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死ぬ時に思い出すという ちいさな遊園地

2歳からお散歩コースの延長みたいに 昔はしょっちゅう来ていた地元の小さな遊園地の閉園が発表された。私はあの頃の母の年齢を追い越し、母はいつのまにか60歳を折り返していた。記憶が薄れているとはいえ思い出と思い入れのある場所だ。週末の雨以降は本格的に寒くなると言われていた11月の平日。まだコートがいらない暖かい日に、ラストチャンスと思い二人で訪れていた。
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閉園まであと40分。観覧車にメリーゴーランドにと定番のアトラクションをいくつか経て、ベンチに座って残りの回数券を確認する。最後に何に乗ろうかと話していると
「ここのジェットコースターだけは乗れたのよ。てっぺんからガタンと落ちないから」
と母がぽつりと言った。身体を心配しつつ、じゃあ大丈夫なら乗る?と聞くと 一緒じゃないと怖いからいい、と断られた。私は絶対に何がなんでも乗らないので(高所恐怖症絶叫系無理)「乗ってしまえば一人でも二人でも変わらないって 」と言うと、隣に誰もいないなんていやだと言う。ジェットコースター自体を否定してはいないので本音は乗りたいのだ。
「今日乗らなかったらきっともうジェットコースターとか乗る機会ないよ⁈折角じゃん」
「だからさっちゃんも乗ってくれるならいいよ」
としばらくの押し問答が続く。でもでもと言いながらも乗りたそうな態度でしまいには、
「死ぬ時になってあの時一緒に乗ってくれなかったって言うかも」
なんて機嫌を伺うように冗談めいて(たぶん半分は本気で)言うので「じゃあその時に後悔しない為にも乗って!」と乗り物回数券を渡し「払い戻しできないからもったいないから、ほら行こう」と促し歩き始めた。方向がわからず、ジェットコースターどっちだっけ?と聞くと母はすぐにあっちと目的地を指差す。ほどなくして、大人になっても苦手意識からか巨大なモンスターに見えるジェットコースターの足元に着いた。そこで行ってらっしゃいと見送る。母は自分だけ楽しむのが心苦しいのか照れ隠しなのか判断しかねるような態度で、こんなの一人で乗ったことないのに などとまだ呟きながらも順番待ちの列に並びに向かっていく。その小さくなる背中を見て、やはり待ち時間だけでもと私も一緒に列に並ぶことにした。少し遅れて追い付くと、前に並んでいた小さな男の子と女の子が母に話しかけてくれていた。
初めて乗るの?全然怖くないよ。もう12回乗った!これ(腕に巻くタイプのフリーパス)つけてないの?などと口々に賑やかだ。
12回⁈すごいね。二人で来たの?と聞くと、離れたところで見守る女性を指差して ママと来たと言う。ベビーカーを手に立つ男の子のママはこちらに気付くと軽く頭を下げた。わいわいと仲の良さそうな二人を兄妹かなと思ったが、そうではなくお友達らしい。
「同級生!おれ2の1」「わたし2の4」「8才だけど(身長制限)超えてるから大丈夫」
身近に子どもがいないのでよくわからないが、生まれて8年でこんなにしっかりしているのかと私は感心し「二年生?大きいね」と言うと「そうでもないよ、〇〇くんとか〇〇くんの方が大きいし」と、さも私達も学校のみんなを知っているかのような口ぶりで話す 子ども特有の気やすさが微笑ましい。二人とも知らない大人相手でも、ジェットコースターに乗る仲間だと思ってくれているのか 人懐こいお喋りは止まらない。そして話の流れから「私は乗らないんだよ。大人だけどね、高いところが怖いから。並んでる間だけおしゃべりしに来たんだよ」と言うと、母に向かって「じゃあ一人なの⁈ならおれか〇〇(女の子)が隣に乗ってあげるよ!」と言い女の子も「うん、一人じゃなかったら怖くないよ」と励ましてくれている。生まれて8年で(また言う)なんて思いやり… 不覚にも感動してしまった。ありがとう、優しいね。頼もしいね。と母と私が口々にお礼を言うと、「一番前は風がすごいから」「うん、つぶれちゃうかと思う」「ちょっと寒いよね」「一番後ろもちょっとだけ怖いけど」「真ん中くらいに乗ろうね」「左側見てると景色がいいよ」「遠くを見てたら大丈夫だよ」と2人してジェットコースター乗りの先輩として次々にアドバイスをしてくれる。お母さんよかったね、と私が言うと母は嬉しそうに 本当ね と微笑んだ。待機列の切れ間から離脱できるポイントが近付き、私はお礼を言ってそこからチェーンをくぐり列を離れた。下から見守っとくね と母に言うと、子どもたちが 手振るから見ててね!と言った。さて、知らない大人と我が子が会話してて不安だったろう男の子のママにご挨拶にでも、と歩き出すとすぐに「うちの子が急に話しかけてすみません。もうあの子誰にでもああで」とぺこぺこと申し訳なさそうにあちらから声を掛けてくれた。
