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ABU賞 入賞記念 ドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』文字起こし

RKB毎日放送・TBSラジオ 共同制作
2019年3月放送(本編59分)

ABU賞    審査員特別賞
放送文化基金賞 最優秀賞
早稲田ジャーナリズム大賞 奨励賞
文化庁芸術祭賞 優秀賞
日本民間放送連盟賞 優秀賞
ギャラクシー賞 奨励賞

ABU賞は、70を超える国や地域の放送局などが加盟するABU(アジア太平洋放送連合)が主催する国際コンテストで、授賞式は「アジアの放送番組の祭典」と言われます。

今年の授賞式は、コロナ禍でオンラインになってしまいましたが、12月10日にマレーシアで開催され、私たちが作った『SCRATCH 差別と平成』は、ラジオ部門で審査員特別賞を受賞しました。

これを機に、番組内容を文字に起こして、noteで公開します。
また、ラジオの音声は「RKBオンライン」で12月21日まで公開しています。音声配信アプリの「TBSラジオクラウド」でもお聴きいただけます。

※ナレーションはNと表記しています。


【1 オープニング】

(男性の声)
目の前に助けるべき人がいれば助け、殺すべき者がいれば殺すのも致し方がありません。

もちろん自分の子どもが可愛いのは当然かもしれませんが、いつまで生かしておくつもりなのでしょうか。

(RKB神戸記者N)
私にこんな手紙を送ってきたのは、植松聖(うえまつ・さとし)。
2016年の7月、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」に深夜押し入り、46人を殺傷して逮捕された男です。

私の名前は、神戸金史(かんべ・かねぶみ)と言います。
福岡市に本社がある、RKB毎日放送の記者ですが、その年の春、東京で単身赴任を始めたばかりでした。
事件の一報を聞いて、すぐに思い浮かべたのは、福岡で暮らす、私の長男のことでした。

(長男のしゃべり、ほとんど聴き取れない)

(神戸記者N)
障害のあるこの子を、いつまで生かしておくのか。
犯人は拘置所から、私にそう問いつめてきました。

(女性N)
地面にガリガリと線を引くことを、英語でスクラッチと言います。

植松被告は、1990年=平成2年に生まれ、2016年=平成28年に、26歳で事件を起こしました。

30年間続いた平成の間に、現代の日本に広がったものとは、何なのか。

相模原事件を通して考えます。

RKB毎日放送・TBSラジオ共同制作
報道ドキュメンタリー
『SCRATCH 差別と平成』

【2 障害を持つ長男】

(女性N)
神戸記者は東京で単身赴任中。
福岡の自宅では、妻と2人の息子が暮らしています。

長男(きょう、3人)
神戸「3人で? もちつきした?」
長男(食べた)
神戸「食べた? よかったねー」

(女性N)
神戸記者の長男は、見た目ではわかりませんが、コミュニケーションに問題が起こる、自閉症という障害があります。知的障害も伴っています。

(神戸記者N)
息子に障害があることを、私が認めるまでには、かなりの葛藤があり、何年もかかりました。
しかし次第に、障害があっても、ゆっくりとですが、彼が確実に成長していることに気付きました。

特別支援学校の高等部を卒業した長男は、福祉サービスの事業所で働いています。
今欲しいものは、アイフォーンです。

神戸「アイフォン買うん?」
長男(買う)
神戸「買う?」
長男(…月)
神戸「何月? いつ?」
長男(まだわかりません)
神戸「まだわかりません」

(神戸記者N)
うまくしゃべれない長男は、スマートフォンに文字をフリック入力して、画面を私に見せます。

神戸「いくら? いくら? お小遣いで買うん?」
長男(お小遣い)
神戸「買えますか? 買う?」
長男(買う)
神戸「本当!」

(神戸記者N)
長い時間をかけて、私は次第に、長男はこれで彼らしくてよいのだ、と思うようになりました。
そんな時に、相模原の事件が起きたのです。

【3 相模原殺傷事件】

(女性N)
2016年7月26日、未明。
神奈川県相模原市の障害者施設、津久井やまゆり園に刃物を持った男が押し入り、46人が襲われ、このうち19人が死亡するという、衝撃的な殺人事件が起きました。
この施設に以前勤めていた、植松聖被告の犯行でした。

(神戸記者N)
私が、何より衝撃を受けたのは、容疑者が事件の前に、衆議院議長宛てに出した手紙の内容でした。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH!

