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【特別版 第3回】鑑別疾患

書籍「憧鉄雑感~皮膚科医による痛快!鉄道エッセイ~」の発売を記念して、本書から選りすぐりのエピソードを全5回にわたって、毎週note上にて特別公開しています!

第3回は皮膚科の臨床において"眼"が重要な「鑑別疾患」がテーマです。

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大学在職時代は医学部の講義も担当した。筆者のような不勉強者に教わる医学生など可哀想な限りであるが、せめて態度だけは他の教官に負けぬようにしようと一念発起し、幾つかの工夫をした。
うっかりここに記して手の内を曝け出すのは愚の骨頂であり、自慢と取られては末代までの恥である。ただ赤っ恥を覚悟で一つだけ記すと、出席者全員に質問用紙を配り、講義終了後回収し、すべての質問とその回答を記したプリントを即日作成し、翌朝一番に学生全員に配布していた。

これは学生時代不真面目だった筆者は、満座の前で手を挙げて質問する位であれば、清水の舞台から飛び降りたいと思っていたためと、学生にはお互いの疑問とその答えを講義終了後記憶にあるうちに共有して欲しいという、ちょっとだけ真面目な信念からである。
深夜暗い印刷室に出向き自ら印刷していると、新聞社は毎日かような苦労をしているのかと居た堪れなくなった。新聞拡張員に無理難題を吹っかけ、洗剤やら歯ブラシやらタオルを騙し取った? 愚行を大いに反省する(学生時代の話である)。

学生の質問で、ダリエー病(注)と家族性良性慢性天疱瘡(注)はどうしてかように名前が違うのか? との疑問があった。ご尤もである。現在の学生は遺伝子レベルの事実を何事もなかったように学ぶが、分子生物学的手法もない創世記の皮膚科学者は、鋭い臨床観察により両疾患を区別していた訳である。逆に考えると、極めて似通った疾患を分類し、後世に遺伝子レベルの知見が得られた偉業は、如何に臨床をみる眼を養うかが、皮膚科医の本筋であることを示唆する。

ところで、最近の電車は会社が異なり、形式が異なっても極めて似ているのをご存じだろうか。乗車していると、一体どこの路線を走っているのだか迷うこともある。一昔前は、各鉄道会社はそれぞれ創意工夫した独自の車両を設計していた。東急の旧5000系は技術革新を果たした名車であり、渋谷駅前に保存され有名であった。緑一色に塗装された下膨れの様相は「青ガエル」と渾名され親しまれた。現在秋田で保存されている。
現在、東急には2代目5000系が導入されているが、細部を観察するとJR車か? と見間違う部分が存在する。近年の鉄道会社は、コストダウンに熱心である。このため、近年の電車は設計構造を共通化させることで量産化を果たしている。当然独自設計するより安価で、部品も共通化できるためメリットも大きい。東急2代目5000系はJR東日本E231系と、例えるなら従妹のようなものである。


3鑑別疾患

東急の新5000系。側面などJR車にそっくり。都営地下鉄や相模鉄道にも同様の例がある。


鑑別診断というのは、皮膚科学において大きなウエイトを占める。精進の賜物か、筆者もその表現型からほぼ間違いなく正しく鑑別を行うことができるようになった。迷う場合は強拡大像を観察し、その裏に潜む構造を読み解きながら正しく判断する。このようなスキルは一朝一夕に得られるものではなく、絶えず最新の論文を読みながら基礎的バックグランドを得ておく必要がある。

先日、判断に迷う場面があった。しかし、詳細に観察すると透明に見える部分が二重であることに気づいた。電光石火の如く過去の論文を思い出す。「本形式は、平成14年以降製造で窓が二重化された」という記載を、鉄道論文に確認した。誰が皮膚疾患の鑑別など得意なものか!

ダリエー病
毛包性角化症であり、主に胸部、弯曲部、頭皮および前額部などの脂漏部位や間擦部位に、角化性丘疹と呼ばれるいわゆるブツブツが多発する疾患である。時に、爪異常を伴う。遺伝性の疾患で、通常思春期以降に発症することが多い。
家族性良性慢性天疱瘡
腋下や外陰部、鼠径部、肛門周囲、頸部などの間擦刺激が多く加わるところに、痛みを伴わない水疱や発赤が出現する疾患。水疱は間擦によって破れやすく、びらんとなり、その後かさぶたとなって治癒する。遺伝性の疾患で、通常30歳代以降に発症することが多い。


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【書籍のご紹介】

金原サムネ

・著 者:安部 正敏
・定 価 :2,750円(2,500円+税)
・A5判・298頁
・ISBN 978-4-307-00489-3
・発行日:2020年9月25日
・発行所:金原出版

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【 電子書籍 】
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【著者紹介】
安部 正敏(あべ まさとし)
医療法人社団廣仁会 副理事長 兼 札幌皮膚科クリニック院長。長崎市生まれ、島根県立松江南高校卒、群馬大学医学部卒、同大学院医学系研究科修了。医学博士。父は医師免許をもつ真打の落語家“春雨や落雷”。群馬大学医学部皮膚科、米国テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター細胞生物学を経て現職。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学非常勤講師。日本臨床皮膚科医会常任理事。日本乾癬学会理事。全国の“乾癬患者会”サポートにも取り組む。『皮膚科の臨床』(金原出版)にて「憧鉄雑感」を好評連載中。