてや、取材だなんて虫が良すぎるかもしれない。何の確証もない。でも、だいたいの場所は教えてもらったので、探し当ててベルを鳴らしてみた。

 インターフォン越しに元気な返事が聞こえたので自己紹介を始めたら、途中でドアが開いた。高齢の女性で間違いなかった。911の記事を見せながら話を続けると、「寒いから、さ、中へどうぞ、どうぞ」と笑顔で招き入れてくれた。いろいろと物騒な時世なのだから、少しは警戒した方がいいのではないか?と余計な心配をしてしまったぐらい呆気なかった。

 玄関からリビングルームを抜け、築102年になるという主屋に案内された。“チリひとつ落ちていない”という例えの通りの家で、掃除が行き届いている。読み掛けの新聞や雑誌、未開封の郵便物、各種のリモコンなどが雑然としていてもおかしくないはずなのに、余計なものが何も見当たらない。誰か大切な客人の訪問の前後だったとしても、こんなに整理整頓されたきれいな家は見たことがない。

 コーヒーとお茶を図々しくお代わりしながら、ダブルシックスの話を聞き始めた。素敵な家や部屋を飾っている調度品などについても聞いてみたくなった。

「アール・ヌーヴォーが好きなんです」

 アルフォンス・ミュシャの作品だけでなく、植物をモチーフとしたさまざまな器、鉢植えや生け花などと和室の組み合わせが素敵だ。ご自身もセンス良く、エトロ製の大きなペイズリー柄スカーフを仕立て直したベストが良く似合っている。

 彼女とはわずか5分前に初めて会ったというのに、まるで長年の知己であるかのように、クルマのこと、家のこと、最近出掛けて美味しかったレストランなどを次から次へと教えてくれる。お互いにその後の予定もあったから、日を改めて取材させてもらうことにした。

「私は人見知りで、口下手なのですけれども構わないのかしら?」

 まったくの正反対で、完全なジョークなのだ。溌剌としていて、笑顔が絶えず、話題が豊富で面白い。


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