(男性の声)
「私は障害者総勢470人を抹殺することができます」
「障害者は、不幸を作ることしかできません」

(神戸記者N)
この内容が報じられるたびに、私は、心の中をやすりで削られているような感覚にさいなまれていました。

事件から3日後の、2016年7月29日。深夜帰宅した私は、東京の部屋で独り、パソコンに向かいました。

怒りや憤りとは次元の違う言葉を綴りたくなり、遠く離れた福岡に暮らす子供たちと妻を思い浮かべて、私はフェイスブックに、一編の文章を書いてみました。

(女性の声)
私は 思うのです。
長男が もし障害をもっていなければ。
あなたはもっと普通の生活を送れていたかもしれないと。

私は 考えてしまうのです。
長男が もし障害をもっていなければ。
私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。

(神戸記者N)
こんな書き出しで始まる文章は、1000文字あまり。
事件には直接触れずに、長男が生まれてから今までに考えてきた、個人的な思いを書いたものでした。
しかし、TBSの『ニュース23』で全文が朗読されると、その動画は、ヤフーニュースで1万3000回以上シェアされていったのです。

しばらくして、福岡市のRKB毎日放送の本社に、1枚のハガキが届きました。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

(女性の声)
障害者の親はいつも権利ばかり主張します。
何故「社会に貢献できない子供で、助けてもらってばかりで申し訳ない!」と一言謝らないのですか!?
もっと社会のお荷物であるという事を自覚して下さい。

(神戸記者N)
不思議と、怒りは感じませんでした。
立場の弱い者へのこの冷たさは、「自分と相手との間に、一線を引く」ことから始まっているのではないだろうか――。
長男が大きくなってくるにつれて、私は次第に、そう思うようになってきました。

【4 植松聖からの手紙】

(女性N)
相模原事件の発生から、1年以上が過ぎた、2017年の秋。
TBSテレビ『報道特集』が、スクープを放ちました。拘置所にいる植松聖被告と5回にわたって面会し、その内容を伝えたのです。

(男性の声)
私は、意思疎通の取れない人間を安楽死させるべきだと考えております。
人の心を失っている人間を、私は『心失者』と呼びます。
心失者は人の幸せを奪い、不幸をばら撒く存在です。

(神戸記者N)
漢字で、「心を失っている者」と書いて、「心失者(しんしつしゃ)」。
植松被告が造った言葉なのでしょう。
植松被告は、今もはっきりと自分の行為を正当化していました。

(女性N)
しばらく経って、神戸記者は手紙を書きました。

(神戸記者の声)
植松聖さま、はじめまして。
私は、福岡市にあるTBS系列の放送局、RKB毎日放送という会社に勤めている記者で、現在50歳です。

私は、重い障害を持っている子の親です。
家族である私に対して、「なぜ事件を起こしたか」を自分の口から説明してみたい、とは思いませんか。

(女性N)
10日後、神戸記者あてに封書が届きました。
植松被告からの返事は、小さな字で、丁寧に書かれていました。

(男性の声)
やまゆり園はいい職場でしたし、すっとんきょうな子供の心失者をみると笑わせてくれます。子供が可愛いのは当然です。

ですが、人間として70年養う為にはどれだけの金と人手、物資が奪われているか考え、泥水をススり飲み死んで逝く子どもを想えば、心失者のめんどうをみている場合ではありません。

目の前に助けるべき人がいれば助け、殺すべき者がいれば殺すのも致し方がありません。

(神戸記者N)
目の前に彼が立っているような気がして、動悸がしました。
それは、手紙が、私の家族にも触れていたからでした。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

(男性の声)
重い障害を持っている子の親に、こんな話しは誰もしたくありません。
もちろん自分の子どもが可愛いのは当然かもしれませんが、いつまで生かしておくつもりなのでしょうか。

(神戸記者N)
今も殺人を肯定している彼の視線は、私の家族に向いていました。

【5 植松被告との対峙】

(女性N)
おととしの12月、神戸記者は初めて、植松被告が拘留されている、横浜拘置支所に向かいました。

(車の走行ノイズ)

鳥山「昨日眠れましたか」
神戸「うーん、何を聞こうかってずっと考えちゃって、しばらく寝付けなかったですね。夜中も、何度か起きましたね」

(女性N)
面会の記録を取るため、TBSラジオの鳥山穣(とりやま・じょう)記者も同行しました。

(神戸記者N)
朝8時半、私たちは、横浜拘置支所の受付の前に立ちました。
電子機器をすべてロッカーに入れ、金属探知機のチェックを経て、待合室へと向かいました。

10分程度で、スピーカーから「第2面会室にお入りください」と、アナウンスが流れました。
面会室の中は、大人3人が座ればいっぱいになるほどの狭さでした。
アクリル板の向こうには、同じような部屋があり、すぐにドアが開いて、軽く礼をして彼が入ってきました。

