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全力で桃を買う話

 筆者は俳句をやっている俳人である。この度、2020年から主催している俳句の集い『まなざし句会』の開催がめでたく第100回を迎え、ちょうど7月にあたるので、地元岡山の名産である「清水白桃しみずはくとう」を参加者にプレゼントすることを目論もくろんだ。
 この『まなざし句会』というのはちょっと変わっていて、参加者が賞品を提供してくれることは過去にもあった。例えば下記である。
・兵庫県丹波篠山たんばささやま黒枝豆くろえだまめ
・千葉県市川の梨
・東京のバームクーヘン

 これまで総合得点1位の人をメインに、そのほか順位がぴったり真ん中だった人など、その都度、条件を決めてプレゼントしてきた。
 「俳句をやっていると時々、カネやモノがもらえる」と夏井いつき先生が言っているが、本当なのだ。


さて、ここからは桃の話しかしない。

 細かく話すときりがないのでざっくり解説していく。興味がある人は自分でも調べてみていただきたい。

桃の歴史

 桃は『古事記』『日本書紀』の神話の時代にイザナギが黄泉国よみのくにから逃げ帰るときに彼を助けるアイテムとして登場し、縄文時代の遺跡からは種が出土している。古代から近世にかけて、食用としては今のように甘くもないし、大きくもなかったようだ。我々が想像する桃らしい桃とはちがうのかもしれない。
 日本の食用桃の本格的な歴史は岡山から始まった。明治初期より、桃だけでなく果樹栽培全般に大きな功績のある小山益太がほぼ独学で交配、剪定せんてい、病害虫防除の技術を高め、その弟子の大久保重五郎が白桃の歴史を切り開いたという。中国の水蜜桃を栽培していく過程で「偶然」とか「発見」とか言われるが、とにかく桃の新しい品種は生まれてきた(品種改良なのか突然変異なのか今ひとつはっきりしないが、どちらもありそうだ)。岡山県で桃栽培がこれほど熱心だったのは、やはり当地に桃太郎伝説があるからだろう。桃の聖地と言っても過言ではないと思うが、生産量で言えば、現在は山梨、福島、長野などの東日本に主軸が移っている。
 桃の系統は、こちらのWebページをすこしスクロールしたところにある図が詳しい。なお、集合体恐怖症の人にはお勧めしない。理由は見れば分かります。

桃の種類

 桃は中国の水蜜桃すいみつとう、水蜜桃から生まれた白桃、白桃から生まれた黄桃、その他、西遊記で孫悟空が食い荒らしていた仙桃のモデルで不思議な形の蟠桃ばんとう、産毛がなくて固く小さい酸味の強めのネクタリンなど他種である。そのため、地方によって標準的な桃のイメージが異なるかもしれない。
 桃はごく早生わせの品種から晩生おくての品種まで数多くあり、また、栽培地も温暖な地域からゆっくり生育する寒冷な地域まで範囲が広いため、品種を問わなければ日本の市場には6~10月まで出回っている。昔は品種が少なく、桃を食せる時季は限られていたようだ。今でも各品種の収穫期自体は短いので、ほしい品種の桃を手に入れるためには目を光らせておかなければならない。温暖化(熱帯化?)が進んでいるせいで、収穫期はすこしずつ早くなっているようだ。

季語として

 ちなみに俳句の季語としての『桃』は秋の季語、特に初秋である。ということは、暦の上では8月中旬~9月初旬くらいで、主要な白桃の品種と一致しているといえばそうかもしれない。
 例句を挙げる。

白桃をよよとすすれば山青き 富安風生
桃冷す水しろがねにうごきけり 百合山羽公ゆりやまうこう
昼の僧白桃を抱き飛騨川上かわかみ 金子兜太かねことうた
桃採ももとり梯子はしごを誰も降りて来ず 三橋敏雄
桃の実のほのぼのと子を生まざりし きくちつねこ
白桃を剥くや夜の川鳴りどほし 鷲谷七菜子わしたにななこ
袋はづせば白桃のはにかむや 福田甲子雄きねお
桃を剥く指先に子の口尖り 金子千侍かねこせんじ
朱唇しゆしんうごき桃のかたちをくづしゆく 西野晴子

講談社 新日本カラー版大歳時記

 赤子、童子、特に女らしさなどのイメージが先行し、西東三鬼が彼らしくそのイメージを演出に利用している句もあるが、僧侶が桃を抱いている景を描いた金子兜太の句に目を見張った。「飛騨」という地名に含まれる漢字で溌剌とした動きもある。

