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【発売記念】目の前の患者からはじまる臨床研究~症例報告からステップアップする思考術・期間限定版 前編

 
このたび1月31日に康永秀生先生の最新作『目の前の患者からはじまる臨床研究~症例報告からステップアップする思考術~』(金原出版)を刊行いたしました。
 
本書は,前半で症例報告の学会発表・論文発表の作法を解説し,後半で症例経験から紡ぎだしたCQをリサーチ・クエスチョンへ発展させる実践的な手法とともに,症例経験から臨床研究につなげた実例を解説した書籍です。
 
そこで出版を記念して,本書の「第1章 症例報告の学会発表」より「症例報告を学会発表しよう」の項目を抜粋し,2回にわたりnoteで特別公開いたします!
 
今春に「学会発表デビュー」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。症例報告の発表の準備に向けて、本記事が参考になれば幸いです。

「今まで症例報告をしたことがない人」も,「症例報告はしたことがあるが臨床研究の経験はない人」も必読の一冊です。どうぞご覧ください。
 


【症例報告を学会発表しよう・前編】

1 学会発表の意義

1)「学会」と「学術大会」

学会は,同じ研究領域・分野の研究者たちによって構成される団体です。会員は年会費を支払うことにより,学術関連情報の提供など,さまざまな特典を受けられます。学会は学術大会を1 年に1〜数回開催したり,ジャーナルを発行したりして,研究者たちの研究成果発表の場を提供します。学術大会(または学術集会)とは,同じ研究領域の研究者たちが一堂に会し,互いの研究成果を発表して議論しあう場所です。お偉方の先生たちによる基調講演や教育講演,著名人による招待講演,各分野のトップランナーたちによるシンポジウムなど,若手研究者にはとても勉強になるコンテンツもあります。
 
「学会」という言葉は,「学術大会」と同義で用いられることもあります。「学会の理事」という場合の「学会」は,団体としての学会を指します。「学会発表」という場合の「学会」は,学術大会を指しています。
 
学術大会は,いわば同業者の集まりです。専門特化した学会ほど,学術大会には専門分野が近い医療者や研究者が集います。同じ専門領域の方々ならば,自分の報告内容をよりよく理解してもらえるでしょう。同業者ならば当然知っているであろう背景知識の説明はスキップできます。同業者同士だからこそ,奥の深い有意義な議論が可能になります。

2)学会発表の形式

学会発表の形式には,主に口演とポスター発表の2 つがあります。口演では,演者がスライドを用いて口頭発表します。司会進行役は座長が行います。学会会場の現場で,舞台に立って発表することが一般的ですが,コロナ禍以降はオンラインによる口演も増加しています。
 
発表時間はさまざまです。基調講演・教育講演・招待講演などは口演時間が60〜90 分ということもあります。一般演題の口演時間は限られています。各学会によってさまざまであり,15 分の口演の後に5分間の質疑応答,もっと短い場合は7 分の口演の後に3 分間の質疑応答,というケースもあります。
 
ポスター発表では,大判印刷されたポスター(一般にはA 0 サイズ1 枚)を学会会場内の所定の位置に演者自らが掲示します。学会期間中,来場者はいつでも掲示されたポスターを閲覧できます。ポスター演者は決められた時間にポスターの脇に立ちます。聴衆は多数のポスターを眺めつつ,興味のあるポスターの前で立ち止まります。演者は聴衆に研究内容を説明し,質問にも応じます。あるいは,演者ごとに発表時間が割り当てられていることもあります。ファシリテーターである座長の司会進行に沿って,演者はポスターの脇に立って発表を行い,引き続いて聴衆との質疑応答を行います。
 
ちなみにA 0 印刷は業者に依頼すると1 枚数千円かかります。大学の図書館で大判印刷用のプリンターが設置されていることもあり,それだといくらか安上がりです。紙でなくクロス(cloth)といわれる布に印刷する方法もあります。紙の場合,ロール状に丸めて持ち運びしなければならず,かさ張るのでやや不便です。特に海外学会発表では,飛行機内の荷物入れにも入らなくて困ることがあります。クロスならば折りたたんでも皺にならず,カバンの中に入れて持ち運べます。ただしクロス印刷の費用は高めです。
 