植松被告の声(吹替)
ご足労、ありがとうございます。

(神戸記者N)
恐ろしい手紙から私が想像していたよりも、ずっと声はか細く、言葉遣いはとても丁寧でした。

(女性N)
植松被告は、黒いダウンジャケットに、薄い紫のフリース。
下は濃いグレーのスウェットパンツに、黒っぽいサンダルを履いていました。
逮捕後伸ばしているという長い髪は、後ろで束ねてあり、先の方にだけ、逮捕当時の金髪の色が残っていました。

ここからは、植松被告と神戸記者の対話を、できる限り実際に近い形で、再現してみます。
植松被告の声は、一緒に面会した、TBSラジオの鳥山記者が吹き替えます。

(神戸記者N)
アクリル板を挟んで、植松被告の顔と私の顔は、60センチ程度しか離れていない。
短いあいさつの後、私は尋ねた。

神戸 あなたは、「意思疎通ができない人」のことを、心を失っている人、「心失者」と呼んでいますが、具体的にどういう人を指して言っているのですか。

植松 名前と、年齢と、住所を言えない人です。

(神戸記者N)
私は、最初からかなり驚いた。
こんな単純な線引きで、心失者を定義しているとは思わなかった。

神戸 事件の当日は真夜中で、みんな寝ていたでしょう。どうやって心失者かどうかを見分けたのですか?

植松 起こしました。「おはようございます」と答えられた人は、刺していません。

(神戸記者N)
残酷な状況に息を呑んだが、ここでたじろいではいけない。
自分の言葉で、率直に聞くべきだと思った。

神戸 私の子供は、はっきりとした言葉は話せないが、私は言っていることが大体わかります。

植松 はい、恐縮なんですけど、言っていることを親だけが分かるというのは、意思疎通が取れているとは言えないです。

神戸 では、うちの子がもし、やまゆり園に入所していたとしたら、殺す対象だったということですか?

植松 その時になってみないとわからないですね。

神戸 うちの子は、字は書けるんです。名前も年齢も、住所だって書けると思いますが、それでも殺すんですか?

植松 書くことができるんだったら、いいんじゃないすか。手話とか、しゃべれない人には方法があるんです。家族が擁護するのは、当たり前なんですよ。

神戸 誰でも、周りに迷惑をかけながら生きています。社会がそれは必要だと認めたら、お金をかけているんです。
例えば、義務教育は税金で賄っているし、大学だって助成金を受けて運営されている。あなたも、大学には行ったでしょう。
障害者福祉も、社会が認めてお金を使っているわけですよ。

植松 でも、建前ですよ。だから、国が間違っているんです。民主主義なんてものは、建前で、お遊びなんですよ。

神戸 あなた自身にも、コストが投入されているんですよ。

植松 それはそうだと思います。ただ私自身は、大それたものではないですし。
でも障害者は間違っています。今後、人の役に立つことはできない。安楽死、尊厳死を考えるべきです。

神戸 それは、間違っていると思いますね。

(神戸記者N)
少しやり取りが激しくなり、話題を変えた。

神戸 雑誌の手記を読んだんですけども、やまゆり園で誰かが亡くなった時に開く「プチ葬式」で、入所者が「おやつは?」と聞いたので、あなたは「ああ、人の感情を持たないんだな、と感じた」と書いていましたね。

植松 はい、「人の概念とかが分からない」というか。

神戸 自閉症などの発達障害のある人は、決まった時間に決まったことをすることで、自分を安定させている人も多いでしょう? いつも一緒にいた人がいなくなって悲しいと思っていたとしても、お葬式の時におやつの時間が来れば、「どうしたらいいんだろう?」と聞くことは、十分あると思いますよ。

植松 そうなのですかね。分かりません。

神戸 え、あなた、施設に勤めていたのに、本当に知らないんですか?

植松 そうなのかもしれないですけど。でも、人としての感情がないことは分かっています。家族がそう思おうと思えば、思えるんじゃないですかね。神戸さんのおっしゃることはわかるけれど、他人に分からなければ、意味がないんです。

神戸 生と死をつかさどるのは、神のやることなんじゃないんですか。あなたは神なのですか?

植松 そんなことは言っていません。恐縮ですよ。みんながもっとしっかり考えるべきなんです。考えないからやったんです。私は、気付いたから。

神戸 あなたは一線を引いたのですか?

