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驚愕サプライズ 赤坂の話がしたい 29

 赤坂の居酒屋「花丸」で、常連が開いてくれた送別会では、喧嘩札のほかにも、いただいたものがある。
 それは、サプライズで用意された、手紙だ。常連の田中ちゃんが、おもむろに手紙を取り出し、読み上げ始めた。

 ――拝啓 赤坂の皆様
 梅雨の晴れ間の青空は、すっかり夏色になりました。皆様におかれましては、如何お過ごしでしょうか。
 この度は、コロナ禍の中、金史(かねぶみ)の為にお集まり下さり、誠に有難うございます。早い物で、金史が赤坂に赴任して四年、おかげ様で充実した時を過ごせた事と、私も大変感謝致しております。

 「おおお!」と歓声が上がった。
 僕も、「えええ、ほんと?」と動揺した。群馬の実家で暮らす母親を、何度もこの店に連れてきた。東京の病院で抗ガン治療を始めた時は、赤坂氷川神社のお守りを店主の玉置幸二さんから頂いた。
 手紙は続く。

 ――お花見をきっかけに、お祭り等の町会活動を始めとする楽しみから、母の病による入院治療、又、赤坂発祥の記事により数々の賞を頂く等、本人も山あり谷ありの非常に濃厚な赤坂生活であったと思います。
 これもひとえに皆々様のおかげと、重ね重ね感謝申し上げます。

 店内は、静かになった。みんな、手紙を読み上げる田中ちゃんの声に聴き入っている。
 田舎暮らしの母は、赤坂に来る時、ヨモギの草餅を作っ持ってきたりするので、食べた客も多い。玉置さんの母親も、実は群馬の出身。あれだけ口数の多い人が、懐かしい草餅をしんみりと食べていた。

 ――今日で転勤も恐らく最後と思われ、これからは実家の群馬からは遥か遠方の九州での生活に戻ると思うと、一抹の寂しさはありますが、自分の家族の元へ戻ってくれる安堵の気持ちでおります。

 堪えられなくなって、すすり上げる参加者がいる。女性が、ハンカチで目をぬぐう。たまたま僕が東京にいる時に、発病し、そして寛解した。それはほんとによかった。

 ――金史は九州の自宅に戻ってしまいますが、恐らく本人も下仁田の実家、福岡の自宅に次ぎ、赤坂を第三の故郷と思っている事と思います。
 福岡に戻りましても引き続きご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。

 読み上げている田中ちゃんも、しゃべりにくそうだ。少し、つっかえ出した。手紙はもう少しで終わるだろう。田中ちゃん、ゴールはもうすぐだ! 何とか最後まで、読み切ってほしい。

 ――梅雨寒の時節柄、風邪などお召しにならぬようお気をつけ下さい。敬具 令和二年六月吉日……

 そして、田中ちゃんは、差出人の名を読み上げた。

 「花丸 玉置幸二」

 ……僕もそうだったが、一瞬訳が分からない人々がいた。
 そして、田中ちゃんや玉置さんは、腹を抱えて大笑いし始めた。
 そう、これは母が僕に宛てた手紙ではない。「花丸」店主の玉置幸二という悪人が書いた、いたずらサプライズだったのだ。

 田中ちゃんは、もちろんタネを知っている。だから、腹の皮がよじれるのを堪え、結果つっかえつっかえ読んでいたのだった。読み終えた後は、「してやったり!」と耐えに耐えた笑いを爆発させた。
 腹を抱えて笑う、子供のようなおじさんたち。テレビの『モニタリング』かよ! いくらTBSの地元だからって、おい! 
 僕が持ってる、一番変な写真を上げたる! 「聖子ちゃーん」と叫ぶ玉キングに、焼肉88の唐沢店長にチューする田中だ! 
うう、こいつらが、ニヤニヤして偽手紙をこっそり書いていただろうことを想像すると、ほんと腹立つ……。

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 そして、困ったのは、号泣していた女性たちだ。店内が大爆笑に揺れる中でも、涙を止められないのだ。
 子供のようないたずらにまんまと乗せられ、悔しがりながらも、ハンカチで目を、鼻をぬぐう。呆れ、怒り、そして笑いながら、まだ泣いていた。

(2020年6月25日 FB投稿)

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