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小さいことと愛嬌あるカタチの大切さ マツダR360クーペ

 本日の投稿は、2018年にイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です。

 賢明なる「TopGear」読者の皆さんは、日本の軽自動車のことは良くご存知だろう。
 税金や保険料を安くする代わりに、エンジン排気量やボディサイズなどに一定の制限が加えられた、特別な小型車のことだ。
 1949年に制度が始まり、エンジン排気量が2ストロークと4ストロークともに360ccに統一されたのが1954年。ボディサイズは全長3.00x全幅1.30x全高2.00メートル以下でなければならなかった。
 何度か規制値の改定があり、現在はエンジン排気量660ccで、全長3.40x全幅1.48x全高2.00メートル以下と定められている。
 制度が設けられた当初の趣旨は、本格的な乗用車にまでは手が届かない人や、それを必要としない人たちに向けて必要最小限の軽便なクルマを設定し、モータリゼーションの振興を促すことだった。
 だから、現代の標準から当時の軽自動車を見ると、驚くほど小さなボディにシンプルなメカニズムを搭載していた。しかし、規制のような“枠組み”が定められた中で工夫するのは日本人は得意なので、メーカーごとに個性的な軽自動車が生み出されていった。

 中でも、1960年に発表されたマツダのR360クーペは際立って個性的だった。4ドアの実用一点張りのようなクルマばかりだった中にあって、2ドアクーペである。それも、“クリフカット”というBピラーが逆向きに傾斜している当時の最新流行のスタイルまで取り入れている。
 そのR360クーペを現代で乗っている人がいる。松下徳繁さん(57歳)は、もう10年以上、R360クーペに乗り続けている。東京都内のご自宅にお邪魔すると、R360クーペは自宅のガレージにきれいに収まっていた。そのガレージも自宅のリビングルームとガラス扉一枚で隔てられているだけで、リビングルームから直接ガレージに入ることができる。リビングルームには家族でクルマと一緒に写った写真やミニチュアカーなどがキレイに飾られている。
 ミニチュアカーとしても飾られているアルファロメオ146やフェラーリ・ディーノ246GT、フェラーリ348GTBなどに乗ってきた松下さんだったが、2007年に348からR360クーペに乗り換えた。
 300馬力を発生する3.4リッターV型8気筒エンジンをミッドに搭載し、最高速も275km/hに達する348と、同じV型とはいえ0.36リッターからたった16馬力しか出していないR360クーペとは大違いである。極端から極端ではないか。

「ふたり目の娘が生まれたので、家族4人で一緒に乗れる4人乗りに換えようと思いまして」
 4人乗りなんて、他にゴマンとある。よりによって、なぜR360クーペなのか?
「このカタチが好きなんです。実用的なカタチの軽自動車ばかりだったあの時代にもかかわらず、ここまで実用性が薄いデザインが施されているところに惹かれます。でも、乗ってみると決して実用性が低いわけではないことがわかりました」
 たしかに、R360クーペのデザインは突出して個性的だ。スタイリッシュで、他のどのクルマとも似ていない。小さなことをコンプレックスではなく、魅力に転化しているのは見事だ。
 それもそのはずで、R360クーペはマツダ(当時の社名は、東洋工業)の社員デザイナーと工業デザイナーの小杉二郎氏によるチームが行なったものだった。
 2ドアのクーペボディはカタチの新奇さだけを追い求めたものではなく、軽量化のためでもあった。軽量な素材の採用も積極的に行なっていて、アルミニウム合金、マグネシウム合金、プラスチックなどを各部に用いている。その甲斐あって、重量はたった380kgに収まっている。
 4ストローク空冷V型2気筒というユニークなエンジンにも軽量化は施されている。当時のマツダのオート3輪(前輪が1本、後輪が左右2輪のトラック)「K360」用の360ccと基本的な構成を同一にしているが、K360用のエンジンブロックが鋳鉄製であるのに対して、R360クーペ用のそれはアルミニウム合金製だ。吸排気バルブや補機類などにはマグネシウム合金が多用され、5300rpmという当時としては異例の最高回転を実現している。
「ええ。そういった凝った設計のエンジンや軽量素材を多用しているところなども好きな理由です」