植松 そうです。

神戸 どうして、あなたが線を引く権利があるのですか?

植松 じゃあ、誰が決めればいいんですか?! 気付いてしまったんだから。
落し物を拾ったら届ける、当たり前ですよね。それと同じような感覚ですよ。

神戸 それは間違っていますよ。

(ドアを開ける音)

(神戸記者N)
30分間の面会が終わった。面会室を出ると、冬の風が冷たかった。

(神戸記者の声)
「会えました。印象は、ごくごく普通の青年ですね。率直な印象を言うと、かなり浅はかだな、と思いました。すごく薄っぺらい知識で、重大なことを判断してしまってる。かなり驚きました。(ため息)普通だったよね…」

【6 奥田牧師「私達はみな時代の子」】

(女性N)
植松被告と面会したその日の午後、神戸記者は、ある人と会う約束をしていました。
福岡県北九州市にある、東八幡キリスト教会の牧師、奥田知志さん。
30年以上にわたり、ホームレス状態にある人たちの社会復帰を支援し、3000人以上が自立していきました。

神戸「あの、今日、植松被告と面会をしてきました」
奥田「はい」
神戸「正直に言うと、ごく普通の青年で、むしろひ弱な、気弱な感じを受けたんですね。この青年がこんな大きな事件を起こしたのかと思いました」
奥田「私は、ホームレス支援とか困窮者の支援を30年以上やってて、いつかこういう時代が来るんじゃないか、と思っていた。ついに来たかっていう嫌な予感が当たった瞬間でもあり、これから何が起こるのかということがすごく正直恐ろしい、危惧された……そういう事件でしたね」
奥田「当時26歳の若者が、この社会において仕事しないで存在し続けるっていうのは、相当なプレッシャーがかかる。そんな中で、彼は非常に誤った自らの論理を組み立てちゃう訳です。『自分は役立つ存在だ』『意味がない命ではない』っていう存在証明を、ある意味あの事件に込めてしまう。『日本と世界の経済を救うためだ』。私はそこで生産性の圧力が、加害・被害関係をある意味巻き込む形で渦巻いてる」
奥田「植松さんという人、加害者なんだけども、一方で彼が『時代の子』であるっていうことは確かだと。私もそうだ。そこのところに踏み込まないと、やっぱり関係ない事件とみんなスルーしてしまうんじゃないか」

(女性N)
私たちはみな、「時代の子」。
ならば、平成とは、どんな時代だったのでしょうか。

【7 新宿ヘイトデモ】

(女性N)
おととし、2017年の11月。RKB毎日放送の神戸記者は、東京・新宿の公園を目指していました。

(カツカツと、路上を歩く靴音)

公園には200人あまりの男女が集まり、日の丸や旭日旗を掲げていました。

デモ隊「全国一斉! 戦争狂国・北朝鮮を非難する国民大行進in新宿、出発!」

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

女性「ニッポンを、悪の枢軸・北朝鮮の脅威から、守り抜くぞー!」
男性「北朝鮮から金をもらう、恥知らずの朝鮮人は、ニッポンから出て行けー」

(女性N)
ヘイトデモに抗議する人たちも、沿道に集まっていました。

抗議する女性「ヘイトスピーチは法律違反です。警察はヘイトスピーチを止めさせてください。差別に反対!」

男性「ふざけるんじゃねえぞ、てめえら、おい、かかってこいよ、そこの兄ちゃん! おいどうした、それで終わりかい、メガホンもってあばばばで終わりか? アンニョンハセヨ、アンニョンハセヨ、どうしたの?」

「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、朝鮮人は帰れー、朝鮮人は帰れー、当たり前だろ! おい、さっさと朝鮮半島帰れよ!」

(女性N)
これが、ある日の東京・新宿の様子です。まもなく、オリンピックとパラリンピックが開かれる日本の、別の顔です。

【8 平成に広がるスクラッチ】

(女性N)
ヘイトスピーチのように、ある人々と自分の間に勝手に一線を引き、相手の尊厳や人権を認めない。そんなスクラッチ行為は、現代の日本のあちこちに見られます。
例えば…

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

(女性の声)
「そうだ、難民しよう!」

(神戸記者N)
2015年、内戦中のシリアから、難民が国外にあふれ出しました。
難民キャンプで撮られ、世界に広く報道された写真があります。乱れた髪の少女は、凜と健気に前を向いていました。

その少女によく似た絵を、日本のイラストレーターがSNSにアップしました。イラストには、こんな言葉が添えられていました。

(女性の声)
安全に暮らしたい
清潔な暮らしを送りたい
美味しいものが食べたい
自由に遊びに行きたい
おしゃれがしたい
贅沢がしたい

何の苦労もなく
生きたいように生きていきたい
他人の金で。

そうだ 難民しよう!

