1-⑤急遽就職活動

翌週月曜日、オフィスで顔合わせる日なので照山さんといろいろ話をしていると青島弁護士からあたしの携帯に電話がかかってきた。

「社長は金井さんに働き続けて欲しいと思っていますが、金井さんはいかがお考えですか」

きけば、10人からいる従業員は解雇、契約解除して猫田さん、あたし、照山さん、ゲンくんだけに残って欲しいという。社長のキープしたい事業のそれぞれ、担当者だ。

「あちゃ~、ネロさんも切られるかあ」
ネロさんは現在在宅勤務中の優秀なおじさんだが、
どうも頭の固いところがあって、ときどきしょーもないことで社長と衝突することがあった。そのたびに、「蘭さんがいてくれれば、ネロさんいなくても大丈夫だし…」というのが社長の口癖だったが、そう、最悪ネロさんいなくてもあたしがカバーできる範囲の業務だったんだ。そして、最悪なときが、きた。

ネロさんは世間にうといところがあるので、社長逮捕の報も知らんかなあと思っていたけれど、先週の火曜日、倉庫作業から自宅に戻ってきたらネロさんから電話がかかってきたんだ。
こちらが月曜日にネットで逮捕を知った経緯を話すと
「私も、社長に連絡がつかないのでニュースを検索して知ったんですよ」
と言う。
こちらの知っている限りの情報を提供し、今後もあらたに情報が入ればシェアすることを約束した。

ネロさんは社長としか接点がなく、ほかのひととやりとりしていなかったからどうすんのかなあと思っていたけれど、連絡するなら本部的立場の猫田さんか、さいきんちょっと業務でやりとりのあった照山さんにするかと思ってたら(例のごとく、照山さんは協働してる間、ネロさんの仕事のやり方のまずさをえんえんとあたしに愚痴っていた)あたしにきたか。このあたしにね。

そのあたしは、水面下で就職活動をすすめていた。

社長が逮捕された日に、「今月の給料も危ういかも」と思って慌てて検索してみると、あたしの能力が生かせそうで、以前から憧れている有名大手のかなり給料がいい派遣の募集が出ていたのだ。
この会社に来る前は大手で働いていたので
「小舟の利点はあるものの、やっぱりシステムは大手がきちんとしてるよなあ」
と思ってやっぱり次働くなら大手と思っていたのだ。
そこでずいぶん前に登録していた派遣会社に連絡してみると
ありがたやコロナ禍で来社での登録情報更新はとりやめており、
電話とオンラインのみですいすい進んだ。

2月ごろ、ひそかに転職活動していたので最新の履歴書、職務経歴書もある。

そう、春ごろに転職活動していたんだ。

とあることで転職を考えていたところに、以前いた組織で、あたしの経歴にぴったりの職種の募集があったのでダメ元で応募したところ、面接まで進めたんだ。慌ててスーツやカバンそろえて面接に挑んだけど、ダメだった。
そこの事情や進め方は知っているので思うに、どうもほんとは雇用するひとは既に決まっていて、ただ制度上公募したことにしないといけないので形だけ募集を行った出来レースだったんじゃないかなあ。あそこで働いていたとき、いくつかそういう「出来レース公募」を目にしては、真面目に書類用意して緊張して面接にやってくる人たちが気の毒だった。今回、自分がその番になったわけだけれども。いや、ほんとに公募していて、あたしがお眼鏡にかなわなかっただけかもしれんけど。

とあること、というのが、猫田さんのひどさに振り回されて
「担当業務が違うといえどあんなレベルの低いひとと働いていたくない」
ということだというのはここだけの秘密ね。

さて今回の就職活動では、あそこで働けることになったらいつからの勤務にして、いまの会社はいつ退職して…どのように伝えて…
と想いを巡らせていたけれど結局、「顔合わせ」という名の面接日程調整の段階で先方からお断りがきた、ということでポシャったので、前回同様、なにもなかった顔して働き続けることにした。

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