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人を呼び寄せるラッキーチャーム

PORSCHE 914(1974年型)


 デザインイメージと車名を変えずに1964年から造り続けられているポルシェ911
が強烈なカリスマ性を持っていることに誰も異論はないだろう。
 しかし、そのカリスマ性が強烈過ぎれば強烈過ぎるほど、あるいはそのパフォーマンスが秀でていれば秀でているほど、ポルシェ社は911に次ぐクルマをつねに欲してきた。
 たしかに911は実力と魅力にあふれるクルマで経営を支えてきたけれども、それ1台だけでは心許ない。911の他に、911とは違う車名と内容を持った別のポルシェが必要になると経営陣はつねに考えてきた。
 その最初の試みがポルシェ914だった。1967年のフランクフルト自動車ショーで発表された914は、廉価版のポルシェだ。
 フォルクスワーゲン・ビートルの空冷水平対向4気筒エンジンをチューンしてミドシップに搭載した2座席スポーツカー。簡単な仕掛けでハードトップを脱着できて、そのままトランクルームに収めることができ、クーペとオープンの両方を楽しめる。
 フォルクスワーゲンのディーラーでも販売され、メカニズムだけではなく販売面での協業も行われた。
 911を凌駕するメカニズムも併せ持ち、新時代の画期的なスポーツカーと賞賛され、目論見通りに911よりも多くの台数を販売することができた。だが、新型が世に出ることはなく、より常識的なフロントエンジンレイアウトを採用するポルシェ924に1976年にその座を譲った。
 かつては日本の路上でも良く眼にしていたが、現在は稀だ。クラシックカーが集まるイベントなどに展示される姿もあまり見掛けない。やはり、人気は911に集まってしまうのか。
 914好きとしてはちょっと寂しい想いをしていたら、13年間も乗り続けているという女性を知人から紹介された。

 さっそく見せてもらおうと、待ち合わせ場所にやって来た914は白いボディに黒いトップを持っていた。
 薄いフェンダーの先端にターンシグナルライトが付いている特徴的なフロントマスクを久しぶりに見た。911がマッシブなフロントフェンダーとその先の丸いヘッドライトを特徴としていたのと、とても対照的なスタイリングだったのを思い出した。
 持ち主は飯嶌寿子さん。フリーランスのライター、編集者だ。女性誌や企業の広報誌などで取材記事を書いたり、世界の秘境のガイドブックを編集したりしている。
「近所のスーパーマーケットへの買い物から遠くの取材まで、914には日常的に乗っています」
 44年前に造られたクルマだから半ば当然なのだけれども、小さな傷や錆び、汚れ、凹みなどがあちこちにある。細かなことはあまり気にせずに、忙しい日常をともに送ってきたのだと考えれば納得がいく。
「撮影までに工場に出して、塗装をやり直してもらいますよ」
 以心伝心だ。ありがとうございます。
「もともと、クルマに興味や関心があったわけではありません。必要なので乗ってきただけです」
 914に乗る前はフォード・モンデオワゴンに、その前はスバル・レガシィワゴンに乗ってきた。どちらも中古車で、どちらも知人からタダで譲ってもらった。914もタダだった。
「飯嶌さん、ポルシェ要る?」
 ベトナムへ取材に行った成田空港からの帰り道で、一緒に行ったカメラマン氏から突然に勧められた。
 そのカメラマン氏は914のレストアを10年にわたって自分自身の手で少しづつ進めていたが途中で飽きてしまったのだという。
 モンデオもだいぶヤレが進んできたこともあって、そろそろ次のクルマに乗り換えなければいけないかなと思い始めてはいた。


 保管してあるガレージに見に行くと、ずっと動かされていなかったので状態は良くなかった。再び走れる状態に戻せるかどうか、カメラマン氏が懇意にしている老メカニックの工場に預けることにした。
「預けたのも忘れ掛けていた1年後に、ようやく完成の電話が掛かって来ました」
 走るようにはなったが、錆だらけなのはそのままだった。モンデオを処分し、飯嶌さんは914との新しい付き合いを始めることにした。
「あの頃は、どん底状況でしたから」
 もう昔のことだからと前置きしながら、飯嶌さんは914を手に入れた頃のことを淡々と思い出してくれた。
 それまでフリーランサーとして一人で仕事をしてきた飯嶌さんはその頃、仕事仲間と出版物や編集記事などを制作する会社を立ち上げたばかりだった。
 会社だから、やらなければならないことも多い。以前のように、ただ取材して原稿を書き、記事にまとめるという編集作業を行うだけでは済まない。経理や営業、はては資金繰りなど、慣れない作業も同時にこなさなければならない。それまでと変わらず編集の仕事をこなしつつ、会社を運営する業務に文字通り忙殺されていた。
 プライベートでも、怒り呆れる事態に直面した。公私両面から、心身ともひどく疲弊させられていたのだ。
 そんな時に、レストア完成の電話だ。それで何かが変わっていってくれたらと無意識に感じ取ったのかもしれない。