(神戸記者N)
すぐ巻き起こった批判に、イラストを描いた女性は、こう反論しました。

(女性の声)
このイラストは全ての難民を否定するものではありません。本当に救われるべき難民に紛れてやってくる偽装難民を揶揄したものです。
例えばドイツでは、難民には月間約17万円が支給されます。シリアで働くよりも月額17万円の保護を受ける方が良いと思い、難民と称して移民するのは問題があると思います。
真面目に働いて、税金を納めている方々の税金が、その自称難民達に対する援助には使われるべきでは無いと思います。

(神戸記者N)
これが、相模原事件の起きる1年前。
そして、事件の2年後には、衆議院の杉田水脈議員が「性的少数者、いわゆるLGBTには生産性がない」と雑誌に書いて、大きな議論を巻き起こしました。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

(女性の声)
そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。

しかし、行政が動くということは税金を使うということです。例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

(神戸記者N)
「そうだ、難民しよう」
「LGBTには生産性がない」

共通するのは、マイノリティ=少数派に対して、みんなが出すお金を使うな、という考え方です。

でも、もし、自分の子供が性的マイノリティとして生まれたら――。
交通事故で、重い障害を負ってしまったら――。
自分自身が、大災害や原発の事故で、仕事も生活基盤も失ってしまったら――。

ちょっと想像力を働かせれば、そんなに簡単には断定できないはずですが、線を引いた向こう側の人々は、まるで自分の敵であるかのような……。
そこにあるのは、一方的な敵意です。

【9 本当の動機とは?】

(神戸記者N)
植松被告との3回目の面会は、去年の6月、梅雨の雨の日でした。
この日、私は、「本当の動機に触れた」という感じがしたのです。

神戸 あなたのやった行為を決して認めることはできないけれど、私なりに想像してみたことを、聞いてもらえますか。

植松 はい。

神戸 あなたは、もしかすると、「障害児を育ててて、苦しんでいる母親を救いたい」、と考えたのではないですか?

植松 はい。それはありました。

神戸 困っているお母さんを救うため、あの行動を起こしたのですか?

植松 はい、そうです。

(神戸記者N)
悪い想像が、当たってしまった。
私は感情を抑えて、努めて冷静に続けた。

神戸 そう思ったきっかけは何かあったのですか?

植松 入所している知的障害者が、ずっと走り回っている様子などを見てて、「お母さんの負担は大変なものだな」と思ったからです。

(神戸記者N)
私は2つめの質問に移ろうと話題を変えた。

神戸 あなたは、「役に立つ人」と「立たない人」と線を引いて、人間を分けて考えているようですね。もしかするとあなたは、「自分は役に立たない人間だ」と思っていたのではないですか。

植松 大して、存在価値がない人間だと思っています。

神戸 もしかすると、あなたは事件を起こしたことで、自分が「役に立つ人間」の側になったと考えているのではないですか?

植松 少しは、「役に立つ人間」になったと思います。

(神戸記者N)
そう言う植松被告は、ほほえんだように見えた。
困っている親のために障害者を殺害したのであり、そうすることで自分は「社会で役立つ側」に回れた、というのだ。

もう一つ、聞かなければならない質問を、私は口にした。

神戸 あなたは手紙で、「糞尿を垂れ流しながらでも生きていたいですか」と、私に聞いてきました。
「心失者」には、認知症になったお年寄りも含まれるんでしょうか。

植松 そうです。

神戸 年を取ってコミュニケーションが取れなくなったら、命を絶つべきだということですか。

植松 その通りです。

(神戸記者N)
やはり……。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH! 

