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豊穣の庭

 そこは古い古い団地だった。
 昭和三十年代初頭に建てられた、内風呂も無い頃の(銭湯に皆通っていた時代)二階建ての鉄筋コンクリート。
 それなのに、内部は和室で障子窓に土壁だったりする。
 そろそろ建て替えをしなければならない程の古さで、実際同時期に建てられた団地が、新しく小綺麗なマンション風の建物に生まれ変わっている所も結構あった。
 ただし、土地の権利が市の持ち物で、建物が県の管理という、ややこしい団地であったので手がつけられない、ということだった。
 今でこそ悲しいようなおんぼろの建物だけれど、かつて団地は憧れの2DKであったという。土間でない明るい板張りのキッチン。ダイニングにテーブルセットを置いて、夫婦と子どもだけの食卓。内風呂はなかったものの(後年後付けで取りつけられた)トイレは水洗。
 実際入居するには、ある程度の高収入でなければならなかったという。
 その頃の名残りなのかどうか。その団地に住んでいる人達は年とってはいるものの、ちゃんとした暮らしができるだけの生活力を持っていた。
 まだ若い家族は、自分たちの家を建てるまでの間の節約に、この団地を選んでいる。
 畳敷きの部屋にピアノを置き、庭に犬小屋を設えてシェパードを飼っていた。昔は犬は外飼いが当たり前だった。

 そう、庭。
 この団地では各戸に割り当てられた庭があった。それがまた広かった。
 団地の棟と棟の間なんて広場のようで、住人たちが誰でも自由に使える区域になっていた。長く暮らしている人が多いので、そんな広い空間でも丁寧に手入れされていたのである。
 寒い季節でも、葉牡丹や椿が見事に咲き誇っていたし。
 やがて梅が紅白それぞれの色で咲く。梅の枝にはうぐいすならぬメジロが可愛い姿で留まっている。
 沈丁花が爽やかな良い香りを漂わせ、木瓜の花が可憐な姿で現れる。
 そして桜。ソメイヨシノが幾本も。団地の前の細い道をアーチのように枝を伸ばしていて、わざわざどこかの花の名所に出かけずとも楽しく花見が出来ていた。
 それから白いニセアカシアの花が咲く。ニセアカシア、というからには本物のアカシアがあるのだろうな、どんな花なのだろう?と想像を巡らせていたが、全く似ていないミモザだったと知った時は驚いたものだ。
 ニセアカシアの花はマメ科植物らしい姿の、ぷくりと膨らんだ柔らかくてすべすべした手触りだ。連なってぶらさがる様は少し藤の花にも似ている。
 後にハリエンジュ、という名前があると知ってそっちの方が素敵だなと考えたりした。
 他に枇杷の木も植えてあった。誰も手入れしないので実るのは小さな果実ばかりなのだが、味は濃くて美味だった。勝手に木に登ってはもいで食べたものだった。
 夏にはカンナ。大きく育ち華やかな色で燃えるような赤やオレンジ。
 それから百日紅。白い細かなフリルを集めたような花が美しい。
 団地の庭は豊穣の庭だった。それはそれはたくさんの植物が手入れされて健やかに伸びていた。
 無論、植物好きな人ばかりでもなく、共働きで忙しい家庭もあったので、放置されている区画もあったが、雑草は雑草なりに楽しい。
 ハルジョオンの花びらをむしって、しろごはんに見立て、ままごとの器に集めた懐かしい記憶。
 ねこじゃらしで友達の首筋をこすって驚かせあったり。
 おしろいばなの種を割って中の白い粉も集めたりしたものだ。
 ニセアカシアのトゲに唾をつけて自分の鼻にはりつけ、「天狗だ」と言って遊んだのは未だに意味がよくわからない。
 とにかく、子どもにとっても豊穣の庭は美しく、楽しい場所だったのである。

 

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