口演とは異なるポスター発表の特徴として,発表内容が長時間にわたって白日の下にさらされる点が挙げられます。興味をもってもらった方に発表内容をじっくりと見てもらうことができます。また,口演では演者が壇上に立って多数の聴衆に向かいプレゼンテーションするのと異なり,ポスター発表は聴衆と同じ目線で距離が近い点も特徴です。ときには一対一の対話もあります。口演における質疑応答では,質問者は自身の所属と名前を告げてから質問することがマナーです。いきなり質問を始めると,座長から所属と名前を告げるように促されます。質問者は自身が何者であるかも含め,質問内容を聴衆に聞かれるので,下手な質問はできないでしょう。その点では,質問者にとってもプレッシャーがかかります。頓珍漢な質問をして演者の返り討ちにあい,逆にしどろもどろになっている質問者を見かけたこともあります。
 
一方のポスター発表では,質問者にあまりプレッシャーがかかりません。下手な質問も多くなります。このように,初見の相手との一対一のコミュニケーションは,良いことばかりではありません。とはいえ,自分のポスターに興味をもち質問を投げかけてくれた相手に対しては,まず感謝の言葉を述べましょう。相手が発表内容に関する背景知識を十分に備えていない場合,それを簡潔に説明し相手に理解してもらう力は,むしろポスター発表にこそ求められます。
 
学会によって,口演かポスター発表かを演者が選べる場合もあります。一般に,口演の枠は限られるため,口演を希望しても主催者の判断でポスター発表に回されることもあります。そのため口演の方が格上で,ポスター発表の方がsuboptimalとみなされがちです。しかし,実際にはそうとも限りません。主催者は応募者の抄録だけを読んで判断するわけであり,抄録での評価が高かったケースでも実際の口演内容が期待外れであることは少なくありません。逆にポスター発表のなかにとても優れた内容が含まれることもあります。「ポスターだからイマイチ」という先入観をもたないようにしましょう。

3)何のために学会発表するのか?

若手研究者にとって学会に参加して症例報告することは,プレゼンテーションの場数を踏む,学会発表準備の過程で多くを学ぶ,異文化コミュニケーションを体験する,研究者同士で交流する,といった意義があります。
 
①プレゼンテーションの場数を踏む
学会発表は,自分が真剣に診療に取り組んだ症例から得た知識を,他の医療者にも直接伝え,議論する貴重な機会となります。
 
学会発表では,演者は限られた時間のなかでわかりやすい発表をしなければなりません。本番の発表前に予行演習を行い,上司のアドバイスをもらってスライドを修正したり,説明の仕方をブラッシュアップしたりします。その過程こそ,プレゼンテーションのスキルアップにとって重要です。
 
ポスター発表では,一対一の対話型コミュニケーションのスキルアップも期待できます。ポスターの前に立ち止まってくれた人たちのために,短時間での内容説明や議論を繰り返します。これによって,自身の説明が洗練されたり,質問に当意即妙に答えるトレーニングになったりします。
 
症例報告にとどまらず,いずれはまとまった症例数の臨床研究を行い,その成果を学会発表するチャンスがあるかもしれません。症例報告の学会発表は,その日のための練習,ともいえるでしょう。
 
②学会発表準備の過程で多くを学ぶ
学会発表する意義として,学会発表の準備のなかでいろいろ勉強しなければならず,その過程で学ぶことが多い点も挙げられるでしょう。専門書を紐解いたり,UpToDate を読み込んだり,PubMed で先行研究を検索・レビューしたりすることで,知識の整理やアップデートが可能になります。
 
忙しい日常臨床を送っていると,新しいことを学ぼうというモチベーションがなかなか湧いてきません。学会発表という1 つの目標があれば,それに向かって勉強せずにはいられません。つまり学会発表が自分の勉強のkey driverになります。
 
③異文化コミュニケーションを体験する
学会は異文化コミュニケーションの場でもあります。特に臨床では,施設によって微妙に診療方針や意思決定プロセスが異なることがあります。大学病院と民間病院では大いに異なり,また大学病院間でもかなり異なっていることがあります。A 大学とB 大学,どちらの診療方針が正しいのか,直接比較研究でもしない限り,白黒はつけられません。しかし,そのような違いがあることを垣間見ることができるのも,臨床学会の面白さの一つといえるかもしれません。
 
