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思考を止めない

感染症について日本の国民の恐怖感情が過剰になっているのではないか?

日本人は何を恐れているのだろうか?

自身が新型コロナウィルスに罹患して死ぬことだろうか?誰かに移してしまう事だろうか?もちろん両方であることもあると思う。

これらはもちろん大切なことかもしれない。そりゃあ死にたくないし、誰かを殺したくもない。しかし、人間が普通に生活する中で「絶対に死なない・殺さない生活」なんてあるのだろうか?

私は昨今の新型コロナ騒動について、この点に於いて過剰であると考えていて、今回はそれについての駄文書き散らしです。

漂う矛盾

今考えることは、「今日は何人感染した」ということではなく、「結局、何人死んでいるか」ということなんじゃないかと思うわけです。「コロナはただの風邪」なんて言う都知事候補も出て来て、これに嘲笑や怒りを投げかける方が沢山いるわけですが、まあ「ただの」と付けるとちょっと「それはまだ完全には分からないよね」とは思うものの、そもそも風邪ウィルスの変異体であることも初期から謳われており、感染状況ではなく死亡者情報を観る限り、感染症としてのリスクは今のところ日本では「風邪」と言われても仕方ないレベルであることも分かります。

では、世界的に見るとどうか?

現在(6/29)の世界の新型コロナ感染症での死亡者数は50万人強。
「風邪」という括りで年間どのくらいの人が死亡しているのかは分かりませんが、統計の出ている「インフルエンザ」に置き換えて考えてみると、インフルエンザの死亡者数は毎年だいたい20~50万人程度亡くなっていて、関連死を含めると100万人を越えると言われています。

現在の数字を観る限りはインフルエンザと大差無いとも言えます。ちょっと感染スピードがインフルエンザよりも速いかな?って気もしますが。

世界で比較するとこの数字ですが、こと日本だけで見ると差が顕著に見られます。

今年のインフルエンザの死亡者数はちょっと数字が出ていないようですが、昨年の同時期の数字を確認する限り、日本でのインフルエンザのピークは2018年12月~2019年5月の半年間で、この半年で判明している限りで3,293人の方が亡くなっています。12月~5月までの6ヶ月間で1日平均 約18.2人です。

一方で、新型コロナの死亡者数は、6/29までの死亡者数は971人。4月18日からの数字なので、1日平均 約13.3人と計算できます。

今年は新型コロナ対策の影響で、インフルエンザの死亡者数も減っているという話が出ていますので、一概に数字の対比にはならないかもしれませんが、数字だけ見ればインフルエンザの方がかなり死亡者数が多いと言えます。

「感染者数が増えているため、今後また新型コロナが拡大して死亡者が増えるのでは?」と考える方も居るかもしれませんが、感染者数が増えているのは、6/18以降東京都がPCR検査をかなりの数実施していることや、いままで積極的に検査していなかった無症状患者の検査が行われているからで、むしろ「増えた検査数と比較すると、そんなに感染者数は増えていない」とすら見えます。いままで可視化されていなかった感染者が見つかっているだけで、決して拡大しているわけではないように見えます。

その状況を踏まえて「死亡者」だけ確認すると、6/19こそ17人と平均を上回る数字が出ていますが、それ以外は、5/26以降平均を下回る数字で推移していますし、5/30以降は1桁台、死亡者0の日も全然あります。このペースで平均値が上がることは恐らくないでしょう。感染者数だけ見ていると分かりませんが、感染症による死亡リスクだけ見れば確実に低下しており、緊急事態宣言解除後、人波が戻ったあともその推移はあまり変化がありません。

こう見ると、少なくとも現時点では「インフルエンザの方がリスクの高い疾患」であるわけで、「風邪じゃん?」と言われても「単純にそういうわけじゃないとは思うけど、認識として絶対に間違っているとも言えない」と感じます。

私が感じている「矛盾」は、数字としてこのような状況が見えてきているなかで、もちろん感染症に対して気を付けるに越したことはありませんが、「気を付ける」ということに止まらず「もっともっと」と煽るメディアの姿勢です。それ、インフルエンザの時もやったのかと。特にインフルエンザはここ数年、日本人の死亡者数が増えていたんですが、そんなことは報道しないんですよね。あまり。

もしかしたら「インフルエンザには効果のある薬があるから違うでしょ」って言われるかもしれません。果たしてそうでしょうか?「効果がある薬がある(とされている)のに、新型コロナより人が死んでいる」というのはむしろ危機的な話ではないでしょうか?

