1-⑥オフィス撤退8 怒る大家

「お宅の山下社長と連絡がとれないんですけど」
とオフィスの大家にして管理会社エイ・コーポレーションの社長である青山さんが言う。
エイ・コーポレーションのウェブサイトをみると、本業は別にあり、いくつか不動産を所有して運用しているっぽい。
ときどき、おしゃれ物件であるこのオフィスの建物の植物の水やりに来ているようだが、マイペースに水やりしていて挨拶しても無愛想、これまで何回か必要があって電話をしたときも「なにか?」みたいな言い方で、あまり社会性がないというか…。会社も家族経営みたいだし、小金持ちのぼんがおっさんになった感じか。

「どういったご用件でしょう?」
と尋ねると
「9月分の家賃が振り込まれてないんですけど!山下さんに何度電話しても出ないし」
「ああ、そうなんですね。至急、弁護士に連絡して振り込むようにします」
「ちょっと!なんですか、こないだも解約通知に関して弁護士が連絡してきたし…!」
「ちょっと事情がありまして、社長と連絡がとれない状況でして…」
「なんなんですか!事情をちゃんと説明してください!」
きちんと詳細を説明せんと、一歩もひかんぞ、という勢いだ。

しまった。
「弁護士」などと余計なことを言わなければよかった。
ただ単に、「すみません、すぐ確認して振り込む手配します」とか。
そこらへん、あたしはとっさにうまく出来ないほうだからなあ。
ただ、解約通知は弁護士のひとりが連絡して問題なかった、ときいていたもので、弁護士の話だしても大丈夫だと思っちゃったんだよね。

すこし前に、オフィスそばの社長用駐車場を解約するときに弁護士団+税理士LINEグループで
「事情をどのように説明すれば?」
と問いを投げかけたらばリーダー的存在の津野田弁護士が
「社員です、社長からは連絡がしにくい状況なので、とでも言っておけばよいかと」
とのこと、石原税理士も
「そこんとこ、自分も考えました。説明の必要があったときに『社長が入院しまして』と言おうかなとも思ったのですが、そうしたら嘘になるし、『事情がありまして』と言ったら皆勝手に入院かなとか想像してくれると思います。詳細を教えとと言われることはまずありません」
と言われてそのときはその通り、穏やかな担当のひとが
(コロナで大変なのかな)とでも思ってくれたようで
「社員です」
と言うと社長のことはきかずにあっさり解約を受け入れてくれ
(そらそうだ、普通の会社は社長自らがいろいろな手続きしないよね)
「そうですか、長いこと契約していただいてありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞご連絡ください」
と言ってくれたけど、この青山さん、それ通じないよー。

すごい剣幕で詳細言えと言われてるよ~。

内心泣きそうになりながら表面上声はにこやかに
「折り返し、顧問弁護士から連絡するようにいたします。詳細は、弁護士から話させていただきます」
「…はい。すぐ連絡くださいよね!」
俺は不服でならないぞ、という不機嫌そうな声マックスで青山さんはバシャンと電話を切った。

あたしは慌てて津野田弁護士に電話し、青山さんに連絡をとってくれるようお願いした。後日きくと、津野田弁護士に対しても非常に不機嫌な態度を貫いていたそうで
「なんであんなに攻撃的なんでしょうねえ」
と弁護士もあきれていた。
詳細については「どうせすぐ退去するのだし、細かいことを教える必要はないので」ネット検索してみてください、事情はお察しください、と言うにとどめておいたそうだ。

のちのち理解していくようになるのだが、弁護士はこちらが請求書を届けたり、「これらの支払いをお願いします」と伝えたら(社長の資金で)払い込みを済ませてくれるが、こちらが何も言わなかったら、動かなかったのだ。

あたしたちの給与について、最初に税理士にそれぞれの毎月の給与額とその証拠となる書類を提出したら、「あとは毎月、同じ額を振込みますので今後はお知らせしなくていいですよ」と言われたものだから、家賃も最初に振込先と金額をお知らせしたので、あとは勝手に毎月振り込んでくれるものと思い込んでいたのだ。

そこらへん、弁護士、税理士、従業員の連絡がとれていなかったなあと思う。従業員に総務や経理的な担当がいればこういった問題は起こらなかったのだろうが、社長が自分で一手に担い、しかも謎の現金主義で従業員の給与も毎月本人が社長に自己申告して現金を渡すスタイル、いろんな物件の家賃も社長が自分で現金を振り込んでいたらしい。
以前は社長の右腕的立場にいた八田さんがその多くを担っていたけれど、とあることから社長から遠ざけられ、以来社長がバタバタとひとりであれこれをこなしていた。

照山さんもオフィス出勤日の月曜日に、青山さん事件について照山さんに愚痴っていたら、某大手の不動産会社からあたしの携帯に電話がかかってきた。今後の窓口はそこになるらしく、9月の退去立会日と時間についての相談だった。

これから青山さんにその話について連絡しないといけないな、またお怒りで不機嫌な態度とられるんだろうけどどうせあと1,2回のやりとりで済むんだからこちらはできるだけニコニコしておこう。そう思っていたら、あちらのほうからこちらと直接やりとりするのを拒否してきたらしい。不動産会社のひとはとても丁寧で愛想よかったし、こちらもそのほうがいいや、と気が軽くなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?