(神戸記者N)
植松的な考え方によれば、「社会の役に立たない」と見なされた全ての人間が、私たちの誰もが、抹殺の対象になり得るのだ。

【10 突然の病に倒れた元上司】

(神戸記者N)
植松被告との面会の後、私は、ある先輩の顔を思い浮かべました。

(女性N)
貞刈昭仁(さだかり・しょうじ)さん。
RKB毎日放送で、将来会社を引っ張っていく人物だと期待されていましたが、大動脈が破れる急病で、53歳で突然倒れました。
9年経つ今も、寝たきりで、自分の意思を伝えることはできません。
妻の貞刈暢代(のぶよ)さんは、病院の医師です。

暢代「さだー、大丈夫? 熱いね。ちょっと残念ですが、2年ぶりに病院に行きましょう。ね、熱が出とうけん。きつかったね、ごめんね」

(女性N)
昭仁さんは、38度の熱を出していました。

暢代「神戸さんが、いろいろ取材してますよ、ふふ」

(女性N)
今はヘルパーの助けを借りて、福岡市の自宅で介護を続けています。

神戸「どうですか、貞刈さん? 大体いつも、声かけると、どんな感じなんですか」
暢代「どうですかね、2回に1回くらい、振り向くかな」
作業療法士「そうですね、振り向いてくれますし、例えば『今から起きますよ』とか『運動するよ』って声かけの時、プイってそっぽ向かれる時があって、ああ分かってるんだな、きついことが始まるんだと」

(女性N)
医師である暢代さんに、植松被告とのやり取りを、説明してみました。

暢代「確かに経済的にも身体的にもいろんな意味で重荷になる場合もあるかもしれないですけど、少なくとも私が知っている人は、一生懸命大事にしてる。この前ご主人が亡くなった方が『自分が主人を支えてると思ってたけど、亡くなってみて、自分が支えられてたということがよく分かった』って言われたんですよね。多分そういうもんじゃないかな、と思うんです」
「今も何も言わない主人が支えになるかと言ったら、全然ならないけれど、姉も『生きてくれててよかった』と言っていました。誰もいない家に帰るのと、主人が寝たきりで話もできなくても“いる”のとでは、もう雲泥の差。少なくとも家族にとって、価値のないっていうことは決してあり得ないかな」
神戸「長生きしないといけないですね」
暢代「ふふふ、そうですよ。そうですよ、ははは」

【11 平成の差別の姿】

(女性N)
平成最後の年、2019年。
神戸記者は2月、半年ぶりに植松被告を横浜に訪ねました。
ところが、面会室に入ってきた彼の様子は、以前とは少し違っていました。

神戸 ちょっと元気がないんじゃない?

植松 ふけました。時間の流れが早くなりました。

(神戸記者N)
事件から2年半、まだ裁判は始まっていない。植松被告は、29歳になっていた。

神戸 拘置所での暮らしは、どうですか?

植松 負担です。ご飯がまずいです。楽しみがないんです。

神戸 あなたは前に、楽しみとは、おいしいものを食べることと、大麻を吸うことと、セックスだと言っていましたよね。

植松 はい、そうです。

神戸 あなたはそれなりの刑を受けるでしょうから、残念ながら、どれも今後あなたは体験できないのではないですか?

(神戸記者N)
植松被告は一瞬、言葉に詰まった。

植松 その点では、後悔しています。
でも、仕方がない。仕方がないんです。

(女性N)
初めて、弱気なところを見せた植松被告。
話題は飛び飛びで、会話はあまり進みませんでしたが、今回は時間を置かず、2週間後にも次の面会が予定されていました。

(女性N)
2月20日。春がすみのような朝の空、コートは要らないほどの陽気でした。6回目の面会が始まりました。

植松被告は唐突に、去年6月、東海道新幹線の中で起きた事件の話を始めました。男が、ナタで女性の乗客に切りつけ、止めに入った乗客の男性が殺害されてしまった、ひどい事件でした。

植松 亡くなった人は、立派ですよね。やっても楽しくないじゃないですか。でも意味があるから、仕方ないと思うんです。楽しいことより、しなきゃいけないことがあるんです。

(神戸記者N)
植松被告は、殺人行為を止めようとした男性の正義感を称えたが、まるで自分を重ねているようにも私は感じた。

神戸 あの男性を称賛されましたが、あなたはそうじゃないですよね。
「あなたの考え方は分からなくはない」と言う人は確かにいるけれど、そういう人でも殺人までしていいとは言っていないですよ。

植松 誰がそんなこと言っているんですか? そんなことないです。メディアが採り上げていないだけじゃないですか。

(神戸記者N)
植松被告は、まっすぐ私の目を見て、視線をそらさない。何か違和感があった。
植松被告の右の目の下、ほほの一部が時々、ヒクヒクと震えていることに気が付いた。

植松 身内に障害者がいる人は、正常な判断ができないんです。そろそろ、現実見ましょうよ。僕の考えが正しいかどうか。

神戸 それは、福祉のことを言っているんですよね。でも、あなたの生活も今、人のお金で賄われているのではないですか。

植松 外に出してくれれば、働きますよ。いい加減! 考えましょうよ、みんな。現実をみれば安楽死は必要ですよね。それどころじゃないんです。ニッポンの現実を見たら、それどころじゃない。先のこと考えたら、そんな場合じゃないんです。

神戸 自分は、罰を受けるべきだと思いますか?

