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栄養士でゴメンね!第三話

その3、「いんたーみっしょん かぼちゃでゴメンね!」

 「おおーい、みんな揃ったか?」そう大きな声を上げたのは会社の上司で若槻さんだ。若槻さんは調理師さんから業務課の課長になった体の大きなおじさんである。今日は包丁でもパソコンでも印鑑でもなく、農作業用のツナギにスコップをもっている。
 今日は会社の春の行事。シフトをすり合わせてなんとか参加出来るスタッフで町の郊外にある畑にやってきて野菜の苗を植えるのだ。

 葉月ちゃんが麦わら帽子にサロペット、軍手をつけて元気に「はーい!いまあーす!」と声を上げた。保奈美さんはジーパンにロングTーシャツ、農作業用のつばの前が広い帽子をかぶり、首に長い手ぬぐいを巻いていて無言である。何が何でも日焼けしたくないのである。仕方なくスコップを握る。しかし、今日は暑い。汗が自然と流れてくる。やーだーなあと軍手の甲で汗をぬぐっている保奈美さんである。皆おそろいの長靴を履いているが、厨房のお古を農作業用に下ろしているから白かったらしき色が更に薄汚れている。

 畑の畝ごとに苗の入ったポットがいくつも入ったトレーが置かれている。
「一つの事業所で一列植えるぞ!今年もよろしく!」
 若槻さんが大声で叫ぶ。
 けっこう植える畑は広くて、各事業所から栄養士や調理師、パートの方で野菜を植えるのが好きな人たちが集まって植えにきている。
 男性調理師の方が苗のトレーを移動させて、栄養士やパートのおばさんが二人一組になって苗を植える場所を掘って、ポットの苗を植える作業をしている。なかなかな流れ作業でチームワークが見事なのは日頃の成果だなあと若槻さんは遠目で見て思った。
 葉月ちゃんがスコップで土を掘る。保奈美さんが苗をプラスチックの容器から出し、根をほぐして植えていく。
 毎年かぼちゃがメインに植えられていて、一番端の列だけが年替わりで野菜を変えて植えているが、今年はズッキーニが植えられており夏のメニューとしてミネストローネの中に入って登場予定だ。
 かぼちゃは冬至の日「いとこ煮」としてかぼちゃと小豆の煮物として定番であるの料理になる。
 「お水、飲む」と葉月ちゃんが立ち上がった。
 「あー、のど乾いたよねー」と保奈美さんも立ち上がり畝を離れる。
 クーラーボックスが用意されていてお茶やスポーツドリンクがキンキンに冷やされている。誰がいつ飲んでもいいように会社が用意してくれたものだ。仕事ではなく農作業で倒れたなんて大騒ぎになってしまう。
 軍手の土をほろい、ウエットティッシュで手を拭いてから、葉月ちゃんはオレンジジュース、保奈美さんはお茶を取って二人とも半分くらい一機にごくごく飲んでしまった。
 「はー、生き返る!」
 「もう半分くらいは終わったかな?」
 葉月ちゃんは目を凝らす。
 「半分は植えたみたいですよね」
 「頑張るかー」とう保奈美さんが促すと、葉月ちゃんはコクリとうなづき無言で担当の畝に足を運びだした。

