見出し画像

ニセアカシアの甘い誘惑

 雨上がりの帰り道、暗くなった道を歩いていると、強烈な甘い香りがガーンと頭に響いてきた。なんだろうと周りを見ると、闇の中に白いニセアカシアの花が咲いている。ニセアカシアの強烈な匂いが漂っていたのだ。本当に頭にまで響いてくる。普段は花の香りなど意識したことがないのに、なぜか急に匂ってくることがある。

 花は、甘い蜜を作り、甘い匂いと、目立つ花を咲かせ、受粉のための昆虫を誘う。
 世界最大の花ラフレシアは、花だけがポッと咲き、強烈な腐った臭いを発するという。その臭いに誘われて、道なき道をハエが飛んできて、受粉を助けるそうだ。ハエに来てもらわなければ受粉ができない。だから必ずわかるような強烈な臭いを発するのだ。ハエはその臭いに引き寄せられる。ハエにとっては頭がクラクラっとする甘い香りなのだろう。

 ニセアカシアの花からできる蜂蜜は有名。ミツバチを誘惑する甘い匂いを発している。人間である私も、その匂いに誘われ、一瞬、頭がクラクラとしてしまう。何か危ない薬でもやっているかのように匂いに誘われる。
 そんなときに、そばに誰かいればふらふらとなってしまうのだろうな。人間が恋に落ちるきっかけも、ほんのちょっとしたことだろう。いや、それは私の個人的資質か。

 ここまで書いて、「匂い」と「臭い」を使い分けている。
 ハエにとってはよい匂いでも人間にとっては臭い臭いになる。同じ「におい」でも使い分けてしまう。
 人間に都合のよいものは「発酵」で、都合の悪いものは「腐敗」、腐っているという。本当に人間は勝手だ。

 ニセアカシアは、北米原産で、ハリエンジュというのが本当の名前だ。
 アカシアに似ているからニセアカシア、エンジュという木のような姿で針(棘=とげ)があるのでハリエンジュ。主体性のない名前がつけられている。
 観賞用に輸入され、街路樹として広がった。日本に都合のいい植物だと思われ広がった。
 マメ科の植物で、花はマメやフジ、レンゲやクローバーと同じ形をしている。
 学校の理科の時間にマメの花のつくりを学んだと思う。花びらをバラバラにしながら観察した記憶のある人もいるだろう。まさにマメの花だ。
 マメ科だから根粒菌を持っており、空気中の窒素を取り入れることができ、荒れ地でも育つ。だからいろいろな場所で育てられた。
 それが、日本の侵略的外来種ワースト100に選定され、もういらないとなった。いらないからと木を切っても、横に伸びた根から新しい芽がすぐに出てくる。切ったはずの幹の横から新しい芽がひょいひょい出てくる。生命力が旺盛なのだ。一度植えたものは人間の都合で排除することが難しい。
 この季節になると白い花を咲かせる。

 春になると最初に咲くのはマンサクの黄色い花。そして、タンポポや山吹の黄色い花が咲く。
 途中に桜のピンクをはさんで、コブシの白い花が山を埋める。野バラや野イチゴの白い花が道の横に咲く。そんな白い花と一緒になってニセアカシアの白い花も日本の風景になじんでいる。

 外来の生物はもともとあればいいなと、人間の都合によって輸入されたものだが、それが不必要となり、じゃまもの扱いされるようになる。まったく人間は勝手な生き物だ。

 外来のものでも、梅や菊、鯉などは日本の文化になっている。
 梅に鴬、菊人形。鯉を品種改良した錦鯉など、日本を代表する文化で、外国人の愛好家もいる。彼岸花の群落など日本の原風景で、姿を消すと日本の文化がなくなったように思えてしまう。けれど、梅、菊、鯉、彼岸花、全て外来の生物だ。

 テニスの大坂なおみやバスケの八村塁、野球のダルビッシュ有など、「日本人の活躍」のニュースでいつも流れる。スポーツ庁の長官は室伏広治だ。父親は「アジアの鉄人」室伏重信だが、母親はルーマニアの元陸上選手だ。日本初の国民栄誉賞は王貞治だが、台湾籍のため、高校時代は国体に出場できなかった。王さんが日本を代表する野球人であることに異議をはさむ人はいないだろう。室伏にスポーツ庁長官をやめろという声もないだろう。……まあ、オリンピックがらみで、そんな声が出てくる可能性もあるけど……。
長嶋茂雄は「長嶋」だが、王貞治は「王さん」と言ってしまう。私にとっては尊敬すべき人だ。「シーズン55本塁打」や「世界新記録本塁打756号」は忘れられない。王さんも私の心をとらえてはなさない。


 外国からやってきたニセアカシアだが、あの甘い匂いは今でも私の心をふらふらさせ、誘惑してくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?