植松 職員に暴行したり、不法侵入したことについては罰を受けても仕方ないと思います。

神戸 殺害したことは罪に問われないと。

植松 はっきり言って恐縮なんですけど、神戸さんの息子さんは、今安楽死しろとは言わないですけど、2歳のころ、意思疎通できなくて奥さんは大変だったと言っていましたよね。そのころに安楽死させるべきでした。

神戸 その子が、その後成長して、文字まで書けるようになっているんですよ。

植松 かけた労力と、つりあっていないです。

神戸 当時の私の妻は大変だったから、その当時に安楽死をさせるべきだったと言うの?

植松 そうです。母親の苦労を考えたら、そんなことしなくてもいいんです。

(神戸記者N)
さっき顔を合わせてからずっとぞわぞわと感じていた、違和感のようなもの。それは、私と、私の家族に狙いを定めた、敵意だ。

神戸 長男は確かに重い障害を持っていて、大変でした。でも妻はこの前、「ここまでいろいろできるようになれば、上等だよ」と言っていましたよ。

植松 それはまあそうでしょう。でも、自己満足の世界ですよ。「死にたい」と思っていたわけですから。
今「死にたい」と思っている親はいるんじゃないですか。安楽死させるべきだと思います。

神戸 あなたの言っていることは、「余計なお世話だ」という人もいると思いますよ。

植松 余計なお世話って言うのは、精神が未熟だっていうことの証拠ですよ。

(神戸記者N)
面会を終えて、外に出ると、日差しはどこか春めいていました。

その日、私はしばらく考え込んでいました。

2週間前、私に愚痴を言って弱みを見せてしまった、植松被告。きょう、彼が私に向けて話した言葉に含まれていたのは、明らかに、私と私の家族に対する敵意でした。
私は、スクラッチ行為の標的にされた人々の気持ちが、初めて、はっきりと分かった気がしました。

それは、突然、一方的に突きつけられた敵意にたじろぎ、「どうして?」と戸惑う気持ちです。

(ガリガリと地面をこする音に続き)
SCRATCH!

「安楽死させるべきだと思います」

「そうだ、難民しよう!」
 
「朝鮮人は、ニッポンから出て行けー」
 
彼ら彼女らは、生産性がないのです」
 
「いつまで生かしておくつもりなのでしょうか」

(神戸記者N)
なぜ見知らぬ人が、突然私たちに敵意を向けてくるのだろう。なぜこの人たちは、無関係なのに勝手に線を引いているのだろう。

神戸 あなたは一線を引いたのですか?

植松 そうです。

神戸 どうして、あなたが線を引く権利があるのですか?

植松 じゃあ、誰が決めればいいんですか?! 気付いてしまったんだから。落し物を拾ったら届ける、当たり前ですよね。それと同じような感覚ですよ。

(神戸記者N)
普通に生きているだけなのに、いきなり向けられる、一方的な敵意。
一見もっともらしい理由を後付けされた敵意は、インターネット上で広がります。そのうねりの先端に、生存さえ認めない相模原事件があります。
私には、今の時代の差別が、そんな姿に見えてきました。

【12 パギやんの歌】

一方で、相模原事件の直後、私がフェイスブックに投稿した個人的な思いは、事件には直接触れていなかったのに、事件に抗議するメッセージと社会に捉えられ、SNSを通じて急激に拡散していきました。
それは、いかにも、平成という時代らしい出来事に思えました。
SNSで広がるのは、敵意だけではないのです。

(女性N)
この時、神戸記者はSNS上で、多くの人と知り合いました。
その1人が、大阪の歌手「パギやん」。
パギやんは、1000文字以上ある神戸記者の投稿に、歌を付けました。
それは、8分近くもある、長い歌でした。

 【ハーモニカ】

私は、思うのです。
長男が、もし障害を持っていなければ。
あなたはもっと、普通の生活を送れていたかもしれないと。

私は、考えてしまうのです。
長男が、もし障害を持っていなければ。
私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。


 【ハーモニカ】

何度も夢を見ました。
「お父さん、朝だよ、起きてよ」
長男が私を揺り起こしに来るのです。
「ほら、障害なんてなかったろ。心配しすぎなんだよ」
夢の中で、私は妻に話しかけます。

