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【特別版 第1回】「皮膚科医」と答えるリスク

本日9月25日、書籍「憧鉄雑感~皮膚科医による痛快!鉄道エッセイ~」が発売になります!

そこで出版を記念して、本書から選りすぐりのエピソードを全5回にわたって、毎週note上にて特別公開いたします。

皮膚科×鉄道!?
いまだかつてないコラボレーションによる、笑いあり涙ありの痛快エッセイ! どうぞお楽しみください。


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皮膚科医とは因果な商売であり、プロのスキルの安売りを求められることが意外に多い。皮膚表面に出現する病変を分析し、診断する技術は皮膚科医の誇りであるが、「皮膚科の先生? だったら、このホクロ大丈夫ですね〜」などのボランティア診療を気安く要求される場面は皮膚科医であれば一度ならずとも経験するに違いない。

「へえ〜眼科の先生! 私の乱視は大丈夫ですか?」と問われても、道具が必須の医師はタダでプロの技を披露させられる心配はない。堅いことを言うわけではないが、時に度が過ぎる人もいて、職業を素直に言えないのは筆者だけであろうか。


もう時効と思われるので白状しよう。筆者がまだ大学院生の頃、実験の合間にある自動車運転講習会に行った時の話である。けだるい午後、果して受講者は筆者一人。
そこに登場したのは、神よ悪魔よ! 顔には脂漏性角化症(注)、首にはアクロコルドン(注)が多発、おまけに肩には多量のフケにより権威的な制服も台無しの天下り教官であった。

教官はおもむろに講習を始めるかと思いきや、「安部さんの仕事は何?」と、個人情報丸出しながらも、世間話程度のジャブ質問を投げかけてきた。この後、皮膚に関する質問攻めにあう筆者の姿が一瞬頭をよぎる。遅くなると実験がパーになるので、悪魔の如き悪知恵が電光石火の如く浮かび「そこの新前橋電車区の運転士です。」とヌケヌケと答えた。

これで安心と思いきや、オッサンの眼が輝くではないか。「へぇ〜どこを運転するの?」オッサンは、近くに電車区(現、新前橋運輸区)があるので興味深々の様子。しかし筆者は取り乱すこともなく、「乗務範囲は高崎線、両毛線、吾妻線の全線と上越線の水上まで。信越線には入りません。」などと完璧な答えを返してしまった。

オッサンは堪らず「電車は赤信号も平気で突破するけど、大丈夫なの?」と最も知りたい疑問を発するに至った。
筆者は「電車の信号は自動車信号と異なり、前方の一定区間(これを閉塞と称する)に電車がいない場合に緑色(本編第1章2ページ参照)となります。我々は緑色灯火を確認し、電車を進行させますが、列車先頭の運転台がその信号を通過した直後に赤色灯火に変わるので、お客様にはさも赤色灯火で進行しているように見えるのです。」

お客様などの用語の登場に全く疑いのないオッサンは「車と電車はどっちの運転が難しいの?」「電車です。電車は停止時にまず最大ブレーキをかけて徐々に緩め、ピタリと目標位置に停止しなければなりません。電車が遅れている時など、構内の曲線がひどい赤羽駅などはとても神経を使います。また、雨の日などは摩擦が減ってしまう為、ブレーキ操作もその電車の特徴というか個性を把握して掛ける必要があります。むしろ旧型電車の方が運転士の技量を生かせるので、雨の日は楽ですね(無論、皮膚科医である為、電車の運転経験はなく、出鱈目もいいところであるが、この様な具体例が信憑性を高めるのである)。」

もう後には引けない筆者は度胸を決め、その後発せられる数々の難問にもことごとく答え切った。すっかり満足した教官は「ああ、楽しかった! 悪いけど時間が無くなっちゃった。後で教本を読んでおいてね。じゃあ、おしまい!」

何とも無駄な30分! 
これなら、初めに「皮膚科医」と答えておけばよかった…。

1「皮膚科医」と答えるリスク

新前橋駅に隣接する高崎車両センター。以前は新前橋電車区と称されていたが、本文中にある様に新前橋運輸区と2つに別れた。ちなみに電車区時代は車両と乗務員を管理していたが、車両センターは文字通り車両だけ、運輸区は乗務員つまりヒトを管理している。


脂漏性角化症
老人性疣贅とも言われる、いわゆる「年寄りのイボ」である。日光の当たる顔面などに多発する。良性で悪さをすることはなく、基本的には治療する必要がないのだが、見た目の問題から高齢者であっても治療を希望する人が多い。保険適用のある治療法は、液体窒素による凍結療法や、炭酸ガスレーザー治療である。
アクロコルドン
軟性線維腫のこと。首や脇の下に多発する柔らかいポリープのような病変。こちらも放置しておいて問題はないが、液体窒素による凍結療法や、ピンセットとハサミで摘み取るなどの治療を行うことがある。


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【書籍のご紹介】

金原サムネ

・著 者:安部 正敏
・定 価 :2,750円(2,500円+税)
・A5判・298頁
・ISBN 978-4-307-00489-3
・発行日:2020年9月25日
・発行所:金原出版

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【 電子書籍 】
■ M2PLUS

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【著者紹介】
安部 正敏(あべ まさとし)
医療法人社団廣仁会 副理事長 兼 札幌皮膚科クリニック院長。長崎市生まれ、島根県立松江南高校卒、群馬大学医学部卒、同大学院医学系研究科修了。医学博士。父は医師免許をもつ真打の落語家“春雨や落雷”。群馬大学医学部皮膚科、米国テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター細胞生物学を経て現職。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学非常勤講師。日本臨床皮膚科医会常任理事。日本乾癬学会理事。全国の“乾癬患者会”サポートにも取り組む。『皮膚科の臨床』(金原出版)にて「憧鉄雑感」を好評連載中。