実際,ある施設からの報告内容について,「うちではこうしている」というコメントを投げかけてくる質問者が多いのは,臨床学会の一つの特徴です。このような意見交換は意外に重要です。どちらが正しいか白黒つけられない以上,どちらの意見も尊重すべきです。自施設と異なる診療方針があることを知り,より良いと考えられる部分については参考にする,という姿勢も重要でしょう。ときには自身の診療方針を批判的に評価され,新しい視点に気づき,自身の臨床プラクティスの改善につながることもあるでしょう。
 
④研究者同士で交流する
学会は,研究者同士の交流の場でもあります。学会では,休憩時間や懇親会の場で,研究者同士の私的な交流が生まれます。同じ施設の上司や同僚とは違う間柄の仲間をつくることができます。
 
上記のすべてを通じて自分自身が成長することが,学会発表の利点といえるでしょう。学会発表することで,研究力だけでなく,人間力もアップするでしょう。ここでいう人間力とは,日常の仕事からアウトプットを引き出す能力,プレゼンテーションをやりこなす度胸,人とのコミュニケーション能力,苦難を乗り越える胆力,上司や同僚への感謝,それらを含めた総合力です。
 
学部の教育だけでは,人間力は十分に磨かれません。学生時代の勉強は受け身のことが多いでしょう。社会人になってからの勉強は能動的です。勉強のやり方,アウトプットの出し方,評価のされ方がまるで違います。学会発表は,社会人としての勉強の機会であり,大きな成長が期待できます。

4)学会発表は業績になるか?

学会発表は一応,研究業績の一つにはなります。就職活動の際に,履歴書に学会発表の業績を載せることもできるでしょう。ただし,民間病院に就職する際には必須ではないかもしれません。大学医学部の教員になる際にも,一般的には学会発表の業績はあまり評価されず,論文業績の方がより評価されるでしょう。ということは,いずれの場合も,就職を有利にするためだけに学会発表するというのはあまり合理的ではないかもしれません。

5)学会に対する批判

一般演題は,多くの参加者に発表の機会を提供するため,個々の口演時間は限られています。口演時間が「発表 7 分,質疑応答3分」ということもあります。これでは短すぎて討論を深めることはできない,という批判はありうるでしょう。
 
学会の専門医を取得するための要件として学会参加や学会発表が必須とされていることもあります。それだとあまり学会発表のモチベーションは上がらないかもしれません。単に学会に参加して発表したという,アリバイづくりの場になっている,との批判も避けられないでしょう。
 
一般演題は研修医や若手研究者のデビュー戦の場としての意味しかなく,学術的に深い議論があまりない,といわれることもあるかもしれません。これに対しては,私見ですが,学術的に深い議論はシンポジウムなどで行えばよいのであって,一般演題は研修医や若手研究者のデビュー戦の場であってもよいと考えます。逆にいえば,それも学会の重要な役割の一つでしょう。学会という同業者が集まる場所で,経験を積んだ臨床家や研究者が,若手に厳しい質問を投げかけることは,ある意味で彼らの成長を応援しているともいえるでしょう。
 
単に知識を得たいだけならば,UpToDate やPubMed で情報を得る方が効率は良いでしょう。学会は単に情報収集の場にとどまるのではなく,経験者から若手にエールを送る場でもあります。

後編はコチラ


【書籍のご紹介】

・著 者:康永 秀生
・定 価 :3,520円(3,200円+税)
・A5判・144頁
・ISBN 978-4-307-00493-0
・発行日:2022年1月31日
・発行所:金原出版

・取扱い書店はこちら

【著者紹介】
康永 秀生
(やすなが ひでお)
東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻臨床疫学・経済学 教授

平成6年東京大学医学部医学科卒。卒後6年間外科系の臨床に従事した後,
東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学,東京大学医学部附属病院企画情報運営部,Harvard Medical School, Department of Health Care Policy(客員研究員)などを歴任。平成25年より現職。専門は臨床疫学,医療経済学。平成27年よりJournal of Epidemiology 編集委員。令和元年よりAnnals of Clinical Epidemiology 編集長。令和4年12 月までに医学英語論文の出版数約800 本。

代表的な著書として『必ずアクセプトされる医学英語論文 改訂版』『必ず読めるようになる医学英語論文』『できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則』(いずれも金原出版)などがある。