年度末

今宵は3月31日。
俗に言う年度末だ。
アリナミンVを冷蔵庫の中から取り出して、ふたをポンと開ける。一気に飲み干してはあまり効果が無いと薬剤師から言われたものの、時間惜しさのあまりにくいっと瓶を急な角度に傾けて、得体の知れない液体を喉の奥に注いでしまう。
朝も早朝からパソコンに向かってエクセルの数字を睨んだり、電話の向こうに「たのむ、たのむよ、おねがいだからさぁ!」とか叫んでるうちに夕暮れを通過し、深夜に至る。明日の休みを諦めサービス残業を決めて、諦めきれない同僚達に向かって、「お先に」とこうべを垂れて職場を離れる。最終の電車に飛び乗って自宅近くの駅で降りて一安心した。

いや、一安心出来ないのは分かっているのだと奥から不安がぷかりと浮かんで来たが、すぐ雲消霧散に夜の帳に溶け込んだ。

マンションや一軒家が深夜でほとんど口を閉ざすように無言で立ちすくみ、私も誰も連れだつものはないので黙々と歩み、ただシャワーを浴びてベッドに横たわりたい…その要求が頭を支配する。

遠くから「きたぞー!」そう野太い声が響いた。誰かが叫んでくれているのだ。
ああ、あっ、痛いとぽろぽろ言葉が暗闇にこそっと転がってくる。

きたぞー、きたぞー
すぐそこだぞー!

暗闇に目を凝らした。

しゅーーーっ!

白い太い縄が高速で迫って来た。
残っている力をなんとか振り絞り、アスファルトを蹴り上げた。
ヨレヨレの背広のオレはなんとか革靴で出来るだけ高くジャンプした。

股の下をしゅっと一瞬で白い縄が翔び去っていった。

年度末に引っかかって転ぶことは今年はなかった。
なんとかドスンと着地し、乱れたワイシャツをズボンにたくしこむ。なんとか無事だ。

闇の向こうには痛えと引っかかって転んだ人の声が聞こえてきたから、上手く飛び越えられる人ばかりではないという事だ。
アリナミンVなど飲むなど準備や段取りが必要なのだが。

こうして、年度末を超えた私は安堵し、また自宅への道を歩いて行ったのであった。

ま、明日会社に出るけど超えられればなんでもいいのよ。

#小説

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