清水白桃しみずはくとう

 今回筆者が主に購入した品種は「清水白桃」である。百年近く前に地元で生まれた品種であり、お中元の時季に収穫できることもあって、岡山県のブランド桃になっている。袋掛けをすることで皮は薄く白く、果肉は軟らかく、ジューシー、甘さの中にほんのりとした渋味がある。サイズは中玉だ。
 白桃系と白鳳系があるうち、清水白桃は○○白桃なのに白鳳系である。非常にややこしい。

どこで桃を買うか

 贈答用の桃は、ところによればスーパーでも売っているし、農協の直売所のような場所でも売っている。極端な話、Amazonにある。
 しかし、今回は労を惜しまず市場に脚を運んで自分の目で選ぶことにした。他の果物もそうだが、桃は特にデリケートなので、生産者によって品質に差が大きく出そうである。単純に桃をよく知りたいという探究心もある。

いざ、桃を買いに

 ちょうど梅雨明け日にあたる7月下旬の日曜朝、道に迷ったり道に迷ったり、ときに道に迷ったりしながら車で市場にたどりつくと、駐車場が満車状態。開場からもう1時間くらい過ぎていた(なぜなら道に迷ったからだ)。

家庭用の桃(安くて充分美味しい)

中に入って葡萄コーナーを通り過ぎ、桃の香りに包まれる。おー沢山あるじゃないかと、ほくほくしながら桃を見て回ったが、斑点がついていたり、うっすら痣があったり。パックに入っているものも2玉しかない。これはいわゆる「ご家庭用」とか「お徳用」とか言われるものだ。
 ちょっと傷んでいる桃は加工用で売られている。ちなみに缶詰の桃は大体、黄桃である(黄桃にも、缶詰には入れないような品種もあって侮れない)。

一番安い加工用の桃

 通り過ぎた場所を振り返ると、なんだか緑の人工芝のような一画が不自然に広がっている。まさか……ここなのか? いや、ここだった(過去形)のか。

 贈答用の清水白桃が一箱もない!

 ピンクのロングTシャツを着た市場の職員によると、開場の時点で130人並んでいて、人がなだれこんできて奪い合いみたいになり、あっという間になくなったと言う。みんな同じことを考えているものだ。ただ、みんなは早起きで、道にも迷わなかっただけである。
 午後に搬入する生産者さんもいるが、何時に来るかまでは分からないと言われたので戦意を喪失し、まだ今年の清水白桃の収穫時期が数日は終わらないことを確かめたので、諦めて帰ることにした。

 他の桃はまだすこしあったが、考えている間に売り切れてしまった。家庭用の桃を買って帰ろうかとも思ったが、普通レジは建物の壁際を半周するほどの列。
 と、そこへ抱えてきた贈答用の大きな箱を一つ、下ろした男性がいた。しばらく名残惜しそうに見ていたが、去っていく。品定めをして宛名を書いて発送の列に並んだのに戻ってきたのだろうか。財布を忘れたのか、予算が尽きたのか、贈答先の住所のメモを持ってくるのを忘れたのか。
 箱を見ると新品種(と言っても2005年登録)の『おかやま夢白桃』だった。大玉で食べごたえがあり、百年近い歴史がある高級ブランド『清水白桃』の座をおびやかかすまでには至っていないが人気品種である。この一箱は瞬間に確保した。量が多いので句会の賞品ではなく、大変お世話になっている大家族の北陸の友人に贈ることにする。特に娘さんが桃が好きらしく、美味しそうにほおばる顔が目に浮かんだ。

桃のランク

 参考までに桃のランクは、というか果物全般で
『贈答用/進物用』>『家庭用/お徳用』>『加工用』である。
 字義を考えると、「進物」の方が目上の人に贈るというニュアンスがあり、「贈答」はそうではないかもしれない。また、「贈答」は「答」を含むので、本来は送り返すものであり、広義ではお中元やお歳暮のように送り合う感じがする。
 現実的には区別されていないかもしれないが、弔辞の際は「進物」という言葉を使うのがマナーである。人が喪に服しているときに喜ばせるニュアンスのある「贈」を使うのは不自然だからだ。
 ちなみに家庭用は普通サイズでも小さな傷がついていたり、綺麗だけど小玉だったりする。贈答用の価格は家庭用の3~4倍くらいだ。特選品とか大玉(清水白桃では珍しい)だと5~6倍になる。はじめから特別視しているのであまり気にならないが、冷静に考えると高級な果物である。
 大きさは可食部の多さに直結するので、一回り小さいだけでも食べるところが本当に少なく感じる。だが、見た目の美しさと味はそれほど比例しない。極端な例で、母が子どものころは毎年、夏は知り合いの桃農家に預けられていて、カブトムシが齧ってしまって商品にならないような山積みの桃をよく食べていたという。未だにそのときの桃より美味しいものには出逢ったことがないそうだ。思い出補正もあるかもしれないが、冷蔵庫で冷さずに常温で食べると甘さが段違いなので、筆者は冷さずに食べることもある。