 レガシィやモンデオのようなステーションワゴンは荷物がたくさん積めて便利だったが、914も負けていない。前後にトランクがあって、かなり荷物が積めることをすぐに知って驚いた。
「それまで10回以上住む家を変えて来たほどの引っ越し好きの上に、鉢植えを部屋に飾るのが好きだったのでレガシィやモンデオは重宝していました。でも、だいたい好みの家具なども固まって来たし、鉢植えも揃って来たので、ステーションワゴンでなくてもちょうど良くなって来たという時期でもありました」
 914の前のトランクはスペアタイヤが収まってはいるものの、その脇にスペースがかなりある。後ろのトランクは、トップを外して収めたとしても、かなり大きなものも積める。
 車内も狭くなく、撮影の日も、グローブトロッターの最大サイズのスーツケースを助手席に収めることができていたほどだ。
「最初の数年間は錆びたまま乗っていたんです。そうしたら、それを見た人たちから“もう少しキレイにしてあげなよ”と言われ、塗装に出しました」
 出した工場は、実家の近くのヤンキー車が専門のところ。ヤンキー車とは、田舎の不良っぽく改造したクルマのことだ。ポルシェのマニアだったら決してそんなところには依頼しないが、飯嶌さんは偏狭なマニアではない。若い職人が快く引き受けてくれたことを喜んで、頼んだのだ。
 13年間で大きなメカニカルトラブルはほとんど発生していない。唯一とも呼べるのが、最初の頃にインジェクションの不調に悩まされたことだった。走行中にエンジンが止まったり、エンジンがなかなか掛からないことが頻発した。
 修理工場に持って行くと、インジェクションをキャブレターに変更することを勧められた。キャブレターが進化したものとして誕生したインジェクションだったが、初期のものは安定性に欠けているからキャブレターに戻した方が良いというアドバイスに従った。それ以来、不調は一切出ていない。アップグレードではなくダウングレードで事態を解決することができるという面白い例だ。
 トラブルではないが、経年変化による劣化から5速マニュアルのトランスミッションも交換した。
「もともとクルマに興味があったわけではないので、何かが起こってはじめて人に教わって解決してきました。13年間はその連続でした」


 914に何かトラブルが起きると誰かが解決策を授けてくれた。仕事仲間だったり、取材で知り合った人だったりした。
「914はいろいろな人を呼び寄せてくれるラッキーチャームなんですよ」
 キャブレターの調整ぐらいは自分でできるようになった方がいいとアドバイスしてくれた人もいて、同意し掛けた。
「でも、自分で直せっちゃったら、出会いがなくなっちゃいますからね」
 仕事なのだけれども楽しみながら914の面倒を見てくれる超ベテランのメカニックのお爺ちゃんたちのことだ。
「そうした人たちの仕事ぶりを横で見せてもらったりするのが好きなので、自分で直してしまったらそれを共有できなくなってしまいます。自分のクルマなんだけど、そうではないように思えてしまう時もあるのです」
 撮影の日、914はキレイな姿でやってきた。板金塗装の工場で磨かれ、塗装され、細かな傷や汚れ、凹みや錆などが修復されている。ボディも艶々している。
 飯嶌さんの手によって、ステアリングホイールには革用の黒い染料が塗られて黒光りしているし、PORSCHE 914とロゴの入ったオリジナルのフロアマットは前の晩遅くまで掛かってマスキングテープを貼ってスプレー塗料で塗り直してくれた。見違える出来映えだ。
 また、編集者らしくわざわざ撮影用の小物をたくさん積み込んできてくれた。
 最大サイズのグローブトロッターとは、秘境をはじめあちこち世界中を旅した相棒だ。ゴルフバッグはリアのトランクに誂えたかのようにピタリと収まっている。
 外したトップをトランクに収めてもまだスペースが確保されているのにも驚かされたし、なによりも車内スペースが広大なのにビックリさせられた。

 運転させてもらうと、実にキビキビと向きを変える。エンジンパワーよりも軽さで俊敏性を出すタイプだ。ステアリングホイールに伝わってくるクルマの反応はダイレクトだが、乗り心地は悪くない。ボディの四隅が良く把握できるので、身体の一部であるかのように感じる。
 久しぶりに914を運転させてもらったけれども、こんなに良いクルマだったっけ!?と記憶を確かめてしまうくらいバランスの取れた優れたスポーツカーであり、良くできた小型車だった。
 参考のために連れて行った2018年型の718ボクスターとは44年の開きがあるので直接の比較対象とはならないけれども、実用性と俊敏性が高い次元でバランスが取れているという点では実に見事に一致していた。
 914は911のように大成功することはなかったが、その実力と魅力は718ボクスターに受け継がれたと考えれば、再評価されて然るべきではないだろうか。
 そして、914を乗りこなす飯嶌さんのなんとサマになっていることだろう。板に付くとはこのことで、914と彼女が渾然一体となっている。
「これからは、会社を経営してた頃のように忙しなく仕事はしたくないし、余計なモノも持ちたくありません。でも、このクルマにはずっと乗っていたい。夢は、外国をこのクルマで旅することですね」
 自分の914で走る海外ドライブ!
 なんて魅力的な旅だろう。
 ずっと乗り続けたいならば、いつかこのエンジンをバッテリーとモーターに積み替え、EVとして生まれ変わらせれば、さらに世界が広がる。
「その通りですね。仕事柄、世界のあちこちに出掛けて行って取材をして、地球温暖化や環境問題について考えさせられることがあります。914も、私はオリジナルに戻すよりも、時代に合わせて変えていきたいんです。このカタチと使いやすさ、走りっぷりが気に入っているので、オリジナルの姿には固執していません」
 マニアが聞いたら眉をしかめるかもしれないが、僕は大賛成だ。博物館の学芸員のようにオリジナルにこだわる人もいれば、飯嶌さんのように換骨奪胎した上で新しい魅力を導き出そうという人もいる。どちらであっても、914の輝きに少しも翳りを差すことにはならないからだ。

(このテキストノートはイギリス『TopGear』誌の香港版と台湾版と中国版に寄稿し、それぞれの中国語に翻訳された記事の日本語オリジナル原稿と画像です)
文・金子浩久 text/KANEKO Hirohisa
写真・田丸瑞穂 photo/TAMARU Mizuho (STUDIO VERTICAL)
Special thanks for TopGear Hong Kong http://www.topgearhk.com


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