逆に言えば新型コロナは、効果的な薬がまだ確定していないこの状況下で、薬のあるインフルエンザより人が死んでいないわけです。

更に言えば、新型コロナの感染症は基礎疾患を持っている方や高齢者以外は基本的に治る疾患であることも分かってきています。「じゃあ高齢者や基礎疾患のある人を切り捨てるってこと?」って思われるかもしれませんが、再度インフルエンザの例を出せば、インフルエンザも死亡者の8割は65歳以上の高齢者です。インフルエンザは若年層も亡くなりますから、新型コロナより若干広い年齢帯で死亡リスクが伴うわけです。

毎年このように死亡者を出しているインフルエンザですが、インフルエンザで経済を止めたのでしょうか?外出自粛をしたのでしょうか?

対応の違いに矛盾を感じないでしょうか?

結局は「経済とのバランス」

とはいえ、やはり「未知の感染症」というのは怖いもので、初期対応として過剰な防止対策をとることが一様に悪いことだとは思っていません。むしろ、緊急事態宣言での自粛要請や休業要請などは「仕方なし」と感じています。未知の感染症に対応するには、そうするしかなかったのかも知れません。

問題は、数字が見えてきている「今」の話です。

感染症の専門家に言わせれば、今の状況(感染症対策の推進)は、必ずしも新型コロナだけではなく、あらゆる感染症の予防になるため、「止めろ」と言う必要がないものなのだと思います。

それでも、最近「経済がヤバイ」という世論もあるため、「経済との兼ね合いで」といったコメントをされる感染症の専門家も増えて来ているような気もします。フジテレビに出ている二木先生などは、最初から経済との兼ね合いの話も暗に否定しないので、私は結構好きです。

そういったバランスのある意見を持つ専門家が居る一方で、バランスある意見をそこそこに「感染症怖い」という結論になんとか結び付けて必要以上に不安を煽ろうとするメディアの姿勢が、見え隠れすることも多いです。

何度も言いますが、インフルエンザでそういう報道をやっていたんですか?って話です。報道番組として冷静な分析をしたうえで放送しているのでしょうか?疑問が残ります。

新型コロナで亡くなる方も勿論いますが、インフルエンザで亡くなる方はいままでもっとたくさんいたわけで、そして、このまま自粛自粛と煽り続けたら、新たに経済で死ぬ方も出てくるわけです。

「経済的に死ぬ」ってことに想像が追い付かない方も居るかもしれませんが、分かりやすく一例を挙げれば借金を苦にした自殺です。

失業者が増えればホームレスも増えるかもしれませんが、自殺者も増えます。たとえばですが、私自身、死ぬことで住宅ローンも事業融資も全部ゼロになります。独り身だったら自己破産するかも知れませんが、配偶者がおりますので、配偶者に迷惑を掛けないために死んで清算するかもしれません。離婚は……したくないなぁ。

まあ、私自身がどういう選択をするかはその時になってみないと分かりませんが、私の立場からは「死を選ぶ方が居る」のは想像に易いのです。

新型コロナ対策をせずに誰かに感染させてしまった結果、その方が亡くなったとして、そういう行為と昨今の過剰な自粛を煽る行為で経済的に人を殺すことの違いは何なのでしょうか?

メディアは自粛を煽り、一部の経営者に「死ね」と言っているように私には聞こえます。「高齢者は死んでも仕方ない」なんて言ったら大問題になると思いますが、間接的に「経済で人が死んでも仕方ない」とも聞こえる言説は問題にはならない。そんな世の中であると感じます。

メディアはそういう側面にはあまり触れません。もしかしたら実際に死を選択する方が出はじめたら、メディアでも取り上げるかもしれません。なんだかな……って思います。誹謗中傷問題も然り、人が死なないとリスクを認知できないのでしょうか?

