見出し画像

役病7 抗体の有効性

 B細胞が作る抗体には善玉、悪玉、役なしの3種類があります。まず善玉抗体というのはウィルスを殺す、ウィルスの働きを止める抗体で、医学用語では中和抗体といいます。一方、悪玉というのは、ウィルスの感染増殖を促進して、重症化させる抗体のことをいいます。役なし、というのはどちらでもない抗体のことです。

 悪玉抗体によってウィルスの感染が増強する現象を抗体依存性感染増強(ADEAntibody-Dependent Enhancement)といいます。ADE がどのように起こってくるのか、デング熱を例にとって説明します。

 デング熱は本来軽いウィルス感染症ですが、重症化するデング出血熱という病態があります。そしてこの重症化は初感染ではなく再感染に多いことが分かっています。デング熱には4つの血清型があり、Ⅰ型に感染するとⅠ型に対する抗体が出来てⅠ型に再度感染しても重症化することはありません。麻疹や風疹と同じ生涯免疫が成立します。ところがⅠ型に感染した人が年月を経た後に他の血清型のウィルス、例えばⅡ型に感染すると、デングウイルス同士は似ているため、Ⅰ型に感染した際に獲得した抗体がⅡ型に結合します。

 通常は、抗体が結合するとウィルスは直接殺されてしまうか、または、マクロファージ、好中球などのFcレセプターに吸着して吞み込まれ、貪食されてしまうのですが、血清型が異なると、そうはならず、ウィルスはこれらの免疫細胞に呑み込まれても貪食されず、結局効率よく侵入することになり、免疫細胞の中で増殖していきます。ウィルスが通常体内に侵入するレセプターよりも、Fcレセプターはウィルスにとって侵入しやすくなるので厄介です。

 このように2回目の感染では1回目に感染してできた抗体が人体に対して悪い方向に働き、より効率的に感染するため、ウィルス量が多くなります。このウィルスを中和は出来ないが結合してしまう抗体がデング熱重症化の原因と考えられています。但し、ADEの詳細なメカニズムについてはよく分かっていません。

 インフルエンザのように、ウィルスによる感染症の場合は、主に善玉抗体が作られて病気が治ります。しかし、エイズでは感染後に抗体はたくさん作られますが、ほとんどが役なし抗体なので、ウィルスを殺すことが出来ません。ネココロナウィルスに感染してウィルスに対する抗体を持ったネコが、再び同じウィルスに感染すると、抗体がたくさん出来ていても、その多くが悪玉抗体なので重症化してしまいます。エボラ出血熱では血液中に善玉抗体と悪玉抗体が同時に混在し、その割合で重症度が異なることが解っています。

 どういった要因によって善玉、役なし、悪玉の抗体がそれぞれ作られるのか、非常に大きな個人差があるようです。どのような人がどのような抗体をどのような比率で作るのかは未だ分かっていません。抗体の総量よりも、善玉抗体がどれくらい出来ているのかが重要となります。

 今回のウィルスによる感染症の場合、軽症の人ほど作る抗体が少なく、重症の人ほど体内で作られる抗体の量が多く、しかも悪玉抗体が善玉抗体を上回っているようです。

 横浜市立大学の研究によると、今回のウィルスに感染して回復した20~70歳代の250人(重症度の内訳は、重症だった人が19人、中等症49人、軽症・無症状182人)の血液を調べた結果、感染から1年後、従来型のウィルスに対する中和抗体を持つ人の割合は重症と中等症は100%で、軽症・無症状は96%だったそうです。

 2021年5月24日に発表された大阪大学微生物病研究所免疫化学分野 荒瀬 尚 教授らの研究では、新型コロナの感染者の免疫細胞から得られた76の抗体を解析した結果、体内の受容体たんぱく質ACE2との結合を阻止する中和抗体とは逆に、結合を促す感染増強抗体が6種類見つかりました。

 6種類はいずれも、ウィルス表面の突起状になったスパイクの先端部分を変質させ、ACE2と2~3倍程度結合しやすくなり、中和抗体の働きを弱める作用もあったそうですが、中和抗体の量が十分な場合には結合作用は強くならなかったそうです。ADEとは異なり、一般細胞への結合を促進するため、世界で初めての発見です。

 感染者の体内の抗体ごとに抗体量を調べると、特に重症患者で感染増強抗体が多く、中和抗体よりも多いそうです。一方、原因はよく分かっていませんが、非感染者でも5%が感染増強抗体をわずかながら持っており、感染やワクチン投与によって感染増強抗体が増える可能性があるそうです。どの程度重症化に関わっているかは不明ですが、既存のワクチンは、現在分かっているウィルス株に対して十分な量の中和抗体が作られるため問題ありませんが、今後出現する新たな変異株では感染増強抗体の方が強く働く恐れもあり、体内で中和抗体より先に増えると重症化につながる可能性があるので、感染増強抗体を増やさないワクチンの開発が必要になります。

 免疫機能を人工的に誘導するのがワクチンですが、ヒトの免疫機能についてはまだまだ分かっていないことが多く、かなり複雑で高等な機能であることは間違いなく、その高等機能を人工的に引き起こすのですから、ワクチンの開発については慎重であるべきなのではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?