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なぜ、「すごい人だと賞賛されること」を自分の幸せだと思い込んでいたのだろう。

グーグルドキュメントのスプレッドシート(ウェブ上のエクセルみたいなの)を使って、95歳までの人生計画をざっくりたてた。お金の出入りと貯金の減る額と、年金予定額と、だんだん少なくなるであろう仕事と、親が死んで配偶者が死んで、年金1人分になって、残りの貯金で何年生き延びられるかな、なんて。暇人かよ。…締切からの逃避ですね。自分とデートですよ。とても楽しかったです。

小規模企業共済(フリーランスが自分の退職金を積み立てて、その分税金が控除される制度)やiDeCO(自分の年金を積み立て長期運用して、その分税金が控除される制度)をちゃんと勉強して利用すれば、今よりももう少し仕事を減らしてやっていけそうだった。もう少しゆっくりじっくり仕事ができたらもっと幸せなのになと思っていたから、その結論に到達できて安心した。その調子でいいよ、と未来の自分に肯定してもらえた気がした。

未来のざっくり計画をたててみて、わかったことがある。わたしの中から野心というものがなくなっている。ちょっと、いや、だいぶ驚いた。年収1000万円超え!とかベストセラー人気小説家!とかテレビ出演!とか、小説家として大ヒットしてちやほやされて賞賛されまくってノーベル賞とって文化勲章もらって死んだときにはその訃報に世界中が涙するとか、過去のわたしは妄想していたはずだ。でも今は、そんなふうな人生を目指そうとは少しも思わなくなっていた。小説はもっといろんな人に読んでもらえたら嬉しいけど、ライターとしては黒子でも構わない。わたしってこんなつつましやかな人間だったっけ。古くからの友人に聞いたら絶対違うって言われそうだ。自分が別人に思える。

たぶん、有名になりたい妄想をしていた頃は誰からも何も認められていなくて、「認められる」ということも「幸せ」ということも、どういうことなのか、分かっていなかったのだと思う。ベストセラーになって、誰もが知る人になって、大勢にほめたたえられないと、幸せじゃないと思っていた。依頼された仕事をきちんとこなして、その依頼者に喜ばれることが、こんなにも嬉しくて幸せなことだということを知らなかった。「認められる」ことで得られる幸せは、数じゃなくて深さだということも知らなかった。多ければ多いほどすごくて、少ないことはすごくないことだと思っていた。目の前の誰かと深く通じ合うこと、心を交わらせること、自分のことを好きでいてくれる人たちだけに囲まれた小さなコミュニティで生きていくことは、つまらない生き方だと思っていた。でも今は、それがとても心地よくて幸せだと感じている。有名になって、知らない人に罵倒されたり逆恨みされたり脅迫されたりしながら生きることに価値を全く感じない。というか、全然なりたくない。こっそりひっそり生きていきたい。

上を目指そう、という言葉がもう気分じゃなくなったともいえるかもしれない。そもそも上ってどこだろう。上を目指そうという言葉は、それを言った人の作ったタワーに登れということだ。別に人が作ったタワーなんて登りたくないし、と自分に言えるようになった。わたしはわたしだけのタワーを自分で作って、そこに登る。もしくはタワーじゃなくて、洞窟かもしれない。地下室かもしれない。たくさんの生き物が住む森かもしれない。

逃げるな―!上を目指せー!生ぬるい生き方をするなー!と「世間」が私の頭の中で叫んで怒っている気がするけど、もう、たぶん、この「世間」はもう存在していない。ただの昭和の亡霊だ。かつては存在した。でも、今は通用しない価値観。そんなものに遠慮して生きている場合ではない。世の中は変化し続けている。

変化し続けるんだから、95歳までの計画を立てるなんて、ばかげていると思うかもしれない。でも、具体的に未来を想像してみたからこそ、変化し続けていくことを実感として身に染みて気づくことができた。20年後、30年後に想いを馳せる。自分も世の中もパートナーも仕事も今のままではいられない。なるようになるさと考えなしに生きていられる人もいる。運が良いか、世間や国や会社が用意していてくれる何とかなる枠にあてはまっているからだ。でも、子もいない、会社員でもないわたしは、確実にそこからこぼれおちている。あ、ごめん、ちょっと例外だからわからないって言われてしまう。自分で自分専用の「なんとかなるさ枠」を想定しておかないと、この先、安心して好きに生きることができない。

心地よいことと心地よくないことを感じ取るセンサーの感度をあげていく。ノイズだらけの世の中で、そのセンサーだけがわたしの人生の指針になる。

(トップ画像に使わせてもらったのはあまのこさんのイラスト。どれも好きすぎる)

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