いざ、桃を買いに2

 ちょうど仕事が遅出の水曜、朝から出直すことに成功。今回は通勤ラッシュの渋滞に巻き込まれたものの、あまり迷わず開場とほぼ同時に到着できた。駐車場が7割くらいしか埋まっていないのを見て一安心。さすがに梅雨明けの日曜のようなことはない。

 まず、自分の桃の箱を確保してカートに積んでから写真を撮った。

 職員さんがしきりに言って回るには、
「傷むので桃にはさわらないでください」
「桃をレジに持って行く前に、必ず箱のふたを閉めてください」
「ふたを開け閉めするとき、桃に当たらないように注意してください」。

たとへば愛は白桃におく指のあと  夏井いつき

伊月集『鶴』

 この俳句の通り、桃は愛されており、同時に傷みやすいのだ。

職員がプロ

 明らかに手練れ感を漂わせている市場の職員さんにお勧めの生産者を訊ねたところ、「試食しましたが、今年は大森さんと、ひろりファームさんが良いですね」とのこと。仕入れで食べ比べするのだ。腕のいい生産者さん、農園は大方決まっているのだろうが、その年の出来不出来もちがうようだ。もしかしたら試食の評価で仕入れ値も変わるのかもしれない。素人なので素直にお勧めのものを買った。
 また、友人で某老舗料亭の亭主にお中元を贈るのでそれも一緒に購入したが、先方の家族が大勢居るので大玉の5個入りと、特選中玉の12個入りでかなり悩んだ。大玉は両手で支えるほどのサイズで、清水白桃では見たことがないサイズだったので、かなりのインパクトがある。贈る相手は食のプロだし、別の桃の名産地の人なので、下手な代物は贈れない。
 先ほどの職員さんに「味と大きさは関係がありますか?」と訊ねると、「基本的に大きい方が美味しいです」と言われたが、「この大玉と、中玉の大森さんのだとどっちがいいですか?」と続けて訊ねたら考え始めて黙ってしまったので、清水白桃は本来は中玉品種なわけだし、間違いのない大森さんの方にした。

 ドーナツが大量に入ってる感のある長い箱の小玉3玉入りなど、手頃なものあったが、桃は食べやすい果物だ。句会の賞品はけちけちせず、6玉の箱にした。

レジもプロ

 20分ほどレジに並ぶと、一箱一箱、ふたを開けて係の女性が中を検品する。途中で指さすには、「こういうところから傷むので、これは交換しないといけません」とのこと。言われてみると、うっすら痣のようになっている……気がしないでもない。「傷んでいる」ではなく「こういうところから傷む」と未来形なのだ。「今、(売り切れていて)替え玉がないので、生産者さんに後で持ってきていただいて交換してから発送します」とのこと。替え玉という言葉で完全にラーメンが思い浮かんでいた筆者は、我に返って首肯した。生産者責任ということだろうか。桃の世界は厳しい。

追熟と見栄え

 桃は通常、手に入れても直ぐには食べず、常温で保存して追熟する。メロンと同じである。直ぐに食べれば果肉は青みがあり、やや固めで、甘さは控えめになる。追熟は1~3日間くらいで、手に入れた時点の熟し具合を自分の目で見極めて行わなければならない。筆者は歯ごたえが残っているくらいが好きだが、品種によっては追熟しないと渋い。特に清水白桃はそうである。
 生産者→店舗→購入者と桃の所有者が移る過程でも、刻一刻と熟していくわけだが、レジで言われた「こういうところから傷んでくる」という未来形の意味がよく分かる。