 2007年に、インターネットのヤフーオークションで購入した。
「何人かで競り合いになって、110万円で落札しました。自分の生まれた年に発表されたクルマであることも、このクルマに決めた理由のひとつです」
 リビングルームからガレージに降りて傍に立ってみると、R360クーペが本当に小さいことが良くわかる。
 メーターやインスツルメントパネルなどもシンプルそのものだ。ライトブルーと白のツートーンカラーのシートもお洒落だ。
 リアシートへ乗り込んでみると、たしかに狭かった。首を傾けないと座れない。
「娘も、ポニーテールにした髪が天井に当たり出すようになったのを嫌がって、乗らなくなってしまいました」

 ガレージには、オートバイが4台置かれていた。比較的新しめのホンダの「モンキー」と「モトコンポ」。どちらも、50ccの小型車。モンキーは、家庭や店で鍋料理を食べる際に用いるカセットコンロ用のLPガスで走るように改造されている。ガスの圧力を減圧するレギュレーターは耕運機用のものを流用したり、燃料切れを考慮して2個目のカセットはリザーブとして装着するなど、吟味と工夫が行き届いている。
「1年ぐらい動かしていないとガソリンが劣化して、キャブレターを詰まらせてしまうので、その心配が要らなくなるように改造しました」
 同じように、富士重工業(現在のスバル)のスクーター「ラビット」もLPガスで走るように改造した。1952年型だが、後期型の4速トランスミッションを自分で組み込んだ。
 オレンジ色のフランス製の折りたたみ式オートバイ「Valmobile」も、松下さんの生まれ年と同じ1960年製だ。
 モンキーとラビットのLPガス化というアイデアにまず驚かされたし、工作の仕上げのキレイさにはもっとビックリした。ガスのカセットにはガスメーカーのロゴが印刷されているが、これがもし「HONDA」とか、石油メーカー「Castrol」などのロゴだったりしたら、メーカー製のものだと思い込まされていたところだ。それだけ見事な細工がなされている。
 ガレージには、ボール盤や溶接機などの工作機械がいくつも並んでいて、それらを使って作業が行われた。R360クーペのフロントエアダムやマフラー、オイルクーラーなども自作したり既製のものを改造して、すべて松下さんがこのガレージで行なった。
 プロ並みの腕前を持つ松下さんだけれども、プロではないというからまた驚いてしまう。仕事はIT関連の企業に勤めるサラリーマンで、このような工作はすべて趣味なのだ。中学生の頃から機械いじりは好きで、捨ててあるオートバイを分解整備して再び動かせるようにしていたそうだが、溶接や金属加工の技術は40歳を過ぎてから、師匠の元に通って修行して身に付けた。
 サラリーマン生活を続けながら、週に3~4回、会社勤めの後に看板加工業者である師匠の元に通って身に付けたというから、その情熱に感心してしまう。
 R360クーペの後席は大人には狭かったが、座面まで大きく前方に簡単に倒れることによってモンキーをそのまま収めることができる。LPガスのカセットコンロに換装してあるから、ガソリンが漏れたり滲み出たりして臭ったり、引火したりする心配もない。モンキーをR360クーペで運んで、降ろして乗ることもできる。

 再びR360クーペの後席に乗り込み、近くを走ってもらった。狭い商店街の道でも、余裕をもって入り込むことができる。これが最近の大型SUVだったりしたら入る気も起きないし、無理やりにでも入り込んでしまったら、周囲から白い目で見られることだろう。
「散歩のように、近所をのんびりと走るだけでも楽しいですね」
 同じクルマといっても、フェラーリの楽しみ方とはまったく別だろう。年配の人は懐かしい想いを込めながら、若者や子供たちからは驚きと好奇の視線が注がれているのをたくさん感じる。でも、そのどれにも親しみと温かみが込められているのがうれしい。
「狭い道でも広く見えるからストレスを感じないし、見える景色が違ってきます」
 後席で首を傾けながら細い道を走っていくと、小さいことと愛嬌のあるカタチの大切さをR360クーペは体現していることが良くわかった。昔のクルマだから珍しがられているのではなくて、思わず擦り寄ってしまうような親しみやすさを持っているのだ。
 性能やメカニズムを誇るあまり、居丈高になってしまったクルマが少なくない現代にあると、R360クーペはそれとは正反対の優しさに満ちている。
 こういうEV(電気自動車)があったら、僕は買いたい。R360クーペは現代のクルマが失ってしまった大切なものを反面教師のように示している。

(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)

文・金子浩久、text/KANEKO Hirohisa

写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)

Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com

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