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『枯れ葉』

今日もストレンジャーな映画を観た。

監督:アキ・カウリスマキ
俳優:アルマ・ポウスティ ユッシ・バタネン他

https://eiga.com/movie/99293/

カウリスマキ監督の映画はなんとなく観たことがあった。といっても1作品だけだったと思う。『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』だ。
正直よくわからないなと感じていた。『レニングラード~』の方は、音楽バンドが出てくる物語で、アメリカをツアーで回っていて、バンドの中で人が死んだので、乗っている車の上に棺を載せて埋める場所を探す、とかそういう話が一場面としてあったかと思う。
なんだか奇妙だったので今回はどうなのだろうかと首をかしげていた。恋愛物らしいけれど、どうなってしまうのだろうか。また変な物語に首をつっこむことになるのだろうかと内心では心配していた。

『枯れ葉』を一言で言い表せば、小さいけれども充実した日々を描いた作品だと思った。

落ち着いて過ごすというのはどういうことだろうか。
パソコンは家にない、スマホもない。このnoteを読んでいる人には、そうした暮らしはもはや想像できないのではないだろうか。
『枯れ葉』にはそうした機器はほぼ出てこない。出てきたとしてもネットカフェで仕事を探すぐらい。作中のラジオは2024年でも起こっているウクライナとロシアのやっかいな戦争を伝えているけれど。
とはいえ、ラジオは切ってしまえば静かなものだ。画面が無いから視覚的な刺激もほぼ無い。

無いといえば、この作品には余計な身振り手振りもない。セリフも「あー」とか「うー」とか、言いよどむ箇所はほぼ無いのではないか。
いわゆる昭和の日本映画っぽいなと思った。監督は影響を受けたのだろうか。

アンサ役のアルマ・ポウスティも言っている(※)のだけれど、本当にこれ以上何か言えることがない。足すことも引くことも許されない、分析を拒否している、ありのままの映画であるがゆえに奇妙だとも言える。(しかしその奇妙さとは?奇妙だといってありのままの映画を受け止められない視聴者の、私の問題は無いのか?)
時間が静かに過ぎていって、木々に茶色の枯れ葉がつくシーン。フィンランドの人気バンドや充実した音楽が美的に人々を満たしていく。


https://fansvoice.jp/2023/12/16/fallen-leaves-alma-poysti-interview/

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