前段で「メディアは」と書きましたが、これはメディアに限らず、いま日本を取り巻く雰囲気全般に言えます。志村さんが亡くなって、岡江さんが亡くなって「コロナ怖し」の雰囲気となりました。もちろん亡くなったことについては残念ですし、そこを教訓とすることも良いと思いますが、大勢がそこで思考が止まってしまった気がします。

包丁でだって人を殺せます。車でだって人は殺せます。それぞれが怖いし危険を回避するために予防策を講じる必要があります。しかし、それは側面でしかありません。一方で、それらが生活に必要であるという事実をみなさんが正しく認識しているからこそ、包丁も自動車も「使用自粛」とはならないわけです。

とにもかくにも、側面だけ見て恐怖するのではなく、客観的事実(数字)から正しく判断して欲しいと思います。

接触感染という文言

よく耳にする「接触感染」という言葉ですが、これも誤解を生んでしまっているのかな?と感じています。

ウィルスがどうやって感染するのか?

少なくとも新型コロナウィルスについては、「飛沫感染」と「接触感染」が感染経路であると厚生労働省は示しています。そして、この「飛沫感染」と「接触感染」について、どのように感染するかも記載されています。

厚生労働省HPより引用-----
「飛沫感染」とは: 感染者の飛沫(くしゃみ、咳、つばなど)と一緒にウイルスが放出され、他の方がそのウイルスを口や鼻などから吸い込んで感染することを言います。
「接触感染」とは: 感染者がくしゃみや咳を手で押さえた後、その手で周りの物に触れるとウイルスがつきます。他の方がそれを触るとウイルスが手に付着し、その手で口や鼻を触ることにより粘膜から感染することを言います。WHOは、新型コロナウイルスは、プラスチックの表面では最大72時間、ボール紙では最大24時間生存するなどとしています。

当たり前ですが、「接触感染」と言っても、人と人とが触れ合ったら即感染するようなことではありません。あくまで「粘膜感染」であり、ウィルスの付着した手で目口鼻または、その近辺を触ることで感染リスクが高くなるということです。

要は「手」を経由するわけですから、「手で目鼻口あるいは、顔を触らない」「手洗いをちゃんとする」という対策が効果的と言われています。密もマスクもソーシャルディスタンスも、主たる要素では無いとも言えます。

飛沫感染に至っては、マスクをすることで一定の効果もありますし、そもそも「口を開けなければ飛沫が飛ぶことはないので、口を閉じた状態ならマスクすら要らない」ということが分かるのではないでしょうか?飛沫が飛ぶような会話の仕方やくしゃみ、咳といったものに気を付けることが重要で、こちらもソーシャルディスタンスのような施策が絶対であるという性質のモノではないのかなと思います。(もちろん飛沫が飛ぶ可能性を考えて距離をとったりマスクをすることは予防にはなるとは思います)

こういうことを政府やメディアは正しく伝えて欲しい。
そして、受け取る方も「コロナ怖し」で思考を止めず、ちゃんと情報を頭に入れて判断して欲しいと思っています。

感染症が出て来た初期であれば、このようなことが分からず、とりあえず何でも警戒することは必ずしも間違いではないと思いますが、ある程度分かってきたことは正しく共有して、ものによっては政府は「あの時はそうするしかなかったが、正直必要ありませんでした」と認める事も大切なのではないでしょうか?

メッチャ厳しい現実

思っていることをつらつらと書いてしまいましたが経営者として、こういった情報の共有や意識の開放がなければ今後本当に、メッチャ厳しいなと感じた次第です。

予想はしていたものの、やはり6月のカフェ利用の売上は9割減です。このままでは店もあと3~4ヶ月かな?って感じです。家賃補助貰えればもうちょっといけるかも?くらいです。

リスクを冒して店に来てくださいとはなかなか言えませんし、言うつもりもありませんが、少なくともリスクを正しく認識したうえで、「いまどれだけのリスクがあるのか?」という判断をして行動して欲しいなとは思っています。

実際は医療体制の問題などもっと色々と考えなければならないこともあるかも知れません。いろいろ端折ってしまっているかと思います。

本当に駄文失礼いたしました。

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