エッセイに必要な三つの情報―「書き手」「対象」「関係性」
心の動きを書くことばかり強調してきましたが、それはエッセイの核の部分。エッセイとして人に伝わる形にするためには必要な情報を適切に伝えることが大事です。エッセイに必要な情報とは何か。それは、「書き手がどんな人か」と「扱っている対象がどういうものか」と「書き手と対象の関係性」という三つの情報ではないかとわたしは考えています。
たとえば、A子さんが、コスプレが好きだというエッセイを書くとします。
この場合、「書き手がどんな人か」というのは簡単ですね。A子さんがどんな人かという情報です。学生なのか会社勤めをして週末だけコスプレを楽しんでいるのか。もともとファッションデザイナーになりたくてその夢はあきらめたけれど、コスプレの衣装を作ることでやりたいことを実現しているとか。アニメが好きで好きでその登場人物になりきりたくてこの世界に入ったとか。もしくは、現在四十代で、自分の青春時代にはこのような遊びはなかったけれど、若い子たちが楽しんでいるのに興味をもって、主人公の母親など年齢にあったキャラのコスプレをしたら人気コスプレイヤーになってしまったとか。こんな背景が書かれていたら、コスプレそのものに興味がない人でも面白く読めるエッセイになりそうです。
次に「扱っている対象がどういうものか」というのは「コスプレとは何ぞや」ということです。書き手にとっては当たり前のことでも、コスプレをまったく知らない人にもわかるように書かなくてはいけません。たとえば、コスプレが漫画やアニメなどの登場人物の恰好をする遊びであることや、衣装を手作りすることも多いこと、真っ青な髪はウィッグで、赤い目はカラーコンタクトで再現するなど、実際には人類としてあり得ない造形でもアニメに寄せて表現することなど、エッセイを読むのに必要な知識をわかりやすく楽しく披露します。ここで気をつけてほしいのは、語りすぎないこと。好きなことを語るとついつい言葉が多くなってしまいますが、あくまでこれはエッセイ。メインは、あなたの心の動きなのです。うんちく本にならないように注意しましょう。
三つ目は「書き手と対象の関係性」。これは「A子さんとコスプレの関係性」です。A子さんにとってコスプレはどういう位置づけのものなのか。つまり、コスプレによってどのように心が動くのか。ここがエッセイの一番の読みどころです。これを伝えるために、「書き手の情報」と「対象の情報」が必要なのです。コスプレをしているときの自分をありありと想像し、心の動きを言葉にしてみましょう。
さて、それぞれどこまで説明すればいいのか悩む人もいるかもしれません。どこまで説明するかは、どこまで届かせたいかで決まります。
「書き手の情報」は、たとえば自分のことを知っている人だけに読んでもらいたいのならあまり詳しく書く必要はありません。でもまったく知らない人に読んでもらうなら(たとえば無名なのに新聞のコラムにエッセイを書かせてもらうことになってしまったとか!)かなり綿密に、でもさりげなく情報を多めに届ける必要があります。
「対象の情報」も同様です。先ほどの例の場合、コスプレ愛好家にだけ読んでもらうエッセイなら、コスプレとは何かという話をする必要はありません。でも、コスプレとは何かわからない人や、知っているけれど嫌っている人にも届かせたいのなら、表現を工夫する必要があります。置いてけぼりにしないようにコスプレを知らない読者の頭の中を想像して、その人にわかるように説明するのです。
詳しく書いたら、すでに知っている人は退屈なのではないかと心配されるかもしれません。実はそんなことはないのです。すでに知っていることを改めて言葉で説明されると、面白く読めるのです。そこは文芸の「技」の見せ所であり面白いところです。
以上、エッセイの書き方のようなものをいろいろ書き綴ってみましたが、ここから先は、ぜひ、実際に書いて学んでください。また、今、わたしがお伝えしたことをふまえたうえで、改めていろいろなエッセイを読むと、新たな発見があると思います。特に心の動きがどんなふうに書かれているかに注目すると面白いでしょう。
自分の心と向き合い、言葉にし、エッセイを書く。やればやるほど、わたしはこの行為に魅了されていきます。できあがった文章が誰かに届いたときは、とても嬉しいです。そして、最近わかってきたのですが、昔の自分が書いたエッセイがとてもいとおしいのです。
写真には残らない心の動きを閉じこめることができます。そして、読めばいつでもよみがえらせることができる。エッセイを書くことは生きた軌跡を残すことです。自分の心をしっかりと見つめることで、本当に自分が望む未来を切り拓くことができると思います。
ぜひ、挑戦してみてください。
(いったん終わり)
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