 ここで、桃を選ぶとき、例えば少人数の家族に6玉入りの箱を贈るとき、紅潮して今にも食べられそうなものを贈ってしまうと、箱を開けたとき見目麗しく喜ばれるだろうが、何日もかけて食べていくと、最後に食べるものは完熟を超えてしまう。やや青いものを贈れば、熟し具合は好みで選べるし、追熟させて桃が赤らんでいく様を楽しむこともできる。
 市場に並んでいる桃を観察すると、熟し具合はまちまちだと感じた。箱に入れる桃の玉数を倍数で合わせるなど都合も影響しているのだろう。熟し具合を選べるのも市場の魅力だと知る。

チルド発送の罠

 この日は最高気温37度。レジで、暑いのでチルドゆうパック(0~5度)による発送を提案された。自分はチルドとかクール便で桃をもらったことがないのだが、あまりの猛暑なのでちょっと不安になり、全てチルドで送ることにした。チルドなら、(熟しているものは)届いて直ぐに食べられるというメリットもある。
 しかし後で知ったのだが、チルドは受け取ったらそのまま冷蔵庫に入れなければならないという欠点があった。一度冷してから常温に戻すと傷みやすくなるらしい。

梅雨の桃

 句会の賞品提供の時期はずらしてもよかったが、句会の結果が出たのは梅雨の真っ只中だった。どこで購入するべきか果物大好きの母に相談したとき、まず「梅雨どきの桃は当たり外れがある」と言われた。含蓄がある。
 市場で搬入にやってきた生産者と話し込んだときの話である。生産者Tさんによると、雨は雨で大切だが、桃は日光に当たることで甘くなるので、曇りや雨が続く梅雨の間に収穫した桃は糖度が上がりきらず、渋みの残っているものが多いそうだ。日照時間が長いことが肝要なのだ。ということは、たとえ梅雨の時季でも「梅雨晴れ間」が数日続いた後に収穫した桃なら問題はないことになる。岡山は例年、梅雨でもそんなには曇らない。
 母が言う当たり外れの正体はこれなのだろう。梅雨だからだめというわけではないが、梅雨だと充分に陽光を浴びていない可能性が高いのである。この点で、『晴れの国おかやま』を標榜ひょうぼうしている岡山は栽培に適している。
 7月の岡山県の雲の動きをみたところ、晴れになってから3日間も経っているので、この日出荷された桃は最高の時季の桃ではないだろうか。
※下記のリンクは参考まで。

 日照時間も確認したが、梅雨と梅雨明け移行で数倍ちがうので驚いた。

桃栽培の工夫

 桃の栽培方法について調べてみると、作業・収穫の効率を良くするために果樹の背を低く仕立てる「矮化わいか栽培」や、同じ土地でずっと栽培していると連作障害が起こるので、回避のために地面に穴を開けて堆肥たいひをほどこす「タコツボ施肥せひ」、桃は収支を成り立たせるための経済樹齢が短いので改植かいしょくのために育苗いくびょうが重要なため、苗の根がとぐろを巻くのを防ぎ、細根の発達を促す「ポット大苗育苗」など、様々な技術が開発されている。樹に針を差して電気刺激を与えるニードル農法も実益を上げている。
 桃が高価なのも無理はないと思う。

おわりに

 さてさて、発送を依頼し、手続きを終えてほっと一息である。
 やや固めの桃が好きなので家庭用の『白麗はくれい』を自分で食べるために買った。桃が好きなら清水白桃が嫌いな人はいないと思うが、最高の桃は人によってちがうはずである。よく桃を紹介しているWebサイトでも、品種Aが最高とか、Bが最高とか、当然のように書かれているが、意見はまるで一致していないのだ。論争が起こっているわけではない。勝手に各々おのおので褒めているのである(笑)
 複数品種の食べ比べセットがあればいいが、桃は蜜柑などと違って収穫時季がばらばらで収穫できる期間自体も短く、(軟らかい桃は特に)長期保存もできない。この特徴は繊細とも言えるし、わがままとも言えるが、桃の魅力の一つでもあるだろう。

おまけ:桃の感想

 後日、桃を贈った友人たちから感想が届いた。子供たちが追熟が待てなかったとか、タルトにたっぷり乗せて食べたとか。興味深かったのは、長野の友人が清水白桃が白いことに驚いていたことだ。長野と言えば、『川中島白桃かわなかじまはくとう』で、清水白桃に比べると全体的にかなり紅い。果肉はやや固めで食べ応えがある品種である。今度は川中島白桃が食べたくなった。収穫期は清水白桃より1ヶ月程度遅いらしい。時季がきたら買ってみようかなぁ。


おわり

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