3-⑥ 白羽の矢を立てる

それにしても、困った。
いったい、何から手をつけていいのか。

退去は11月末。
2か月あるからゆっくり片付けたらいいや、と思っていたが
山のようなゴミ、酒瓶、厨房機器、食器類、椅子、テーブル…なにをどうやって、片付けていけば。

しかも、半年前に社長がわざわざ「アーティスト」を雇って店内の壁2面にキーヤンよろしく壁画を描いてもらっているのだ。
それも、どうすればよいのだ。

猫田さんは頼りにならんし、
弁護士たちは社長に雇用されたのであり、社長のために動きはするけれど、あたしお手伝いはしてくれないだろう。弁護士的知識を求めたら差し支えない範囲で教えてくれるだろうけれど、基本社長の命を伝えるだけで、あたしが自分で立ち回れって立場だ。

ネットで情報収集もできるけれど、できればなにをどうしたらいいか現場をみて判断できるひとに見てもらい、アドバイスをもらいたいところだ。

普段の人見知りな行動がたたって、あたしには友達と呼べるひとが残念ながらほとんどいない。ふだんの人脈づくりにもっといそしんでおくのだった、とため息ついても後の祭りだしそもそも、いざというときのために普段無理をして好きでもないことをしたくない。それに心当たりがなくもない。

こんな人見知り好き嫌いの激しいあたしでも、20年も飲み屋街に足を運んでいるとお気に入りの店は何軒かあるし、何人かは親しい店主やスタッフがいる。
しかし、あの子はいい子だけどモソモソしてる、あの子はいい子だけど頼んない、あの人は楽しいけどそういうのに役に立ちそうではない。あの子は頼りになるかもしれんけど、ここ数年はあんま親しくしてないから急に頼るのもなんかお互い居心地悪い気がする。

そんななかで、ここ4,5年ほど通っている立ち飲み屋の店主がデキる男なのだ。
多くのひとが「コワモテ」と表現するのだが、あたしからすると全然コワモテには見えない。だが確かに硬派な感じでなかなかビシバシした返しをする人だ。あたしは人見知りなので一杯二杯飲んではパッと帰るということを繰り返してきたわけだけれど、ここ1年ほど、15年くらい仲良くしている近所のバーの店主や常連と一緒に飲みに行ったりしてようやく、店主の堀田さんに認知してもらい、名前も憶えてもらってきたところだ。時短や休業要請が出て一時休業していたころ、近所のバーに来ているところに出くわして会話もするようになっていた。嫌いなお客にははっきり態度に出すひとなので、あたしへの態度を見ていると嫌われているわけではないと踏んである日、酔いに任せてカウンターに寄りかかりながら「実は相談したいことがあるんですけど」と切り出してみた。

「なんでしょう」
「詳しい事情はのちほど話したいんですけど、ある飲食店の片付けをすることになって。でも、あたし全くの素人なんで、何をどうしたらいいかわからないんです。もし可能であれば、一緒に現場を見て、片付け方についてアドバイスしてもらえたらと思って」
「いいですよ。直近だったら、次の店の休みの水曜日かな。連絡とりあったほうがいいですね」
と、伝票にさらさらと電話番号を書いて渡してくれた。
「これが俺の番号です。お役に立てるように、がんばります」

こうして堀田さんに白羽の矢を立てたあたしの見立てはまったくもって間違ってなかったことが証明されていくのだ。

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