そして目が覚めると、いつもの通りの朝なのです。
言葉のしゃべれない長男が、騒いでいます。
何と言っているのか、私には分かりません。

ああ。またこんな夢を見てしまった。
ああ。ごめんね。

【ハーモニカ】

幼い次男は、「お兄ちゃんはしゃべれないんだよ」と言います。
いずれ「お前の兄ちゃんは馬鹿だ」と言われ、泣くんだろう。
想像すると、私は朝食が喉を通らなくなります。

そんな朝を何度も過ごして、突然気が付いたのです。

弟よ、お前は人にいじめられるかもしれないが、
人をいじめる人にはならないだろう。
生まれた時から、障害のある兄ちゃんがいた。
お前の人格は、この兄ちゃんがいた環境で形作られたのだ。
お前は優しい、いい男に育つだろう。

それから、私ははたと気付いたのです。

あなたが生まれたことで、
私たち夫婦は悩み考え、それまでとは違う人生を生きてきた。
親である私たちでさえ、
あなたが生まれなかったら、今の私たちではないのだね。

ああ、息子よ。
誰もが、健常で生きることはできない。
誰かが、障害を持って生きていかなければならない。

なぜ、今まで気づかなかったのだろう。


【ハーモニカ】

私の周りにだって、生まれる前に息絶えた子が、いたはずだ。
生まれた時から重い障害のある子が、いたはずだ。

交通事故に遭って、
車いすで暮らす小学生が、
雷に遭って、
寝たきりになった中学生が、
おかしなワクチン注射を受け、
普通に暮らせなくなった高校生が、
嘱望されていたのに
突然の病に倒れた大人が、
実は私の周りには、いたはずだ。

私は、運よく生きてきただけだった。
それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ。

息子よ。
君は、弟の代わりに、
同級生の代わりに、
私の代わりに、
障害をもって生まれてきた。

老いて寝たきりになる人は、たくさんいる。
事故で、唐突に人生を終わる人もいる。
人生の最後は誰も動けなくなる。

誰もが、次第に障害を負いながら生きていくのだね


【ハーモニカ】

息子よ。
あなたが指し示していたのは、私自身のことだった。

息子よ。
そのままで、いい。
それで、うちの子。
それが、うちの子。

あなたが生まれてきてくれてよかった。
私はそう思っている。

父より

【13 20歳になった長男】

(女性N)
神戸記者の長男は、20歳(はたち)の誕生日を前にして、2つのことを楽しみにしていました。
1つは、新しいアイフォーンを買うことです。そのために、福祉事業所で働いてもらった給料を貯めてきました。

(神戸記者N)
福岡に戻った私は、長男と2人で、アイフォーンを買いに行きました。
長男は、封筒からお金を出して、店のテーブルの上に並べ始めました。12万1698円。買いたい機種・使いたいサービスの代金、ちょうどでした。
店員さんたちが、驚いてしまいました。

店員「1円単位でちゃんと貯金して、今日はアイフォーン買いに来た。すごいでしょ? ぴったり、ここに書いてあった金額」

箱に入ったアイフォーンが、目の前に出てきました。

女性店員「開けて、チャリラーン」「おー!」「おめでとう」

(女性N)
20歳になったらやりたい、もう1つのことは、ビールを飲むことです。
誕生日の夜、福岡に戻った神戸記者は、家族4人で食事に行きました。
妻がグラスにビールをつぎました。人生、初のビールです。

妻「じゃあ、お誕生日おめでとう! ゆっくりね」
長男(おいしい!)
妻「おいしい? 見栄張っとろ?(笑)」

(神戸記者N)
私は多くの人から、さまざまなことを教えられてきました。
障害者と、健常者。明確な境界線があるように見えますが、私もいつ病(やまい)に倒れるかもしれません。

実は、世の中には、すでに障害を持っている人と、まだ障害者になってはいない人しかいないのだと、私は考えるようになりました。
それが、息子から、私が教わったことです。

成人おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。
平成31年3月、父より。

【14 エンディング】

(女性N)
RKB毎日放送・TBSラジオ共同制作、
報道ドキュメンタリー
『SCRATCH 差別と平成』。

制作=RKB毎日放送・竹島史浩、TBSラジオ・鳥山穣。
歌=パギやん。
マンドリン=矢野敏広。
制作協力=TBSテレビ。
植松被告の声の吹き替え=鳥山穣。
ナレーション=櫻井浩二、長岡杏子
でお送りしました。

(了)

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