【短編小説】土のうつわ-5

 森川の予告のおかげで、編集長から電話がかかってきても驚かなかった。でも、電話の内容は予想していたものと違っていた。
「陶子さんのお母さんって、米谷瑞穂だったのね。知らなかったわ」
 編集長の声は、陽気に弾んでいた。
「それでね、もし、陶子さんが嫌じゃなかったら、うちで、親子で特集させてもらえないかな。陶子さんのうつわに、瑞穂さんの料理を載せる、親子のコラボレーション」
「わたしは構いませんけど、母が」
 と、わたしは答えた。母という言い慣れない単語が異物のように舌に残る。
「よかった。じゃあぜひお願いね。実はこの企画、瑞穂さんの提案なのよ。うちの雑誌に載った陶子さんを見て、連絡くれたの」
 驚いて言葉が出なかった。瑞穂はこの企画を断るだろうという確信があったのに、一体、どういうつもりなのだろう。
「あ、ごめんなさい。また詳しいことは後で」
 編集長は、そう言うと、慌ただしく通話を切った。

 撮影場所は、瑞穂の仕事場だった。瑞穂はわたしを見ると、久しぶりね、とだけ言った。すぐに作業に戻り、忙しそうにアシスタントたちに指示を飛ばす。森川もすでに来ていて、もくもくと撮影の準備を進めている。
「まずはブツ撮って、それからふたりを撮るから」
 と、森川が言った。彼の顔を見ると緊張が少し解けた。森川がいれば心配いらない。彼が写せば、瑞穂は温かい家族が待つ幸せな母になり、わたしは、母の手料理を楽しみにする娘になる。写真の中でわたしたちは、誰もが認める仲の良い母娘になる。
「お店に食べにきてくれて、ありがとう」
 料理をわたしのうつわに盛り付けながら、瑞穂は言った。瑞穂の顔は、テレビや雑誌で見るよりも幾分老けて見えた。化粧も厚く、目元や首にはくっきりとしたしわが刻まれている。
「お店の子が変な客が来たって怒ってた。話を聞いたら、すぐに陶子だって分かった」
 手を止めて、うつわから顔を離し、盛り付けのバランスを見る。
「まだ治らないのね」
 わたしのほうも、ききたかった。男を変えるたびに住居を転々とするくせは治ったのだろうか。
「あとで連絡先教えなさい。引っ越したんでしょう? わたしが見つけなかったら、このまま音信不通になるとこだったわ。たまには連絡しなさい。二人きりの家族なんだから」
 母親らしいセリフだったけれど、瑞穂には全然似合わない。わたしたちは二人きりの家族なんだろうか。瑞穂はいつもほかに家族を求めていた。わたしは瑞穂の重い荷物だったんじゃないだろうか。
「さすが親子のコラボレーションね。料理がうつわにぴったり合ってる」
 編集長がやってきて、華やかな声をあげた。彼女の言うとおり、瑞穂の盛り付けた料理は、わたしのうつわと合っていた。一緒に作られたひとつの作品のようだった。

   

 食器棚から飯椀を取り出し、炊き上がったご飯を盛る。おかずは瑞穂に持たされた料理だ。これは「見本」で、明日からは自分で作るように、と、手書きのレシピまでつけてくれた。几帳面な文字で細かく書かれたレシピを眺めながら、箸を動かす。わたしのために瑞穂が考えた料理は、少しでも苦痛が和らぐように、食感が工夫されていた。たぶん、栄養バランスも考えて作られているのだろう。
「これを渡したかったのに、連絡つかなくなるんだから」
 瑞穂は子供みたいに頬を膨らませて怒っていた。
 ご飯を盛った飯碗を眺める。手の中にそっとおさまって、ご飯の温度をひかえめに伝える、肉厚なのに軽い碗。もう十年以上、これを使って、ご飯を食べている。飯沼がわたしのために作ってくれたものだ。
 手を出して、と飯沼に言われて右手を差し出したら、そっちじゃない、と、左手首を掴まれた。飯沼の両手が、成形の仕上げをするようにわたしの手を包み込む。温かく乾いた柔らかさに手が覆われる。しなやかに指がたわみ、わたしの左手はうつわの形になっていく。
「小さいな」
 飯沼がぽつんとつぶやいた。恥ずかしくなって引っ込めようとした手を、飯沼は離さなかった。
「それって、陶芸家に向かないってこと?」
 照れて怒った声が出た。気を張っていないと飯沼にさらわれてしまいそうだった。
「そうは言ってない。いろんなうつわがあるように、いろんな手があっていい」
 裏返し、丸め、にぎって、観察したあとに、飯沼はわたしの手を解放した。そして、わたしの手にぴったり合ううつわを作ってくれた。

「飯沼が今どこにいるのか、陶子、知らない?」
 と、瑞穂が尋ねたとき、わたしは最後の望みを失った気がした。心のどこかで瑞穂は飯沼の居場所を知っていて、わたしに知らないと嘘をついているだけだと思っていた。聞き出そうと思えばいつでも聞き出せると信じていた。それなのに、瑞穂は知らないのだ。
「約束したものをまだ作ってもらってないの」
 何を、と尋ねた声は森川の声にかき消された。
「すみません、ちょっとセットに手間取っちゃって。さあ、撮りましょうか」
 コツツボ、と瑞穂が言った。
 何のことか分からなくて、わたしが振り返ると、瑞穂は微笑んで、
「わたしの最後の家」
 と、言った。
「陶子が作ってくれる? 別に今すぐ死にたいとかそんなんじゃないの。眺めて過ごしたいのよ。最後にその中に入るんだと思ったら安心するから」
 わたしがうなずいたら、瑞穂がほっとしたように笑った。シャッターが切られる。
「陶子、幸せになりなさい」
 幼い子供を諭すような強い口調で、瑞穂がわたしに命令した。

〈了〉


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京都在住の小説家です。理系ライターもやっています。

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