「いえいえ、むしろこちらこそすみません。母が一人で乗ると言うと二人で勇気づけてくれて、優しくしてもらいました」
「そうなんですね。すぐに知らない人とも仲良くなろうとするから、ついていったりしそうで少し不安で」
「心配ですよね。でもさっきも、ジェットコースターの怖くない乗り方とか教えてくれて。一緒に乗れば大丈夫だよって。すごくしっかりされてましたよ。きっと相手が変な人だったら気付けるんじゃないですかね?」
男の子のママは、あの子ったら と言いながらも、そうですかね と嬉しそうな表情をしていた。
さぁついに時は来て、ギリギリ見えるか見えないかのところで母と子どもたちがジェットコースターに乗り込む姿を見付けられた。アナウンスが流れてゆっくりと動き始める。傾斜を上り始めると男の子がこちらを振り返って大きく手を振った。地上の私たちも大きく振り返す。少しずつ空に近付いていく長い車体を見ていると なんだかこちらまで緊張してきた。そして角度が変わり上っていく姿が後頭部たちになると、早速どこに座っているのか見失ってしまった。見守ると言ったのに なんてこった。そんな私を知ってから知らずか 横から男の子のママが、進行方向がこちらに向くポイントと母と子どもたちが乗ったのは 前から3番目ですね と教えてくれた。さすが(恐らくだが)12回も見守っているだけはある。大丈夫に決まってはいるが不安から私は両の手を繋ぎ無事を祈っていた。頂上にさしかかり、緩やかにそして徐々にスピードをあげて走り抜けていく。遥か上のほうで高い声が空に溶けている。個々の姿はわからないが教えてもらったポイントを通過する時には、見てるよの気持ちで手を振った。楽しそうな悲鳴とガタガタの音がフェードアウトし、ジェットコースターはまた出発点に戻ってきた。係員の底抜けに明るい誘導アナウンスが流れて、見ていただけの私はなんだか謎にやりきった気持ちになり、隣に立つママさんに安堵のありがとうございましたを伝えた。ザワザワとともに人が流れて来る。男の子と女の子の姿が見えた。駆け足で向かってくる。「面白かった」「全然平気だったよ」「一緒に乗ればよかったのに」「もう一回乗りたい」と何度目だろうと興奮気味だ。その少し後から母がにこにこと歩いてきた。子ども達と同志の感想を言い合っている。別行動していたらしい女の子のママもまたさらに子どもを連れて合流してきていた。ご挨拶と世間話と感想が飛び交う。とうのジェットコースターは閉園時間が近づき、待ちの人数の多さからもう既に本日の搭乗を締め切っていた。子どもたちは残念がるも、じゃあ別の乗ろう とすぐに移動を始める。お礼と会釈を交わし散り散りに別れた。大人になって 大きな声でバイバイと言いながら手を振ったのはいつぶりだろう。夕日でオレンジ色の世界になってる遊園地はとてもノスタルジック。母も同じように感じているのか「あなたは小さいときは観覧車 観覧車って言って、高いところ大丈夫だったのにね。お姉ちゃんはジェットコースターに乗りたがるけどお父さんとさっちゃんは嫌だって言うからお母さんがいっつも一緒に乗っててね」と当時の様子を流れるように話してくれる。
いい子達だったね。ママさんも。今は警戒心が強い子が多いから。ね、コロナで知らない人となお話すことないし。久しぶりに子どもと話したよね。癒されたわ。
出口の門まで てくてく歩きながらお互いに子ども達とママさんと話してた内容を言い合う。溢れ出る寂寥感に「なくなっちゃうの寂しい」と口から出て「まぁでも閉園するんじゃなかったら来る機会なかったかもだしね」と一気に私が言うと、
母は肺に溜まっていたものを全部吐き出すかのように はぁーーーっと大きい息をし
「楽しかった。今日は悔いはない」とキッパリ言った。そして、
「でも死ぬ時には思い出すだろうね。歩いて疲れたけどよく眠れそう」と笑った。母の横顔は西日で眩しい。私はなんだか喉の奥が痛くなったけど、それを飲み込んで「ちょっとどんだけ歩いたか万歩計チェックしてみよか」とおどけた。母はスマホを確認して、最高記録だと喜んでいた。


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