 「はーい!お疲れ様ー!」
 若槻さんが声を上げた。畝に居た最後のポットが収まり立ち上がると植え終わるのを待っていたスタッフが拍手をばらばらとする。
 待ちながらペットボトルを最後まで飲み干した保奈美さんも手を叩いた。
 「手を洗った人からテーブルに着席してください」
 畑を出て隣りの農家さんの軒先にお酒のケースの椅子に、持ち寄ったバラバラなテーブルにはジンギスカンと野菜、おにぎりとビールやジュース、お茶が用意されていた。
 「おおお、美味しそうですー」
 「これがないと畑に来ないよねー」
 ジンギスカンが日の光に照らされてまぶしく輝いている。ピーマン、玉ねぎ、人参、かぼちゃ、もやしも空腹持も手伝って何倍もいつもより美味しそうに見える。そしてここで毎年感動するのが畑の面倒を見てくれるお世話になる農家で作られている椎茸だ。こだわりの原木栽培の椎茸は肉厚で風味が豊でジューシィ。いつも買っているスーパーの椎茸とはレベルが違うのだ。
 空には雲一つない午後だ。
 休日しては最高。みんなもジンギスカンに歓声が上がっている。
 ガスに火がつけられ、ジンギスカン鍋に脂身が箸でぐるぐる回された。ジンギスカンがじゅーっと言いながら縮んで小さく茶色く焼けてゆく。
「ちゃんと火を通ったことを確認してから食べて下さい。箸は生の肉のと焼きあがってから取る箸は変えて下さい!」
 若槻さんが大きな体を揺らしながら叫ぶ。
 「わかっているよー、怖いもんね O-157」
 「出血性大腸菌ですよね」
 「おー、ちゃんと勉強してるな」
 「話題が給食会社過ぎるよー」
 「大事ですよ!ねっ!!」
 葉月ちゃんがビールを手にして保奈美さんの紙コップに注ごうとしていた。
 「ごごごめん、自分で注ぐよ!」
 「一杯目だけは注がせて下さい!」
 紙コップには勢いよくビールが注がれて保奈美さんは心の中で「あーあ」と心でぼやく。泡が綺麗にならないとビール美味しくならないんだよね、他人が注ぐより自分で注ぎたい。
 鍋の上にもやし、かぼちゃ、玉ねぎなどの野菜が端の方で焼かれていて、肉の汁を吸いこんでいる。おにぎりを勢いよく二個食べ切った葉月ちゃんが肉と野菜とどんどん食べながら他の事業所の同期と話しに花が咲いていた。
 「6月から献立立てるんだ」
 「ええっいいなー、まだ発注止まりなんだよねー」
 栄養士の仕事はマルチタスクだ。何をやったら終わりが来るのかわからない。何年もこの仕事に携わっている保奈美さんはビールを飲みながら、お盆のメニューを考えなくちゃいけないなと思いを馳せた。第一さ、こんな初夏の晴れている最高の日なのに冬至のかぼちゃの事を考えるなんてちょっと悲しい気持ちにならない?しけてる。栄養士は先の先の事を考えながら仕事をしている。今年のイベントメニューが終わったら反省点を書き出して、来年のイベントメニューの時に活かせるようにする。
 毎日毎日、ずーっと先の事ばかり考えているから、この仕事は年を取るのが早く感じる気がするのは気のせいかなあ。
 誰か酔っぱらってスマートフォンでカラオケを流しながら歌を歌い始めた。のってへたくそなダンスも始まる。ビールをぎゅっと飲む。酔っぱらって何にも考えられなくなると良いな。
 若槻さんと男性社員たちはひそひそと仕事の話をしているようだった。こんなジンギスカンしている時にも誰を何処の事業所に栄養士を回せばいいのか考えているよね。いつも仕事の話ばかりかな。葉月ちゃんももうそろそろ移動しちゃうかなあと保奈美さんはちょっと不安になった。
 同期と楽しそうに話しているけど、私の同期なんて誰もいないんだよー。みんな何処に行っちゃったの?何をしているの?結婚しちゃった?それとも別な仕事をしているの?
 「葉月ちゃーーん!」
 酔っぱらって葉月ちゃんの事を大声で呼んでしまった。キラキラとした笑顔で振り向く。ああ、この笑顔をいつまでも見ることが出来る訳じゃないんだよねーと思うと一層悲しくなってきてしまった。まあ、要するに酔っ払いの一丁あがりである。
 「お水、飲まないと二日酔いになりますよ!」
 お肉や野菜の焦げている香があたり一面に充満し、初夏の清々しい空気を汚しているようだ。テーブルには空になった皿や紙コップが散乱していた。すると忘れていたものを農家さんが運んできた。
 「メインイベントー!」
 「おおっ!忘れていた!!」
 ジンギスカン鍋が除かれて、四角い網が新に火にかけられる。酔っぱらっていたがちょっと目が覚める。
 「椎茸、焼きますよ!」
 肉厚の椎茸が焼かれ始める。じゅうじゅうと音を立てて水分があふれ始める。バターや醤油もセットされ、賑やかだったのにみんな椎茸に視線を無言で送っていた。焼きあがった椎茸に焼き網の上から醤油とバターをかけるもの。醤油だけ。塩コショウ。思い思いに椎茸にかぶりつく。
 「お、い、し、いーーー!」
 「はうはうはうはうっ!あっつうま」
 醤油をなるべくこぼさないように椎茸にかぶりつく。これはここでしか味わえない。今、この瞬間最高だ。
 皿に置かれていた焦げるのを避け切ったかぼちゃが置かれていたので、仕方なく食べる。美味しい。ほくほくで肉汁しみてて。保奈美さんは心で詫びる。かぼちゃ、ちゃんと育つと良いな。かぼちゃを植えてしけてるなんて思ってゴメン…。

 畑から近くのバスターミナルまで男性社員が車をシャトルで運んでくれる。もちろん彼らは一滴もアルコールを飲んではいない。
 若槻さんもビールは飲まず(実はこのおじさん、甘党なのだそうでアルコールはどうでも良い派なのだ)運転手になっている。若槻さんの自家用車に二人は乗り込んだ。
 「今日はありがとう、お疲れさま!」
 「すううういませーん、酔っ払いましたーー」
 「あはは、私バスに乗り込むまで見守りますね」
 「葉月ちゃん、よろしくー」
 ペットボトルの水を持たされて窓越しに夕日を見る。
 今日はいい日だったな。まだ、頑張ろうって気になったなと酔って無口になっていた保奈美さんだった。
 お水、美味しい。こんなに酔っぱらっても安心できる会社、ばんざーい!!

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